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提案者基調 |
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神様に関して 発言番号:2 名前:シンザキP 22歳 2004年02月28日16時11分 まず自分思うところの「神様」に関して 1,存在に関して 信じている人の主観には存在しますが無神論者の主観には存在しません。 客観的には社会統治のシステムとして存在しないこともありません。 2,心の拠り所として、及び社会統治システムとしての神様の「役割」 今の時代に比べて科学技術が発達していない昔は、病気や戦争などにより、民衆は常に恐怖にさらされていました。怪我や病気や死が、今よりも何倍も身近にあったのです。 その不安を和らげる為に「心の中の神様」が必要だったのです。 心の中の神様は、時として民衆を戦争に駆り立てましたが、大抵の場合は民衆に平安と幸福の感情を与え続けました。 だから結果として「神様」は大多数の人間に幸福を与えたといえるでしょうね。 それから「皆同じ神様を信じている」という共通の感情は、民衆をまとめる役に立ちましたから、社会の運営には大いに役に立ったと思います。 今の時代も、生き難くてしょうがないという人は、宗教にはまってみてもいいと思われます。 多額の財産とか巻き上げられる可能性もありますが、とりあえずはまっている間、本人は幸せを維持できると思われます。 ただ、当人の周りの人が幸せかどうかは保証できませんがね。 3,神様の役割、其の2 雨や雷や地震などは、科学技術の発達していない頃には人間には理解できないものでした。 「理解できない」というのは人間にはとても不愉快なものです。 ですからその「分からない」を「分かる」に変える為に「神様」が必要だったのです。 ですから、とりあえず理解できない自然現象を「神様が・・」としておけば、理解できないという苦しみからは解放されますからね。 更に、雨とか雷とか地震なんていうものは、非常に大規模なものです、前時代的な人間の生み出せる力をはるかに凌いでました。 人間は「強い力、大きな力をもったもの」を「尊敬(信仰)」する傾向にありますので、雷や地震などの「大きな力」を「尊敬(信仰)」するようになったのではないでしょうか。 そして、その「大きな力を持つもの」をイメージ化して「神様」が出来上がったのではないでしょうか。 ちなみに、小規模で不可解な現象(例えば病気や人格障害や突然気が狂うどとか)の場合、そこに「巨大な力」を見出すことが出来ないもの(=尊敬心や信仰心がわかないもの)は「悪魔」とか「妖怪」とか「妖精」とか「ドワーフ」とか分類わけされることが多いようです。 3に関してはようするに、「科学の代用」なわけです。 「科学」も「神様や悪魔もろもろ」も「分からない」を「分かった」にするためのものなのです。 勿論、科学は「発展」が見られますが、「神様や悪魔もろもろ」にはあまり発展は見られません。まあ、神話やら聖書やらが生まれましたがね。 |
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ミサイルマンさんの意見に対して 発言番号:3 名前:シンザキP 22歳 2004年02月28日16時54分 1,そもそも善とか悪というものは一体であるもので、それを人間が勝手に「善」と「悪」というものに分け隔てたのだと思われます。 つまり「善」とか「悪」なんていうものは存在しないわけですから、神様の世界には「善悪」は存在しないと考えられます。善悪というものは人間の狭量で不完全な頭が生んだものさしだといえるでしょう。 それに、人間の世界で「善悪」を考えてみても、それはとても不可解なものといえるでしょう。 例えばAさんがBさんを刺殺するとします。 この場合一般の社会の中では「Aさんの刺殺した行為」は「悪」になります。 ですが、Bさんから大量に流れ落ちた血は、たくさんの微生物の栄養源となります。 つまり微生物にしてみれば、「Aさんの刺殺した行為」は「善」とみなされます。 他にも、例えばBさんは、このまま生かしておくと10年後に必ずホロコースト(大虐殺)をおこす人間だったとします。 だとすると、10年後の社会からしてみれば、「Aさんの刺殺した行為」は「善」といえるでしょう。 「善悪」というのは相対的なもの(見方次第によってコロコロかわるもの)なのです。 ちなみに「法律」というのは「社会」というものを主観に「善悪」を判断し、社会に害をもたらす行動を行った人間(=「悪」と思われることを行った人間)を罰する、というものだと思われます。 2,神様が人間になにもしない理由は、ミサイルマンさんの言う通り、無であるからとか初めと終わりしか手を出さないからとかの理由の他に、こういうことが考えられます。 それは、「幸福とは相対的なものであるから」です。 幸福というものは、大体において相対的なものです。 例えば「Aさんが受験に受かる=誰か1人は落ちる」 「Aさんが宝くじを当てる=誰か一人落選する人が増える」 のように、Aが幸福になるとBが不幸になる、という系図が大抵はなりたってしまうものなのです。 ですから、神様が誰かを幸福にする=だれかが不幸になってしまう、という状況を生んでしまうので、神様は「手を出せない」のではないでしょうか。 まあ、どっちにしたって自分は無神論者ですし、自分が生きているうちに何もしないんだったら、いるもいないも同じだと思いますがね。 3,善悪については1に書きました と、まあこんな具合でよござんしょか。 つってもまあ、ミサイルマンさんが書き込んでからもう1週間ちかくたってますからねぇ・・・。読んでくれるかどうか。 |
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おれ 発言番号:4 名前:もふ 19歳 2004年03月09日17時21分 いや、おれだって。 |
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心 発言番号:5 名前:岡 36歳 2004年03月17日00時45分 心の中の存在 信じていると死の中の想像が楽になる存在 |
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表現者としての神 発言番号:6 名前:伊知地充 50歳 2005年06月02日05時27分 この地球だけを考えても信じがたいほどの表現(創造物)がある。表現というのは、その多様性からも調和性からも「英知としての力」を感じないではいられないからである。でたらめや混沌からは表現は生まれない。宇宙の殆どを占める真空の世界に神性(創造の場)を感じるのである。 |
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Shelly 発言番号:7 名前:Shelly 35歳 2007年06月16日13時32分 Very interesting site take a look at mine: <a href="http://neurontin.0catch.com ">neurontin</a> [url=http://neurontin.0catch.com ]neurontin[/url] |
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Joseph 発言番号:9 名前:Joseph 34歳 2007年06月16日18時29分 Very interesting site take a look at mine: <a href="http://leather.awardspace.com/designer-purse.html/">designer purse</a |
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