創価学会批判者の視点
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タコのたちの末路

発言番号:51
名前:///
20歳
2008年03月17日07時05分

タコを使った学習実験がある。タコのいる水槽の中に、好物のカニを糸で吊るして入れると、タコはそれを一目散に捕まえて食べる。今度は白い鉄板の付いたカニを吊るしてみる。この鉄板は、タコがカニを捕えようとすると電流が流れる仕組みになっている。何も知らないタコは「おっ、またまた食事がきたぞ」とばかりに飛びかかるが、哀れ、タコは電流の一撃に遭い、あわてて逃げるのみである。これを繰り返すと、やがてタコは、白い鉄板付のカニは避け、鉄板のないカニだけを捕まえるようになる。タコは白い鉄板が危険なものであると学習したのだ。

一方、学会誹謗の者たちは、週刊誌や匿名掲示板での、脱会者その他の悪意の放言という“鉄板”に勝手に触れて“電流を感じ”、「学会は危険だ、有害だ!」と、学会について歪んだ学習をしたようだ。
「創価学会はカルトだ!」。学会のどこがカルトか。学会ほど社会に、民衆に開かれた宗教団体はない。学会の会館は、周囲の地域住民と積極的に交流している。大地震の時には、会館を近隣の被災住民の一時避難所として提供している。学会員でない人にもだ。学会は、どこかの犯罪教団みたいに「サティアン」に閉じこもっていかがわしい「悟り」など目指しているのではない。
「洗脳だ!」。日蓮仏法実践の功徳の実証を、他の悩める人にも語る。自他共の幸福を目指す、大乗仏教の実践者なら当然の宗教的信念を「洗脳」「マインドコントロール」と蔑む。「迷惑だ」と非難する。「自分だけ悟れば、他人が不幸だろうが、知ったことではない」。これが宗教者の姿か?
「池田を本仏として拝んでいる」。いつ学会員が名誉会長を本仏などと拝んだか。我々が拝むのは「南無妙法蓮華経」の曼陀羅である。いったいこの曼陀羅のどこが名誉会長の形をしているか。視力の矯正をせよと言いたい。池田名誉会長は、我々に「オレに服従せよ!」などとは決して言っていない。名誉会長の人格の偉大さ、慈悲の広大さに感服し、我々のほうが、名誉会長を「人生の師」として慕い、近づいていくのである。

ともあれ、世間では、汝ら創価学会誹謗論者のほうが多数派のように思えるが、「悪は多けれども一善にかつ事なし」(高橋入道殿御返事)である。汝らがいくら学会を攻撃しようと、世界の知性が諸天善神となり、創価学会の正義を証明している。数百にも及ぶ名誉称号等はその何よりの証だ。学会を「目の上のタコ」と目の敵にし、デマの「タコ配当」を繰り広げる学会誹謗の諸君よ。心ある民衆から「このタコ!」と糾弾され、「糸の切れたタコ」の如く吹き飛ばされるのが、汝らの末路であろう。

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例示になってない

発言番号:52
名前://////
22歳
2008年03月18日06時51分

電流を流している人が違う

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わかりやすい解説求む!!

発言番号:53
名前:rot
31歳
2008年03月19日20時06分

創価学会って元々、日蓮宗から分かれた宗派なんですよね?
なんか、ここの書き込みって過去に起こった事件とかを
あれは嘘だとか、ホントだとか、そういうことの羅列でしかないから
実際のところ何がこの学会の教えなのかがよくわからないんですけど、、、
私自身は無宗教なもので、いまひとつ宗教の核となる部分が
理解できません。
宗教とはつまり困っている人を救うための精神世界の救い
と考えていいのでしょうか?
その延長上に組織運営のためのお金の流れがあって、
上層部の中の一部の悪い人間がそれを私利私欲のために使って
問題となっている〜みたいな構図なんですかね?
あれ?そこがもう偏見?
でも、確かに過去仏教を広く伝えた高僧たちが贅沢三昧という話は
まぁ教科書だからか載ってはいませんが、
現代の宗教家のトップって大概お金持ってますもんね。
若干宗教批判な感じになってしまったので、
弁解しますが、私は純粋に創価学会とは
何を説いているのかが知りたいので、分かりやすい言葉で
会員の方教えてください。
難しい言葉は、な・し・よ!


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タコ踊りに興じる創価学会誹謗者たち

発言番号:54
名前:///
20歳
2008年03月27日19時08分

「ええじゃないか ええじゃないか ヨイヨイヨイヨイ」とばかりに、創価学会誹謗の「タコ踊り」に興じる創価学会罵倒論者が、今日も隆盛である。

汝らが学会誹謗の根拠とするのは、宗教に対する、恐るべきまでの絶望感であろう。「宗教って、何だ、それ?」「宗教ってのはな、“いかがわしい”の、別名なんだよ!」と、確信をもって言い放つ。つまりは、「宗教なんかやったって、何もいいことはないんだよ!」というニヒルな心で、学会を誹謗するわけである。

