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インサイダーかもしれません 発言番号:2 名前:アウトサイダー **歳 2000年09月28日22時07分 この手の議題はなぜか人気がないようですね。 誰も書き込みしないのもなんなので書き込みしてみます。 新農業基本法については僕もよく分からないので、本屋に行って探したけど ありませんでした。 解説書もないし、条文くらい知りたいと思っても農業六法もない。 農業白書くらいあるだろうと思ったけれどもそれもありませんでした。 なんちゅう田舎や。 それにしても気になる。 何が変わったんだろう。 って、何が変わったのか分からないのが問題になっているのか。。。 本題について 日本に農業が「いらない」と積極的に否定する主張をするとすれば、 国際分業論に立脚した論調になると思います。 国際分業論と聞いてもピンと来ないかも知れないので説明します。 A国の生産力は工業製品5、農産物4 B国の生産力は工業製品2、農産物3 であるとします。 おのおの独自に生産すると、 A国は工業5、農産物4、合わせて9 B国は工業2、農産物3、合わせて5 A国とB国と合わせて14の生産力があることになります。 しかし、A国とB国が貿易をし、A国は比較優位にある工業に、 B国は比較優位にある農業に特化すれば、 A国は工業のみ10 B国は農産物のみ6 A国とB国合わせて16の生産力となります。 A、B、別々に見ても生産力は大きくなったことになるし、 AB合わせても生産力は大きくなるわけです。 だから国際的な貿易を盛んにし、各々の国は比較優位にある産業に 特化すべきだというのがリカードの国際分業論です。 これに修飾語を加えれば、日本に農業はいらない論が展開できると思います。 Aが日本、Bは、、、今が旬のオーストラリアくらいに例えてみてください。 これに対して農業必要論を唱えるには食料安全保障論に立脚した 論調になると思います。 安全保障論については「自衛隊」のところで議論されていますが、 いくら軍隊がいても腹が減っては戦はできぬし、直感的に分かると思います。 食料安全保障論と言っても、輸入先の分散、外交政策等々により、 安全保障は確保でき、食糧自給率は低くてもかまわないという人もいますが、 僕は不測の事態に備えて、パニックが起こらない程度の、国民が 飢え死にしない程度の自給率、また、いざというとき生産可能な農地を 確保すべきと思っています。 自給率は高くても害はなく、自給率は高い程良い、くらいに思っています。 また、農業必要論には、農業の災害防止機能、心の安らぎの場、 生の教育の場など、農業の側面から必要論を唱えることもできます。 政府は農業をつぶそうとしているのか、について 農水省には何万人もの職員がいるわけで、農業をつぶしてしまえば 何万人もの職員が失業してしまいますから、意図的につぶそうとしている わけではありません。 ただ、官僚の体質は問題があると思います。 何事も前例に倣え、の事なかれ主義。 また、外部からココを強化すべき、みたいな提言があっても、 「〜〜事業により既にやっている」と答弁を書いてすましている。 入省時には情熱をもって入ってくる人も、この事なかれ主義に埋没し、 更にそのエネルギーは自分の部署の利権の確保・増大に向けられるようになって 農業は紙の上の問題になっていってしまう。 そういう体質に問題があると思います。 あれじゃあ比較劣位にある農業は衰退して当然です。 ・・・なんだか官僚批判になってきてしまいました。 ここまでで何か異論・反論・疑問はあるでしょうか? 僕ははちみつさんのように、若くて情熱のある人たちに期待しています。 素人だと言っていますが、これから玄人になることも出来るんだから。 |
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あぁ、ようやくお返事が… 発言番号:3 名前:はちみつ 20歳 2000年09月29日01時28分 アウトサイダーさん、丁寧なお返事ありがとうございます。 みんな相手してくれないので正直ちょっと寂しかったです。(笑) 国際分業論のお話は前にも聞いたことがあり、とても興味を持って読むことができました。しかし、国際分業論に基づく農業廃止説を唱える人達はなぜそんなに安心しきっているのだろうと不思議に思います。もし仮に世界規模の食糧不足が起これば、外国は国内需要をまかなうために食糧の輸出を減らし、日本は食糧を輸入できなくなってしまうのではないでしょうか。そうなった場合、国内での主な生産物は米しか残らないでしょう。「米が山ほど余っているから日本は食糧不足にならない」と豪語する人もいるようですが、人間米だけで生きていけるのでしょうか。 話変わって、私が「政府が日本の農業をつぶそうとしている」と思った理由について触れておきます。 日本が経済成長期に入った60年代から政府は第1次産業から第三次産業への移行に力を注いで来ました。ちょうどその頃に農業基本法も制定されていますが、この法律は日本の農業人口が一桁に落ち込む90年代初頭(実質99年まで)ほとんど変わることなく続いています。