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提案者基調 |
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いじめは本能だから 発言番号:2 名前:普通人 42歳 2006年10月24日13時12分 人間に限らず動物社会には強いものを残すため、本能としていじめが必ずある。 いじめも生存競争の一環で、大人社会にもあるから本当は大人も子供にいう資格はない。 親は子供を守ろうと思ったら、いじめに対抗する方法を子供に教えなければならない。 いじめる方を止めようとしてもキリがない。 確かに、いじめに耐えぬいた子供の中から成功者が現れるのも事実である。 |
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いじめなんて幼児性のなせる業 発言番号:3 名前:obaka 37歳 2006年10月30日01時17分 でしょうな。特に現代社会においては。 幼児には、 “自分より力の弱い個体を認識する事で自らの優位性を確認して安心したい。” という欲求が存在する。 マズローの言う『安全の欲求』が、ねじけて発現しているんでしょうな。 人間は社会的に成熟してくると、 “上を見ればキリなし。下を見てもキリなし。” という事を学び取る。結果、 “自分より力の弱い固体を認識することで自らの優位性を確認する” という事が、『安心』という事に対し何の意味ももたない、という事を理解する。 『大人の社会にもイジメは存在するではないか』 という主張もあろう。 だが、日本人個々の生活環境を見渡した時、イジメなど全く存在しない共同体もあるだろう。 共同体の個々の構成員が、他の構成員の能力・立場・個性などを相互に理解・尊重しあってひとつの目標に向かっているような共同体には、イジメなど存在しない。 そのような共同体の構成員は、弱い個体をいじめて安心を得るなどという未成熟な個体は、たちまち共同体の構成員として認められなくなる。 そんな事をしているヒマがあったら、自らの能力を発揮して共同体に貢献しなければ、他の共同体の構成員の信用が得られないからだ。 イジメにあっている大人というのは、不幸にもその個人の生活環境が未成熟な環境にいるに過ぎない。 もし、日本国民の生活環境の総体としてイジメの多い社会なのだとしたら、それは日本国民全体が社会的に未成熟なのだという結論になろう。 |
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