ところで汝らは、創価学会の信心を、実践してみたことはあるのかな? 週刊誌や匿名掲示板の記事を鵜呑みにして、真の宗教を疑うことほど、愚かなことはない。思うに宗教には、大別して次の二つの分類がある。「神とか絶対者、御教祖様にひれ伏して、助けていただく」、「大宇宙を貫く絶対的法則に則り、自分の運命を自分で変える」。後者がまさに創価学会の信心である。すなわち「南無妙法蓮華経」という、宇宙を貫く根本法則の題目を唱えることにより、人生の様々な行き詰まりを打開する力を得ることができる。そこには神や教祖様などの意向など、一切無縁である。自分の運命を、自分の思うがままに変えることができるのである。これを「宿命転換」という。斯くも偉大なる大法を人類に流布する創価学会を、面白おかしく罵倒する汝らは、本当に哀れという他はない。

「かかる悪所(=地獄)にゆけば王位・将軍も物ならず・獄卒(=鬼)の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず」(新池御書)
創価学会をいい気になってコケにする諸君よ。汝らが地獄の鬼に責められて「えらいこっちゃ えらいこっちゃ ヨイヨイヨイヨイ」と、タコ踊りならぬ“サル踊り”を慣行することになるであろうことは、なんとも不憫というほかはない。

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いや、タコの例えはいいからさ

発言番号:55
名前:rot
31歳
2008年03月27日19時55分

たいしてうまくもないたとえ話はいいから
学会のいう信心だとか、説いている教えを
分かりやすい言葉で説明して欲しいと
僕は発言したんですけどね。(笑怒)
大宇宙を貫く絶対的法則っていうものが
一体何なのかがサパーリ分からないし、
そもそも仏教の教え自体、伝来元の教えと
日本に伝えられてからの教えとでは、かなりアレンジメントが
加えられていて、
(特に日本は物や道具に魂が宿る霊的な思想とか、輪廻的な考え方が色濃い気がする)
異なっているし、
仏教が伝来された頃なんて
日本の地形すらまともに測量できなかった時代の法則なんて
あってないようなものだと思うんですけどね。
南無妙法蓮華経に込められている意味を理解して学会の人たちが理解して使っているとも思えないし、、、
天国とか地獄とか、存在が立証されていない御伽噺の世界の話を
本気でするのもいかがかなと思いますが。
「自分の運命を、自分の思うがままに変える」という所は僕個人的には
好きですが、漢字(中国人が発明した文字)たったの7文字が
精神世界というおそらく一番法則化しにくい世界観を
そして宇宙を貫けるほどの意味を持っているとは
とうてい思えません。
そういう適当なことを書いちゃうから胡散臭いと中傷されるのではないかなぁと思いますがどうでしょうか?



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泡がはじけた創価誹謗者

発言番号:56
名前:丁暮
31歳
2008年04月19日07時57分

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損そん」(阿波踊り)

今日も相変わらず、「謗(そし)る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら謗らなソンソン〜〜」とばかりに、雑誌や掲示板上で、創価学会の麗しき民衆城に嫉妬し、無認識を剥き出しにして、学会や池田名誉会長を冷笑を浮かべて罵倒する“阿呆”が後を絶たない。

汝らの悲願の如く、創価学会が潰れ、この世から消滅したとしよう。では宿命の問題は、いったい、どうなるのか。人間の生命は永遠である。汝らが否定しようが、過去、現在、未来の三世は厳然とある。過去遠遠劫(かこおんのんごう)といって、人間、この遠い過去から今日まで、生死を繰り返しつつ蓄積してきた様々な業がる。これが、いま生きる人間の幸・不幸を決定付けている。いま、人生のうえで様々な苦悩に見舞われている人は、因果の理法により、過去世に悪業を積んだということになる。では、永遠にその悪業を背負ったままでいなければならないのか。他宗教が言うように「神の与えた試練」として、一生、忍従しなければならないのか。

そうではない。日蓮大聖人がお説きになられた「南無妙法蓮華経」の題目を唱えれば、宿命は断ち切れるのである。「南無妙法蓮華経」は、釈尊をはじめ、三世十方のあらゆる菩薩を成仏させた、宇宙根源の大法である。この宇宙根源の大いなる力によって、悪業は善業に転換され、不幸は幸福へと転換されるのである。これを「宿命転換」というのである。しかし、「南無妙法蓮華経」を唱える宗派は多数あるが、本尊問答抄にあるように、「問うて云く末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや、答えて云く法華経の題目を以て本尊とすべし」(本尊問答抄)との、大聖人の仰せを忠実に実践しているのは、今日では創価学会以外にはないのである。この大聖人直結の正統教団・創価学会を謗るということは、「阿呆」も「阿呆」、「大阿呆」と知るべきであろう。

「当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり」(草木成仏口決)
汝らが理性をかなぐり捨て、感情的に創価を謗ろうが、その不毛な言論は「泡」と消え、後世の人々からは糾弾され、「泡」を食って遁走するのが汝らを待ち受けているオチであろう。実に「哀」れなことである。

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答えになってないと思うが?