日本の農業に危機感を持っているなら、最低でも自給率が41%にまで落ち込み、農業人口が一桁になった時点で何かしらの政策をとるのではないかと思うのです。よって私は政府が農業廃止の姿勢をとっているのではないかと考えたのです。 >国民が >飢え死にしない程度の自給率、また、いざというとき生産可能な農地を 確保すべきと思っています。 私もそのとおりだと思うのですが、今の日本の国民が飢え死にしない程度の自給率ってどのくらいなんですかね?例えば自給率が50%だったとしたら人口の半分の人が飢えて死んでしまうということではなく、日本の全人口が腹5分目は食えるよってことなんですか?教えてください。 あとこれから生産可能な土地ってどうやって確保すればいいんですか?日本国内のほとんどの土地は開発されちゃってると思うのですが…。開発された後の土地って作物が育つようになるのに何年もかかるって聞いたことがあるのですがどうなんでしょう? なんだかとりとめのない話をつらつらと書いてしまいましたが、どうか見捨てないでお返事くださいな。 |
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白書みーつけた 発言番号:4 名前:アウトサイダー $$歳 2000年09月29日21時55分 白書みつけました。 これで一寸法師にハリ・・かな。 鬼に金棒とはいえません。 私もそのとおりだと思うのですが、今の日本の国民が飢え死にしない程度の自給率ってどのくらいなんですかね?例えば自給率が50%だったとしたら人口の半分の人が飢えて死んでしまうということではなく、日本の全人口が腹5分目は食えるよってことなんですか?教えてください。 食料自給率40%の自給率とは、カロリーベースの自給率を指しています。 (畜産物なんかの飼料の大半は輸入穀物なのですが、畜産物については 国内産飼料の割合が自給している分と計算しています。) 自給率40%とは、考えにくいことですが、国内生産はそのままで、 輸入ゼロのとき、国民平等に食料が配給されたとして、今の40%の カロリーしかとれないということです。 FAO(国連食糧農業機関)が「栄養不足」の状態を定義しているのですが、 それは「軽い運動にも必要な栄養量が不足している状態」で、 1日の供給カロリーが1 720〜1 960キロカロリー未満としています。 平成10年度の日本の一人一日当たり供給カロリーが、2 570キロカロリー なので、栄養不足ぎりぎりの自給率は、甘く見て1 720で計算して 「67%」となります。 なお、上の方で米だけで生きていけるか、とありましたが、 全供給カロリーに占める米の割合は25%です。 あとこれから生産可能な土地ってどうやって確保すればいいんですか?日本国内のほとんどの土地は開発されちゃってると思うのですが…。開発された後の土地って作物が育つようになるのに何年もかかるって聞いたことがあるのですがどうなんでしょう? 不測の事態が短期なら備蓄で対応するしかないですが、長期になった場合には 食糧増産が必要となります。 まず、リンゴやナシのような贅沢品でカロリーの低いものはいらないので、 畑に転作し、トウモロコシなどを作ることになるでしょう。 果樹園は肥培管理が出来ているので転作は容易です。 小麦の輸入が減ったとすれば、主食としての米の必要量が多くなるので、 水田から転作していたところを水田にもどすことになるでしょう。 「灌漑用水が維持されていれば」なんとか米を作れると思います。 土壌が変わっちゃってると思うけど。。 また、裏作として小麦も作ることになると思います。 肥培管理のできていない耕作放棄地や開発されてしまっているところでも、 作物を選べば育ちます。 たとえば大豆やさつまいもならどんなところでも育ちます。 肉は飼料の大半を輸入にたよっているので、大豆などの植物性たんぱくで ガマンする事になるんだと思います。 ちなみに、新基本法に基づく「食料・農業・農村計画」で、平成22年の 農地面積470万ヘクタール、単収を前提とした熱量効率を最大化 した場合の国内供給可能量は、1 890〜2 030キロカロリーとしています。 しかし、転作して単収を保つのはむりであり、熱量効率を最大化するのにもムリがあります。 それにしても、「栄養不足」の供給カロリーにうまく重なる数字をはじいてますね。 1桁の農業人口について その農業就業人口の内、65才以上の占める割合は平成11年で51.3%です。 政策的に農業人口を減らそうとしたことは確かです。 しかし、それで少数精鋭になったのなら農業構造政策として一面では 成功したことになりますが、農業の担い手の質が脆弱化し、後継者が いなくなってしまったということは、大きな問題です。 ・・・あんまり書くと、つっこまれるのがコワイな。 異論反論疑問その他ありますか? 今日はなんとか答えを書けてホッとしているアウトサイダーでした。 |