発言番号:57
名前:たはは
18歳
2008年04月20日02時41分

rot氏の疑問に答えていないように思うけどなあ。
大層大げさなお題目のうえにごまかしとエセが入ってると思うよ。
どっちみちナントカ学会は嫌いやし。うん。

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下衆の正体

発言番号:58
名前:戸路路
20歳
2008年05月11日17時07分

最近、全国各地で、チューリップ、パンジー、ボタンなどの花が摘み取られたり、引き抜かれたりする事件が相次いでいる。愉快犯、さらには模倣犯の仕業と思われるが、近年の社会の荒んだ風潮を反映する事件である。

普通の人間なら、美しい花を見れば心が和み、精神の安寧が生じるものである。しかし、美しいものに対して、嫉妬と憎悪の感情が生じ、目茶苦茶にしてやりたいという「破壊衝動」に駆られる者もいる。このような者にとっては美しい花も、悪魔の化身くらいにしか映らず、何の価値も感じられないのであろう。己自身の心が悪魔に乗っ取られていることも知らず、哀れなものである。

思えば、美しい民衆城たる、この地上唯一の仏意仏勅の教団である創価学会を、ものに憑かれたように、「破壊衝動」の負のエネルギーを狂気の如く発散させ、掲示板その他のメディアにおいて、罵倒・中傷に明け暮れている学会誹謗の連中の心理と、実によく似ているではないか。「餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり」(法蓮抄)と、日蓮大聖人が喝破された御文を彷彿とさせる。

池田名誉会長は、病に苦しむ同志に、「必ずよくなる。御本尊があれば大丈夫だよ」と、全力の激励をする。生活苦の同志には、和歌を贈り渾身の励ましをする。未来部の中高生には「何か困ったことはないか、お腹は空いていないか」と絶えず気にかけ、パンやジュースをくれたりもする。私も未来部時代にもらったことがある。会員のことをこれほどまでに思ってくれる指導者が、いったい他に、世界のどこにいるのか。この「一人の同志も不幸にしてなるものか」との、同志への思いに溢れた名誉会長を、「カルトの親分」「マインドコントロールの達人」などと蔑む。諸君の境涯は、土台この程度なのであろう。偉大な師匠と、師匠に全幅の信頼を寄せる弟子。固い師弟の絆で結ばれた麗しい世界。これを破壊しようと嫉妬に駆られる汝らの行動原理は、単なる快不快、その時々の気分・情緒といった感情に基づくものに過ぎないと、知ったほうがよい。

「下衆(げす)は美徳に出会うと気分を損ねる」(古代ローマの哲人・セネカ)。ハナから創価学会のことをろくに知ろうともせず、それでいて「オレは学会も池田のこともすべてお見通しだ!」とエセ学会博士を気取って鼻にかけ、学会を讒謗する諸君。諸君は世界の良識ある民衆から、鼻つまみにされるだけだ。

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ふ〜ん

発言番号:59
名前:zero
24歳
2008年05月11日21時30分

ふ〜ん

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無題

発言番号:60
名前:出部羅
21歳
2008年06月22日12時18分

相も変わらず、掲示板でも、質問サイトでも、「創価学会はカルトだ」「池田本仏だ」「マインドコントロール、洗脳だ」と、お決まりの罵倒・中傷が花盛りである。「宗教=金」という恐るべき貧弱な宗教観しか持てない者たちの、犬の遠吠えにも似た哀れな嫉妬の悲鳴は、実に哀れなものである。

彼らが言う「宗教」というのは、こういうことであろう。
教祖:「見える、見え〜る、よく見える。そちの不幸が見えるぞよ」
信者:「(顔が真っ青になり)ひぇぇ〜〜! ご教祖様、どうかお助けを〜〜!」
教祖:「よろしい。○☓△神の生まれ変わり、余がそちの加護を祈って進ぜよう。金○○万円也がかかるぜよ」
信者:「はは〜っ! 助けていただけるのなら、金に糸目はつけませぬ」

こういうのを、「カルト」「洗脳」「マインドコントロール」というのだ。諸君らがどういう宗教観を持とうが、「思想・良心の自由」(日本国憲法第19条)であるゆえに勝手だが、猫も杓子も一緒にしてはいけない。いつ創価学会が信者を脅かして金を取り、祈祷などしたか。日蓮大聖人が確立された、宇宙の根本法則「南無妙法蓮華経」の題目を唱える。それにより、生活上の様々な悩み、苦悩が解決の方向へ向かう。学会では「仏法と申すは道理なり」であるから、ただ祈ればいいという無責任なことは言わない。生活苦なら一生懸命仕事をせよ、病気なら医者にかかれと、まず世間の常識に適ったを指導する。そしてそれらの努力が「南無妙法蓮華経」によって最大限の良き結果を生み出し、生活苦がなくなり、病気が治る。それが学会の指導だ。