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お返事遅くなりました。 発言番号:5 名前:はちみつ 20歳 2000年10月05日13時43分 アウトサイダーさん、すみません。ちょっと忙しくてお返事が遅れてしまいました。 カロリーと自給率のお話は大体アウトサイダーさんの説明で納得がいきました。つまり今の自給率では世界規模の食糧不足が起こったときに栄養不足になるということですね。 >FAO(国連食糧農業機関)が「栄養不足」の状態を定義しているのですが、 >それは「軽い運動にも必要な栄養量が不足している状態」で、 >1日の供給カロリーが1 720〜1 960キロカロリー未満としています。 >平成10年度の日本の一人一日当たり供給カロリーが、2 570キロカロリー >なので、栄養不足ぎりぎりの自給率は、甘く見て1 720で計算して 「67%」となります。 ここのところで栄養不足ぎりぎりの自給率の計算の仕方がよくわからなかったので教えてもらえないでしょうか? 昔、世界規模で食糧不足に陥りかけたときに「緑の革命」なるものが起こったと聞きます。単収の増加には確かに効果があったようですが、長期的にみてあまりよい影響を与えなかったと記憶しています。詳しくご存知ならお教え願いたいのですが・・・。 農業人口についてですが、政府が農家を政策的に減らそうとした背景にはアメリカの影響があったようですね。アメリカの企業経営にあこがれて農民を離農に追いやって農家から土地を集めて、企業化しようとしたみたいですけど、日本人の土地に関する認識がアメリカと違ったために離農したあとも土地を手放さず、農業人口だけが減っていったそうです。しかし、失敗した時点で手を打たないのがいかにも日本人ですね。 今日本の穀物貿易量は世界の貿易量の四分の一を占めているといわれています。そのために飢餓に苦しんでいる人々もいます。この現実をアウトサイダーさんはどうとらえますか?ちなみに私は日本での食肉生産における資料穀物の輸入をストップとまではいかないにしろ、かなりの量削減する必要があると思っています。 日本人はあまりにも世界の現状に無頓着だと思います。(なんていってる私もついこの前までそうでしたけどね)もっと国民全体がグローバルな意識をもつようにしていかなければならないと思います。 |
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こんばんは 発言番号:6 名前:アウトサイダー ¥¥歳 2000年10月05日23時42分 こんばんは 大学の専門課程なら前期試験のシーズンでしょうか? 他の議題も見てみたのですが、はちみつさん、なかなかつっこみがきびしいようで。。。 お手柔らかにお願いします。 >つまり今の自給率では世界規模の食糧不足が起こったときに栄養不足になるということですね。 ちょっと補足します。 国内の食糧増産が成功したとして、なおかつ、国内の流通統制がうまくできたとして、 国民みんなが栄養不足になるという数字と見て良いと思います。 40%の自給率、1人当たり1000キロカロリーのままなら、 国民の大半は餓死する事態となると思います。 ただ、世界規模の食糧不足でも、輸出できる国があったら、食料価格は 暴騰するでしょうが、日本は財力の限り買いあさるでしょう。 実際どうなるかは分かりません。 少なくとも農家は生き残ると思います。 >>FAO(国連食糧農業機関)が「栄養不足」の状態を定義しているのですが、 >>それは「軽い運動にも必要な栄養量が不足している状態」で、 >>1日の供給カロリーが1 720〜1 960キロカロリー未満としています。 >>平成10年度の日本の一人一日当たり供給カロリーが、2 570キロカロリー >>なので、栄養不足ぎりぎりの自給率は、甘く見て1 720で計算して 「67%」となります。 >ここのところで栄養不足ぎりぎりの自給率の計算の仕方がよくわからなかったので教えてもらえないでしょうか? 1,720/2570=0.67=67% 1,960キロカロリーを取れば 1,960/2570=0.76=76% です。 ちなみにこれは供給カロリーなので摂取カロリーより大きい数字になってます。 >昔、世界規模で食糧不足に陥りかけたときに「緑の革命」なるものが起こったと聞きます。単収の増加には確かに効果があったようですが、長期的にみてあまりよい影響を与えなかったと記憶しています。詳しくご存知ならお教え願いたいのですが・・・。 農地拡大のために森林を伐採しちゃったり、ムリに生産しようとして逆に 砂漠化しちゃったりっていうのですよね。 詳しくはありません。すいません。 でも、「革命」なんていうと「淳ちゃん」が来ちゃいますよ。 彼の話も聞いてみたいような、コワイような・・・ >農業人口についてですが、政府が農家を政策的に減らそうとした背景にはアメリカの影響があったようですね。アメリカの企業経営にあこがれて農民を離農に追いやって農家から土地を集めて、企業化しようとしたみたいですけど、日本人の土地に関する認識がアメリカと違ったために離農したあとも土地を手放さず、農業人口だけが減っていったそうです。 1960年ころの農業基本法が制定された時点で、既に農村と都市との 所得格差が生じており、農家とサラリーマンの所得均衡を図るため、 特定の農家に農地を集積させて、自立経営を育てることが政策として 考えられました。 そのため、他産業への就業人口の流出が起こる中で、農地の貸し借りなどを 円滑に進められるような施策がとられたのですが、実際には他産業への 就業人口の流出は、兼業農家を生み出す結果となりました。 