また、我々は、池田名誉会長を「本仏」として拝んでいるのではない。師と仰いでいるのだ。末法今時では、信心の実践を妨げる様々な悪縁(学会誹謗の諸君の存在もまた然り)がある。人は弱いものである。一人でいると、自分の弱さや勝手な考えから、信心が濁り、誤った方向に進んでしまうことが多い。師匠は、そういう移ろいやすい心を、ある時は励まし、ある時は厳しく叱咤して、よい方向へと修正してくれる。宗教は人々の幸福を実現するためにある。そこに「師弟」の精神が必要なのは、当然ではないか。師弟は、習い事の世界でも、スポーツの世界でも、他の社会の様々な分野にもあるではないか。それが「宗教」となると、とたんに歪んだものの見方となる。「この世は所詮すべて金さ。宗教なんかで人が救えるか」。こういう救いがたいニヒリズムが、学会の崇高な師弟の世界を貶めたいという原動力となっているのであろう。

「法華経には行者を怨む者は阿鼻地獄の人と定む」(松野殿御返事)

「見える、見え〜る、よく見える。アンチの不幸が見えるぞよ」。末法の文底の法華経・南無妙法蓮華経の真の行者たる創価学会を、いいように面白おかしく罵倒している諸君、気をつけ給え!

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相変わらずの学会員さん

発言番号:61
名前:rot
31歳
2008年06月26日23時43分

よくまぁ学会員さんは言葉を変え、名前を変え、
くだらなくて内容の無い同じ事を書き続けますね。
前に書き込みして、学会の真理を問うたのに、
全く的外れな書き込みばかり。
人の話を聞くことが出来ない一方的な攻撃姿勢。
あぁ〜あ。
創価の教えが素晴らしいと言ってる割には、
その教えがしみこんだ人は、こんなにも人の話が聞けず、
自己を否定するものに対して筋の通らない一方通行の会話ばかり
するという悪い印象のみを全面的に押し出してしまっている。
少なくとも創価学会のことを知ろうとしている人たちにとって
悪しき広告塔にしかなってないでしょう?
大体自分の書いた文章、もう一回よく噛み砕いて内容を吟味してみなよ。
支離滅裂じゃん。僕は国語の先生でもないから、
訂正をしてあげる道理もないけど、おもいっきり背伸びして書いた文章、
でたらめだよ?んん?
カッコイイ言葉ばかり引用してないで自分の言葉で書いたら?
誹謗中傷者が言う宗教観の中で「見える。見え〜る・・・」
なんて皮肉っておきながら、自分の文章の締めでその言い回しをするなんて、賢い人間の、ましてやあなた達の言う大層立派な宗教に
身を投じている人間の書く文章だと思えるかな?
それに私がいっつも宗教家が話す言葉の中に出てきて
いちいちイライラするのが『地獄』とか『輪廻』とか。
んまぁ〜ハラ立つ。
地獄?あると思ってんの本気で。漫画の読みすぎでしょ?
輪廻?前世のカルマ?バカじゃねぇの?
地球上の人口の総和知ってんの?
今いる人間分の前世の総和を確保するのに一体どれだけ分の年代分の
生物が必要だと思ってんの?
ほんの1万年前日本の人口は1万人しかいなかったのが
現代1億人いるんだぜ?
1万倍。この意味が分かるかね?
もうちょっとまともな思考回路でお答えできませんかね?

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居酒屋タクシー

発言番号:62
名前:毘羅言
40歳
2008年06月29日12時20分

「居酒屋タクシー」というのが今、問題となっている。霞ヶ関の役人が、深夜まで残業をすると列車の終電に間に合わないため、公費で役人に「タクシー券」を支給して、それで帰宅してもらおうというものだ。しかし、厳しい競争の中、顧客を確保したいタクシー運転手が「これからも、利用してけろよ」と、ビールや他の金品を役人に渡し、利益を供与していたというのだ。もとはといえば国民の税金から出た公費を利用して、そのうえ金品まで受け取るとは、役人はけしからん、ということだ。なかには残業もないのに、深夜まで時間稼ぎをして、タクシー券を使う不心得者もいるというのだから、言語道断だ。それでなくとも、国民の生活は原油高・食料高で厳しくなっているのだ。範を示すべき役人がこれでは、国民はたまらない。

一方、「悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み」(教行証御書)、正義の創価学会と池田名誉会長に対して、十年一日の悪口雑言をわめき散らすしか能がないのが、アンチ創価の諸君である。人生には福運が必要である。福運がなければ、どのような努力も空転し、悪い方向へとしか行かない。ではどうすべきか。そこには宿命転換の仏法哲学が必要である。どんなに頑張っても、うまくいかない。それは、「過去・現在・未来」の三世にわたる永遠の生命から見れば、過去世に物事がうまくいくような原因を積んではいなかったということだ。

こう言えば、汝らは言うだろう。「世の中には、信心なんかしなくたって、成功して金持ちになっている人は、いくらでもいる。信心なんか、幸福とは関係ない」と。確かにそうだ。因果の理法から言えば、そういう人は前世に、人助けなど善の行為をして、今世に成功の原因を作っていたのだ。これを「脱益(だっちゃく)」という。しかし、前世にそのような原因のない者は、幸福になるためには宇宙根源の大法・南無妙法蓮華経の実践をすることである。そうすれば今世において、幸福の原因と結果をいっぺんに作ることができる。だから努力も最大限に実るのだ。これを「下種益(げしゅえき)」という。

信心せずして成功を満喫しているように見えても、「脱益」の利益はたいていの場合、一世一代に終わる。なぜなら、成功に酔いしれて、自分の私利私欲に沈んでしまう者が多いからだ。何とかいう肉屋や料亭、英会話スクール、日雇い派遣業者、その他……。皆そうだ。悪事を犯せば、来世はそれが原因となって苦しみの結果となる。はかない幸福だ。それに対し、「下種益」の利益は三世永遠に続く。南無妙法蓮華経という宇宙根本のリズムに乗れば、不幸になることはないからだ。「信心しなくても幸福な者」が、必ずしも幸福とは言えないのである。この偉大なる大法を、全世界の民衆に広宣流布し、民衆救済の聖業に邁進する創価学会を無認識に怨嫉するということは、全世界の民衆の怨敵になるということだ。

「法華不信の者は『其人命終入阿鼻獄』と説かれたれば・定めて獄卒迎えに来つて手をや取り候はんずらん」(生死一大事血脈抄)

獄卒(地獄の鬼)が学会罵倒の諸君らを迎えに来るときには、タクシーで来るのかな?

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ほう、そうかい

発言番号:63
名前:毘羅言
40歳
2008年06月29日12時25分

大体自分の書いた文章、もう一回よく噛み砕いて内容を吟味してみなよ。
支離滅裂じゃん。僕は国語の先生でもないから、
訂正をしてあげる道理もないけど、おもいっきり背伸びして書いた文章、
でたらめだよ?んん?
カッコイイ言葉ばかり引用してないで自分の言葉で書いたら?
誹謗中傷者が言う宗教観の中で「見える。見え〜る・・・」
なんて皮肉っておきながら、自分の文章の締めでその言い回しをするなんて、賢い人間の、ましてやあなた達の言う大層立派な宗教に
身を投じている人間の書く文章だと思えるかな?


「ユーモア」と言ってほしいな。

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公明党の責任もあるのでは?

発言番号:64
名前:ジャッキー
28歳
2008年06月29日12時40分

居酒屋タクシーは公明党の責任もあるのでは?

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ユーモア?

発言番号:65
名前:rot
31歳
2008年06月29日18時09分

おほー出た出た。否定したソバから過去世。
もうちょっと知性のあるユーモアならいいけどね。
はっきり言って不愉快になるのならそれはユーモアとは言わないよね。
時事ネタ入れて一生懸命勉強してるのはわかるけど、
根本的な基礎知識が欠如している人間が、
無理して難しい言葉で着飾ってるようにしか見えないんですよね。あなたたちの書く文章。
身の丈にあった言葉遣いをすればいいのに。
それを『ユーモア』なんて言葉で逃げられたんじゃねぇ。。。
まぁ、逃げにすらなってないけど。
あなたたちの言う輪廻って、数学的な根本知識が欠けてるから
平気で言っちゃうわけですよ。
え?前世は人だけじゃなくて物とかもあり?物にはカルマは
ないでしょう?
動物?虫?それらの種族が行う食のために他の生物を犠牲にする行為は
カルマに該当する?
その説明をしてみなよ!数学的にさぁ。
ま、無理か。
そして今日も時事ネタ集めて、同じ様なことを書いてくるのね。
質問に答えられないなら少なくともその部分だけでも
負けを認めればいいのに。
ほんと頑なだねぇ。頭がカチカチですわ。


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あらら

発言番号:66
名前:キハチ
19歳
2008年07月28日21時21分

だまっちゃった。
これだから創価は。。。プッ。

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創価学会のことについて論議したいのなら

発言番号:67
名前:おせっかい焼きの者
24歳
2008年08月15日15時55分

ここでは、だめだと思いますね(人が来ませんから)。大入り満員の宝珠宗のトピックとは違いますから。

「Yahoo!知恵袋」や「教えてgoo」のような質問サイトで、学会について質問してみれば?

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創価学会誹謗者は恩知らず

発言番号:68
名前:居華理
30歳
2008年08月24日10時58分

17世紀フランスの寓話作家、ラ・フォンテーヌの作品に「農民とヘビ」というのがある。

ある日一人の農民が、雪の上で寒さに凍えて死にかけていた一匹のヘビを見つけた。哀れに思った農民は、そのヘビを家に連れ帰り、暖めてやった。おかげでヘビは蘇った。ところがヘビは、助けられたという恩など感じることなく、ただ本性剥き出しで農民に牙を向いて襲いかかった。それに怒った農民は、ヘビを叩き殺した。