1ヘクタール程度なら土曜日曜に主な作業は出来るし、日々の水の管理などは じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんあたりでも充分出来るからです。 また、農家にとっては、先祖代々受け継いだ農地への愛着が深く、 (資産価値なんて考えなくても)、土地を手放さなかったという面もあります。 (はちみつさんのおっしゃるとおり) 結果、特定農家への農地の集積は進まず、土地利用型農業(米など)において 自立経営はほとんど育ちませんでした。 農地規模は零細なままです。 野菜などの施設型・集約型農業への道を選択した農家はなんとかなりましたが。 アメリカ的な経営にあこがれた学者の御説は、ガットウルグアイラウンドで、 農産物の輸入自由化が議論されている時に聞きました。 コメも輸入自由化すれば零細兼業農家は価格下落に耐えられなくなって 少数の農家への農地の集積が起こり、少数の農家は経営規模の拡大が できて日本農業は国際競争に耐えうる産業となる、という御説でした。 最近聞きませんね。その説。 日本で土地利用型農業が自立的な産業として成り立っているのは、 北海道だけだと思います。 本土でも、点的には成功している農家もあるようですが。 >今日本の穀物貿易量は世界の貿易量の四分の一を占めているといわれています。 白書の付属統計表で探したんですが、輸入シェア25%を占めているのは 「とうもろこし」のことですね。 日本はとうもろこしを1,605万トン輸入しており、そのうち14,85 万トンは米国からの輸入となっています。 (世界のトウモロコシの輸出量の内2/3が米国からの輸出) 飼料用としての輸入でしょう。 穀物全体で見ると日本の輸入シェアは13%です。 13%というのも世界一の輸入大国とみてとれますが。 >そのために飢餓に苦しんでいる人々もいます。この現実をアウトサイダーさんはどうとらえますか?ちなみに私は日本での食肉生産における資料穀物の輸入をストップとまではいかないにしろ、かなりの量削減する必要があると思っています。 日本が穀物の輸入を大幅に削減すれば、穀物の国際価格は下がるでしょう。 でも、それによって救えるのはある程度経済力のある国、ある程度経済力の ある人達です。 栄養不足人口は、アジアとサハラ以南のアフリカに集中しているのですが、 ほとんど現金収入のない人々です。 日本が輸入を削減しても現金収入のない人々は食料を買えません。 そういった国では、自然環境や農業技術などの生産力が圧倒的に劣っている ようなので、むしろ、技術支援をしたほうが彼らも自立できるし、 良いのではないかと思います。 また、紛争があって土地を追いやられている人々なんかは手の打ちようが ありません。 紛争は宗教の対立、民族・部族の対立などが背景にあるようですが、 考え方の異なる人々を仲良くさせるのは困難で、そういう問題はなかなか 解決できないようです。 今日はこのくらいで勘弁して下さい。 ところで、はちみつさん、今日は国際的な面に目が向いているようですが、 日本農業の再生については何か考えているでしょうか? 経済学系? |
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またおそくなりました。 発言番号:7 名前:はちみつ 20歳 2000年10月11日16時49分 どうもすいません。ちょっと2・3日家を空けていたのと 電話を止められていたのとで返事が遅くなりまして・・・(笑) 私は確かに大学生ではありますが、経済学などとは無縁の 生活を送っています。興味があるだけでほんとに何も知らない ペーペーですよ。つっこみもたまごさんやえりっく先生に 比べればかわいいもんだと思いますが・・・ そんなに厳しいですか? >ところで、はちみつさん、今日は国際的な面に目が向いているようですが、 日本農業の再生については何か考えているでしょうか? 世界的な流れに持っていこうと思ったのですが 失敗ですね(笑) 私は日本の農業政策や貿易の仕方が食糧問題のかなり 大きな部分を占めていると思っています。 なので世界的な視点にたって話を進めたいなぁと 思ったんです。 さて、日本農業の再生についてここ数日ずっと 考えていたのですが難しいですね。 農業人口が減少している、そのあとで農業をやろうという人も 出てこない、これは何が悪いのか。 おそらくは儲けが少ないことが原因なんじゃないかと思うんです。 儲けが出るような何らかの方法があれば 農業人口は多少なりとも増えるんではなかろうかと。 しかし、「では具体的な方法は」と聞かれると?って感じで よくわからないんです。 やっぱりまだ知識が足りないからでしょうね。 私の友達の実家が農家をやっているのですが 離農した農家の土地を譲り受けて土地が増えすぎて もう身内だけではどうにもならなくなってしまいました。 そこで今農家を企業化して常雇いの労働者を入れようと いうことで話が進んでいるようです。 この話を聞いて今農業が時代のターニングポイントに きていることを実感しました。 確かに企業化して給料を出せば、農業人口は増えるかもしれないと ちょっと期待してみています。 答えにはなっていませんが・・・ これからはなるべく早くレスしますので やさしくしてやってください。 |
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MMMM 発言番号:8 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年10月12日16時42分 はじめまして、さすらいの風来坊ともうします。 名前の通りあちらこちらをつまみ食いしているのですが、以前から興味をもって覗いていたのですが、いざ、投稿するとなると根気と努力そして高い見識が必要になるので(アウトサイダーさん、はちみつさんともに非常に鋭いもんですから・・・)、なかなか書き込めずにいましたが、今日はわたしの経験談を少し・・・ >日本が穀物の輸入を大幅に削減すれば、穀物の国際価格は下がるでしょう。 でも、それによって救えるのはある程度経済力のある国、ある程度経済力の ある人達です。 栄養不足人口は、アジアとサハラ以南のアフリカに集中しているのですが、 ほとんど現金収入のない人々です。 日本が輸入を削減しても現金収入のない人々は食料を買えません。 アウトサイダーさんが指摘されるこの部分はある意味で本質をついていると思います。スーダンやそのほかサハラ以南のアフリカ諸国の飢餓が日本の穀物買占めに起因しているわけではないのは明らかですし、ましてや現在の通過経済において彼らには購買力がありません。というわけで、これからわたしが書き込む内容は反論ではありません。 もう数年前の話ですが、米の不作による米不足に狂乱した年のことが記憶におありでしょうか。そう、米不足だということで、あちらこちらから米を輸入したことです。アメリカ、オーストラリアは言うにおよばずタイあるいはインドネシアといった国々から米を輸入しました。 このとき、わが国政府はある商社をとおしてある国から大量の米を買い付けました。その国で最も品質が落ちる米で、その国の貧民層が唯一購入できる最廉価の米でした。それをそれなりの価格で購入するわけですから、現地のブローカーはうほうほ、そしていくら現地のブローカーが喜ぶ値段とはいえ、日本の政府買い付け価格に比べるとそれはただ同然の金です。それはそれは、おいしい商売です。そして、その程度の品質の米です。贅沢といえばそれまでですが、日本人の口に合うわけがありません。 その後の話は知りませんが、その国での後日談。 その年、貧民層が購買できる米が店頭から姿を消してしまったためにどうにもならなくなり、援助米がどこかの国からやってきたそうです。 多少の脚色はありますが、わたしが見聞きした事実に基づいた話です。 では |
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こんばんは 発言番号:9 名前:アウトサイダー **歳 2000年10月12日20時52分 はちみつさん、こんばんは 風来坊さん、はじめまして 風来坊さんは自衛隊と学歴のところ、興味深く拝見させていただいておりました。 まず、風来坊さんのレスについて (やっぱり、国際面になってしまった) 多分、タイあたりの話じゃないかと思うのですが。 コメの話、僕も大切な問題だと思います。 コメは世界の生産量に対し、貿易量が極めて少ない生産物です。 だから、需給がちょっと変化しただけで価格は大きく動いてしまう。 輸出国でもタイなどでは、国内価格が国際価格に連動しているので、 国際貿易の変化は、輸出国にも輸入国にも国の経済に大きな影響を与えます。 コメ騒動の時も、タイではコメの価格が暴騰し(日本の米価に比べたら ずっと安かったのですが)タイ国民は大きな迷惑をしたと聞いています。 現在は世界貿易のコメ価格は、日本国内の米価よりずっと安いですが、 日本が輸入を増やすことになれば、迷惑する国はたくさんあると思います。 そういう意味でもコメの自給は維持してもらいたい。 ガットで、ミニマムアクセスとして数十万トン輸入することになってしまって いますが、WTOでは、それ以上の譲歩はして貰いたくないと思っています。 その辺、今、ちゃんとやっているんだろうか? はちみつさんのレスについて >おそらくは儲けが少ないことが原因なんじゃないかと思うんです。 儲ける条件が整えにくいんだと思います。 コメでも、企業化して数十ヘクタール経営すれば、儲けられる条件となりますが、 その数十ヘクタールが集まらない。 虫食い的に土地の提供者(売り手、貸し手)がいても効率悪いし。 はちみつさんの友達の実家は一つの活路だと思います。 でも、点的に企業農家があっても、面的には農地を守っていくことは出来ない。 僕はやはり行政や農協主導の企業(第三セクターなど)によって、 面的に農地を守り、農業を守っていかなければならないと思います。 個別農家に期待しても、儲ける条件を整えるのは偶然に頼ることに なってしまいかねないので、行政や農協が強力に動かないと日本農業の 将来は危ないんじゃないかと思っています。 きょうはこのくらいで勘弁 (やっぱりつっこんでくれないと何書こうか迷ってしまいます。) |