あらすじはこういうものである。恩を感じる能力のないものに、いくら情けをかけても無駄であるというのが、この物語の主題であろう。

考えてみれば、創価学会の人類平和のための行動を理解もできず、ただ学会と池田名誉会長の罵倒・中傷に明け暮れている、反学会勢力の連中も、このヘビのようなものである。こう言えば、汝らは狂ったように猛反発するだろう。「創価学会員でもないオレたちが、なぜ学会や池田に恩があるんだよ!」と。しかしながら、汝らも間接的には創価学会の恩を受けていることを知らねばならない。日蓮大聖人は立正安国論で「あなたが、自身の安穏を祈るのであれば、まず世界の平和を祈りなさい」(趣意)と仰せである。世界が戦争状態にあれば、自分の身だけ安全というわけにはいかないからだ。

池田名誉会長は今日に至るまで、世界平和のために各国の指導者・識者等と数え切れないほど会見を重ねてきた。かつて中国とソ連(当時)が一触即発の対立状態にあった時も、当事国の首脳と相次いで会見し、戦争になるのを防いだ。民間外交の重要な成果である。また毎年激務のなか、提言を発表して国連に平和のための提案をしている。その一部は現実に国連の運動方針に採用されている。また、学会の設立機関を通じて文明間・宗教間対話、交流に努めているのも、世界平和を願ってのことである。このような、学会・名誉会長の崇高な理念などわかろうともせず、「池田は金集めのために、奴隷となる信徒を増やすことに躍起である」などとおよそ見当外れな難癖をつけて、英雄気取りで悦に入っている汝らはまさに、「螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲(かささぎ)が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし」(佐渡御書)の有様であり、「日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし」(同)である。

「他者を陥れんと考える者はしばしば己自身を陥れる」(ラ・フォンテーヌ)

嫉妬に狂い、ヘビのように執念深く、創価学会を攻撃する汝らが「藪をつついて蛇を出し」、その駄論は「竜頭蛇尾」と終わることは、間違いない。

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え?

発言番号:69
名前:rot
31歳
2008年08月24日20時15分

で、怒った創価は反対勢力を叩き殺しちゃうってこと?
おぉこわっ。
どんな教えなのよそれ?
議論する気にもなれませんね。
例えが回りくどくてめんどくさいのよ。
もっと直球でさぁ、心に響くコメントを期待しているのよ
僕は。
まぁ、無理か。

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中ソ国境問題はいかに解決されたか

発言番号:70
名前:ネットサーフィン
30歳
2008年08月29日04時08分

>かつて中国とソ連(当時)が一触即発の対立状態にあった時も、当事国の首脳と相次いで会見し、戦争になるのを防いだ。民間外交の重要な成果である。

1969年のコスイギン・周恩来会談で珍宝島事件以降の「一触即発」という状態に終止符を打つことができたわけで、何で池田大作(1974年訪ソ)が絡んでくるのか? ヨタ話しもいい加減にしなさい。

岩下明裕著「北方領土問題」中公新書より
「中ソ国境問題はいかに解決されたか」の章より抜粋

「先に触れた1969年9月11日のコスイギン・周恩来会談にもそのヒントが隠されている。カピッツアは回想のなかで、中国側に譲歩するかたちで(略)ソ連側が認めざるをえない状況に陥っていく様子を克明に描いている」

要するにこの会談をもって中ソの軍事衝突は回避されたわけ。
だから中国はその一年後、珍宝島事件終結の記念切手を発行している。

もう一つの文献から。

「現代中国第六巻 中国をめぐる国際環境」編集責任 岡部達味(岩波書店)

P180 (見出し)中ソ開戦ありえず

早くも1973年8月、第10回党大会の政治報告で、周恩来はソ連の意図について「声東撃西」(東を撃つとみせかけて西を撃つ)という造語を使った。その意味は、ソ連はアジアに浸透しようとしているが、実際の勢力拡張の重点はヨーロッパに置いているからだまされてはいけない、ということであった。これは、中ソ開戦という危機は去ったことを中国人民に間接的に告げた言葉であったと思う。

◆池田大作の訪中は1974年







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無題

発言番号:71
名前:経羅羅
35歳
2008年09月07日10時50分

イギリスの歴史学者で、創価学会の池田名誉会長とも会見したアーノルド・トインビー博士の著作に「アメリカと世界革命」というのがある。そのなかで博士は言う。「強者や富める者は、自分たちが実際に負わなければならない極限までその責任を問われる。それに加え、どこかでうまく行かないあらゆることでも罪を着せられる。たとえそれが彼らの過ちではなく、また事態を改善することが彼らの能力を超えていた時であろうとも」と。

どうやら反学会勢力は創価学会のことを、ここで言われる「強者、富める者」と認識しているらしい。かつては「貧乏人と病人の集まり」と歯牙にもかけられず無視され、バカにされ切っていた創価学会が、いまや1000万人信徒の堂々たる民衆城となり、各地に立派な会館が林立し、個々の会員は政界を始め、社会のあらゆる分野に進出するなど、日蓮仏法の偉大なる実証を示し始めると、今度は「日本乗っ取り」だの「カルト」「洗脳」などと、真の力ある宗教の功徳力も理解できず、ただ「快・不快」の幼児的思考に基づき、十年一日のごとく「宗教アヘン説」を振りかざして、学会を悪口雑言することからも、それはうかがえる。