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米騒動その後 発言番号:10 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年10月13日13時16分 アウトサイダーさん、こんにちは 少し、誤解を与えてしまったようですが、わたしの↑についての本意は、少し違うところにありました。非常に低開発国における低廉な基礎価格とわが国が勝手に設定した価格の差がそのままある一部の連中にとって莫大な利益を生み、その差額、すなわちわが国の納税者にとっての損益はそのまま我々が支払った血税から補填されているということを問題にしたかったのです。 タイあたりの話ではとのことですが、まあ、あたらずとも遠からずですが、少し違います。タイであれば援助米を受け取る必要性はないでしょう。 ところで、援助米がどこからきたかというと、それはわが国からやってきたのです。最低品質の米を買い上げたはいいけれど、さばききれずに倉庫にうずたかく詰まれた結果、そのまま里帰りしてしまったのです。 この誰もが責任をとらない、無責任体質に対する疑問を感じたので、書き込んでみました。 議論の出発点を提供するというよりも、少し皆さんに聞いてもらいたかったのです。これが議論の出発点としてふさわしいかどうかについては、現在の私の理解ではそれを判断しえるスタンダードを持ち合わせていません。逆に皆さんの意見から勉強していきたいと考えています。 はちみつさんとアウトサイダーさんがかなり突っ込んだ議論をされているので、それに水を差すつもりは毛頭ありませんが、農業の問題というのは、国家の安全保障の観点からみても非常に微妙な内容を含んでいると思います。 アウトサイダーさんの説明が詳しいですが(↑)、食料安全保障論と国際分業論の二つの理論に立脚した議論が一般的にはなされるようです。 自衛隊のページである方が、経済圏にのっとった国防という考えを提唱されていました。これは、まさに国際分業論の更なる発展形とも捉えられるような内容になる可能性を秘めた考え方だと思います。事ほどさように未来のわが国を描きながら考えるべき非常に難しい内容だと思いますので、ない頭をひねりながら、もう少し勉強してみたいと思います。意見については、それまで、出せそうもありません。すみません。 ちなみに、わたしの両親は九州で百姓をやっております。しかし、わたしは継いでいません。(笑)そのあたりの理由については、またおりをみて書き込むことにします。 では |
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初耳でした。 発言番号:11 名前:はちみつ 20歳 2000年10月13日18時13分 アウトサイダーさん今晩は。 風来坊さん、はじめまして。 よろしくお願いします。 米騒動のときはあまり意識していなかったので それほど記憶にはないのですが 風来坊さんがおっしゃるようなことが起こっていたとは 知りませんでした。 私も米問題には関心があるのですが、わからないところも 多いので質問してもよろしいでしょうか。 日本が米を輸入すると、困る国が多々あるというのは わかったのですが、なぜ日本は米が余っていたときに 輸出しなかったのでしょうか。食管制度によって政府が 米を買い付けていたわけですから、輸出しようと思えば できたのではないかと思うのですが・・・ やはり米を輸出するとまた外国からの圧力がかかって その分他の国からも輸入しろという風になるので 農家から反発がきたのですかね? 今ひとつよくわからないので教えてください。 それからガットのミニマムアクセスについても 調べよう調べようとしている間に時が過ぎてしまったので 教えていただけるとありがたいです。 >はちみつさんの友達の実家は一つの活路だと思います。 >でも、点的に企業農家があっても、面的には農地を守っていくことは>出来ない。 >僕はやはり行政や農協主導の企業(第三セクターなど)によって、 >面的に農地を守り、農業を守っていかなければならないと思います。 確かにそのとおりだと思いますね。 いくら企業化するとはいっても、所詮は地域の人々から 集めた土地ですからそんなに広いわけでもなく、今までは 親戚一同で十分だったわけですから。 企業化を普及させるにはやはり 行政や農協が本腰を入れて面的に農地を守っていく必要が あると思います。 しかしそこまで日本の行政が真剣に農業問題に 取り組んでいるのかと思うと疑問ですね。 日本政府とマスコミによって日本国民全体に国際分業論的な 発想が知らず知らずのうちに刷り込まれていると 聞いたことがあります。確かに農業問題にあまり関心がなく 日本や世界の現状を知らない人は 「なけりゃ輸入すればいいじゃん」と気軽にいうでしょう。 事実私もそうでした。 情報って怖いなと思う今日この頃です。 >はちみつさんとアウトサイダーさんがかなり突っ込んだ議論をされているので、それに水を差すつもりは毛頭ありませんが、農業の問題というのは、国家の安全保障の観点からみても非常に微妙な内容を含んでいると思います。 >アウトサイダーさんの説明が詳しいですが(↑)、食料安全保障論と国際分業論の二つの理論に立脚した議論が一般的にはなされるようです。 水を差すなんてとんでもない!どんどん意見を言ってください。 私も勉強になりますから。 根拠がわからないので一概には言えませんが やはり私は国際分業論には反対ですね。 国際分業論ほどもろい、不安定なものはないと思うのです。 そのあたり国際分業論派の人はどのようにお考えなんでしょうか? 誰か参加してください。 ところで風来坊さんは九州出身なんですか? 私も九州出身なので親近感を持ちました。 議論とは関係ないですが・・・ |
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こんばんは 発言番号:12 名前:アウトサイダー **歳 2000年10月13日23時15分 みなさん、こんばんは 風来坊さんのコメ騒動のウラ話、参考になりました。 国の体質は体質でしょうがない、・・と言ってしまってはいけないか・・・ でも、僕にとっては国際的なことを考えるきっかけとなりました。 勉強してみたいと思います。 石油戦争さんの言う経済圏の考えは、 軍備縮小 国際間の貧富の差の解消 食料(その他製品・サービスもですね)の安定的確保 ・・・ などメリットはかなりありそうな気がします。 食料の安定的確保は、国際分業論だけど食料安全保障論でもあると言うことですね。 でも、新しいことを体系的に考えるのは苦手でよく分からないです。 考えなければいけないことがたくさんありそうですし。 はちみつさん >日本が米を輸入すると、困る国が多々あるというのは わかったのですが、なぜ日本は米が余っていたときに 輸出しなかったのでしょうか。食管制度によって政府が 米を買い付けていたわけですから、輸出しようと思えば できたのではないかと思うのですが・・・ やはり米を輸出するとまた外国からの圧力がかかって その分他の国からも輸入しろという風になるので 農家から反発がきたのですかね? 今ひとつよくわからないので教えてください。 米価の国内外の価格差の問題が大きいと思います。 コメの国際価格はここ20年くらい、1トン200ドル〜400ドルくらいで 推移しています。 1ドル100円として、1トン2万円〜4万円です。 日本国内では、10キロ4000円〜5000円くらいで売られていますが、 それは1トン40万〜50万円ということです。 生産者は1俵(60キロ)1万5千円くらいで出荷していますが、それは 1トン25万円ということです。 この数字見れば一目瞭然。 日本のコメは高すぎるのです。 10倍の開きがある。 輸出なんて出来ません。 食管制のころ、十数年前、消費者価格より生産者価格の方が高くて、 政府がその差額を補填するのに何千億円も使っていましたが、輸出しようと 思えばそれどころじゃなくなってしまいます。 コメの輸出は絶対ムリだと思います。 ちなみに、古々米(生産されて2年経ったコメ)は 援助米に出されていたと思います。 また、今日本が輸出しているのは、みかんなどの果物類くらいだと思います。 ただ、このコメの内外価格差(コメだけじゃないんですが)は、消費者にとってみれば、 なんて高い食糧を買わされているのか、輸入すれば食費がずっと安くなるのに と思えてしまいます。 それに対抗するのは、食品の安全性(農薬など)とやはり安保論ですね。 >それからガットのミニマムアクセスについても 調べよう調べようとしている間に時が過ぎてしまったので 教えていただけるとありがたいです。 ガット・ウルグアイラウンドでは非関税障壁の撤廃を基本に交渉されました。 要するに輸入制限はなくして国境措置は関税だけにしよう、という基調でした。 日本はコメについては自給を維持するために、関税の特例措置を適用しました。 通常ならば初年度国内消費量の3%分の輸入機会を提供し、最終年度に 5%の輸入機会の提供を行うというミニマムアクセスを(その後関税化) 初年度4%、最終年度8%(1995年37万9千トン、2000年 75万8千トン)に引き上げるという代償を払って関税化を回避したのです。 で、今2000年なんですが、交渉がどうなっているのかは知りません。 すみません。 上でも書きましたが、食料輸入(国際分業)すれば消費者としては 大きなメリットがあります。 でも、食糧安全保障なき国際分業論は成り立たないとも思います。 やわらか頭の石油戦争さんが来てくれるとおもしろくなりそうですね。 土日はまた、本読んでみます。 |
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はちみつさん、はじめまして、よろしくお願いします 発言番号:13 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年10月16日13時33分 みなさん、こんにちは はちみつさん、はじめまして。 そうですか、あなたも九州出身ですか?なんか、親近感が沸いてきます。 といっても、わたし自身は学生時代を京都で過ごし、以後は盆暮れ以外にはろくに寄り付いていないのでえらそうなことはいえないのですが・・・(^_^) >日本が米を輸入すると、困る国が多々あるというのは わかったのですが、なぜ日本は米が余っていたときに 輸出しなかったのでしょうか。