反学会勢力が言うには、「創価学会には犯罪を起こす奴がいる。それは池田の洗脳のなせる業だ。ゆえに学会はカルト、邪教なのだ」そうだ。確かに、学会内部には悪人もいる。「創価学会に悪人なんか一人もいない。アンチの言うことは真っ赤なウソだ」などと奇麗事を言うつもりは、私には毛頭ない。しかしながら、学会にいて悪事を起こす者は、己自身の魔性に負けて、勝手に狂い堕ちていっただけのことだ。池田名誉会長は、仏法者は、人々に賞賛されるような常識ある、立派な生き方をしなさい」と、事あるごとに指導されている。自分にとって師であるはずの人の指導を、己の身勝手な欲望と利害、臆病のゆえに蔑ろにする。そしておかしくなった。非難されるべきは、学会や師匠に泥を塗ったこういう連中であろう。創価学会や師・名誉会長を非難、罵倒、中傷、ましてやデマ攻撃の対象にするなど、まったくもって理不尽極まりない。ふざけるにもほどがある。

トインビー博士はこうも言う。「人類の最も古い遊びの一つに、犬をけしかけて牛や熊をいじめる遊びがあるが、犠牲となる動物は大物でなくてはならない。ライオンの尾をねじるのも、ライオンが猫のように小さくなったらやりがいがない。反対に、ノスリが鷲のように大きくなれば、その尾の羽を引き抜くのも、やりがいが出てくる」。反学会勢力が、「地走る者の王たり師子(獅子)王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(千日尼御前御返事)である宗教界の王者・創価学会を攻撃することには、途方もないやりがいと快楽を感じるのであろうが、「きじのごとし兎のごとし」(同)にすぎない汝らが正法への敵対の結果、「鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ」(同)となるは必然である。

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創価学会誹謗者の正体

発言番号:72
名前:資久資久
35歳
2008年09月08日06時39分

創価学会に対する讒謗が後を絶たない。ここでも、他の匿名掲示板上などでも、学会や池田名誉会長に対する悪口雑言は、それはそれは目に余るものがある。学会・池田名誉会長が一体何をしたというのか? ひたすら人類の幸福を願い、人類の宿命転換を可能にする日蓮仏法を人々に教え、現実に人々は絶望の淵から幸福へと、その人生を転換することができたのだ。感謝されこそすれ、悪意・敵意に満ちた讒謗を受ける謂れなどないはずだ。

反学会勢力は言う。「学会員には犯罪を犯した者がいる。それは学会がカルトであり、犯罪教団である何よりの証明だ。従ってそのトップである池田は、悪の領袖なのである」と勝手に結論付けてまことしやかに言い放つ。学会員も色々いる。残念ながら一部には、勤行唱題もせず、学会指導も全く無視をして、自分自身の魔性に負けて、暗き心となり、やけくそになっておかしな行為に及ぶものもいる。しかし、一部の不純分子の悪行をいいことに、それが学会全体の体質だと決め付け、何の関係もない名誉会長にその悪行のすべてをなすりつけ攻撃するなど言語道断だ。名誉会長は「悪事を犯せ」などという指導など一切しない。不純分子たちが勝手に狂っただけだ。攻撃者のほうで初めから、学会に対する憎しみ、嫉妬の感情があるから、学会に生じた問題を徒にクローズ・アップさせ、学会攻撃の「正当性」としているに過ぎない。創価学会や池田名誉会長そのものは高潔で非の打ち所がない。だから学会が憎くても、攻撃の正当性がない。そこで、不純分子たちが問題を起こせば、「渡りに船」とばかりにて手をたたいて、狂ったように学会を讒謗するわけである。そして、こういうネタが尽きれば、今度は事実無根のデマをでっち上げ攻撃に及ぶのである。

ところで、こういう攻撃者の中には、創価学会の中で金銭貸借や異性問題で問題を起こして他の会員に迷惑をかけ、役職解任や学会除名になった者がいる。和合僧の信心の組織を乱したのだから、当然だ。一般の会社だって、社員が問題を起こせば懲戒解雇等の処分を受けるではないか。ところが除名者等は、自分の悪行を棚に上げて学会と名誉会長を逆恨みするのがいる。学会を狂ったように悪口する者の中には、こういうのもいるのである。「始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつる人人かずをしらず、其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり」(兄弟抄)と日蓮大聖人が喝破された通りである。金銭問題で除名されれば「学会は金銭にだらしがない。池田は守銭奴である」、異性問題ならば「学会員の異性関係は乱れている。池田は無類の女好き」というデマをでっち上げ、撒き散らす。不思議なことに、皆、自分で起こした悪事を、そっくりそののまま学会攻撃のネタにしているのである。腐った心根のフィルターを通せば、清浄な世界も汚らわしい世界にされてしまうわけだ。こんな輩にだまされて、一緒になって学会を誹謗し、一緒に仏罰を受けるなんて、あほらしいではないか。

心ある人々はもう見抜いている。「嘘は、悪魔の容貌(かお)である」(フランスの文豪・ユゴー)。ウソ・デマで、飽くまで学会と名誉会長を陥れようとしても、「過去現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣万民始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず」(聖人御難事)の哀れな結末を招くこととは、必定である。

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裁判記録

発言番号:73
名前:一般人
39歳
2008年09月21日03時22分

たとえば、本件証拠中で度々指摘されている点であるが、会長職にあった池田の秘書的事務を担当する部局には、常に妙齢の女性がいて、出張先にも同行の上、身近に仕え、夜遅くまで身辺の世話をする等の実情にあることは、いかに宗教団体のこととは言いながら、世間一般の常識からすれば配慮不足で通常の勤務状態でないようにみえるし、加えて、最高幹部である渡部がいろいろな機会に学会関係部局の出版物中で、ことさらに池田から親しく指導を受けた様子を強調して記述していたり、池田自身が市販雑誌の対談記事中で、冗談としながらも
「それだけの理由と力があって、しかも誰にも迷惑をかけないという場合には、一夫一婦制の枠外の行為でも私は男性として認めます」
 などと、聞きようによっては誤解されかねないことをあえて述べていたりしていることも、学会幹部の男女問題に疑惑を感じていた者らにとってはやはりそうであったかと思わせる素地につながっていることもを否定し難いのである。」
http://www.geocities.jp/sokamondai/page012.html


池田大作氏の脇が甘いから批判される隙を作ってしまってるといえるわけです。


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アゲハモドキ

発言番号:74
名前:門路
30歳
2008年09月21日13時56分

「アゲハモドキ」という昆虫がいる。アゲハと名乗ってはいるが、実はこれ、チョウではなく、ガである。このガに似ているジャコウアゲハは嫌な臭いを発するので、これに似せることで天敵を追い払うという「擬態」の一種である。

ところで、人間界にも「セイギモドキ」という生物がいる。この生物の特徴は、創価学会という、人類の幸福のために尽くしている正義の宗教団体を、偏見と嫉妬を剥き出しにして悪者呼ばわりし、自分たちこそ学会の悪と戦う「正義の味方」と名乗ってふんぞり返ることである。特に学会の最高指導者である、池田名誉会長を目の敵にすることで知られている。分布は日本全国で、発生時期は一年じゅう。コンビニ同様、24時間営業である。

「セイギモドキ」がお得意の難癖に、「学会は折伏という迷惑行為をするな」というのがある。しかし、折伏というのは、一種の「布教」である。宗教団体は「布教」することで、その勢力を維持する。憲法20条には「信教の自由」が規定されているが、これには布教の自由・権利も含まれているのだ。考えてもみよ。布教なら、どこの宗教団体だって、やっているではないか。キリスト教でも、既成仏教でも、他の新興宗教でも、みな布教している。布教が迷惑行為であり、「そんなのやめてしまえ!」というのは「この世の宗教団体はすべて消えてしまえ!」といっているに等しい。そんな暴論が平然とまかり通るのは、無宗教者の総本山・日本くらいなものであろう。アメリカや諸外国で、そんなこと言ってみよ。非難轟々の憂き目に遭うのは必定だ。

学会の一部の跳ね上がり分子が、無理な折伏をして顰蹙を買うということがあるのは事実だ。しかし、それをもって学会のすべてを誹謗し、池田名誉会長に非難の矛先を向けるというのは、筋違いも甚だしい。名誉会長はいつも、「折伏に当たっては、無理をせず、相手の幸せを心から祈り、常識ある姿勢で臨みなさい」と指導されているのである。「セイギモドキ」にとって宗教とは「悩める者のため息」「アヘン」(カール・マルクス)に過ぎず、無用の長物なのであろう。人間には、自分の心を律する宗教性が必要である。宗教性がなくなっているところに、現今の社会での悲惨な事件につながっているのである。

「信仰がなければ人生の幸福はあまりにも弱々しい土台しか持ちえない」(スイスの哲学者・ヒルティ)
何が正義で何が悪かわからず、宗教の多大な役割をアッサリ否定する「セイギモドキ」に宗教の意義を語ったところで、土台空しいのであろう。羅針盤なき汝らの人生航路の先には、座礁・転覆が待っているに違いない。

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鰯の頭も信心から

発言番号:75
名前:ジョン
32歳
2008年11月16日03時48分

何をどう信じようと、それはひとりひとりの思いの中にあるものなのですから、誰も止めようがありません。
でも、その信仰を人に押し付けるのは、キリスト教やイスラム教が辿ってきた争いの歴史を見ても、明らかに誤りですではないでしょうか?
これからの時代の宗教に求められているものは、ひとりひとりの存在の意味を考え、生死の間に生きる人々に安らぎと慰めを与えてくれる、深い思索と豊かな暗示に満ちたコトバなのではないでしょうか?
信仰が社会体制や統治や争いを支えていた時代はもう終わろうとしています。政教分離こそが世界平和の根幹なのです。アメリカもヨーロッパもアジアもアフリカも、お互いのチガイを認め合わなければ、戦争の歴史の繰り返しになるのではないでしょうか。要は「鰯の頭も信心から」を認め合うことです。

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