食管制度によって政府が 米を買い付けていたわけですから、輸出しようと思えば できたのではないかと思うのですが・・・ やはり米を輸出するとまた外国からの圧力がかかって その分他の国からも輸入しろという風になるので 農家から反発がきたのですかね? 今ひとつよくわからないので教えてください。 この質問については、アウトサイダーさんが詳しいので、そちらを参考にしてください。日本の農業の国際的競争力はほぼ皆無といえる状態です。 考えてみれば、当然の話だと思いませんか?何も、農家の企業努力が足りないとか政府の補助が足りないというだけの問題ではないと思います。このあたりは、アウトサイダーさんやはちみつさんとは意見を異にしているのかもしれません。でも、日本に農業が必要はない、あるいは国際的な分業制をとろうという意見を述べているわけではありませんので、今しばらくわたしの話を聞いてください。(もしよければ・・・、笑) 基本的には農業というのは労働力集約型の単純作業といえるのではないでしょうか。もちろん機械化等の導入による企業化を目指したりしていますし、アメリカやオーストラリアで実践されている農業を果たして労働力集約型産業といえるかどうかははなはだ疑問がありますが、大筋ではそう呼んで差し支えないと思います。 次に、生産品の価格決定に大きな影響力を及ぼすのは何かという話になりますが、人件費ということになるでしょう(日本では)。もちろん、肥料代・機械購入費・機械の運転修理費・種子購入費などなどいろいろな費用が発生してきますが、生産者も慈善事業を展開しているわけではないので、利益(それが生産者の生活費になる)を上乗せするわけです。これすなわち、日本の場合だと、人件費にほかなりません。規模を拡大するメリットは大型機械の導入によって生産効率を拡大した場合、生産量の拡大に対してこれら固定費の増額が同じ規模の生産高を二つ以上の企業(もしくは単位作付け農家)によって実施するよりも低く抑えることが出来るということによって得ることが出来ます。 日本の場合はこのような大規模化は行われていません(一部、例外を除いて)。 ところで、東南アジアあたりでは、プランテーション化された大規模農家以外に小規模の農家も存在しますが、彼らの生産コストは日本のそれのおそらく1/100、1/1000あるいはそれ以下でしょう。理由は人件費です。確かにいい生活を送るには出来るだけ高く利益を取りたいわけですが、少なくとも自分たちが生きていける程度の最低限は絶対にゆずれない線です。日本のそれと、アジアでのそれを比較した場合、とんでもない差があります。 この基礎的な人件費というのはこれらの問題を議論する上で極めて重要なポイントだと考えます。では、日本人の人件費を単純に下げればいいのか、というとそうもいかないのが現状です。第一、物価が以上に高い。最低限生活していけるだけの、wageがないと、それこそ、淳ちゃんたちが活躍する世界になってしまいます。 『最低限の生活費用』―――これを今日は提案します。 長くなりますが、もうひとつ はちみつさんの10/5付けの 『昔、世界規模で食糧不足に陥りかけたときに「緑の革命」なるものが起こったと聞きます。単収の増加には確かに効果があったようですが、長期的にみてあまりよい影響を与えなかったと記憶しています。詳しくご存知ならお教え願いたいのですが・・・。』 について、少しだけ・・・ かつて、国連主導のもとで(といっても大きな利権が潜んでいたわけですが・・・)、緑の革命なる事業が推し進められた他時期がありました。アウトサイダーさんが答えられているような内容も当然含まれていました。(すなわち、新規農地の開拓等々) しかし、もっと重要なことは、単位あたりの収穫量を増加させるために大量の化学肥料を投下し、大量の除草剤、農薬を散布することによって手間を半減させるとともに害虫被害、雑草被害を抑え収穫量を極限まで増やす。そして、品種改良された種子を使用する。これらの方策を第3世界諸国に啓発して回るという、一大キャンペーンだったのです。記憶は、不確かですが、実際、収量は倍増までは行かずとも相当に効果があったと記憶しています。しかし、それにかかる農薬、除草剤、化学肥料や新型種子の購入にかかる費用が収穫量増大によってもたらされる増収を上回ってしまうために、なんだかよくわからないうちに尻すぼみに終わったというものです。 しかし、これらの新しい手法の導入によりアメリカあたりでは極端な大規模経営が可能になったわけですから、一概に失敗といえるわけではありません。また、新しい産業を創生したわけですから・・・(先進国にとってということですが!) 今日は、これで |
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信濃の国はなんとなくクリスタル?・ 発言番号:14 名前:アウトサイダー **歳 2000年10月17日00時00分 農業問題とは関係ないのですが・・・ 田中康夫が長野県知事になることになりました。 誤解のないように言っておきますが、田中氏は自らしゃしゃり出てきたのではありません。 現知事の吉村氏が元副知事の池田氏を後継者として推し、更に共産党を除く 県議会の全議員がそれにならい、更に県下の市町村長を傘下に入れ、 地方公務員まで後援会に組織化されていた中で、官主導の政治に待ったを かけるべく、県内の財界人有志(八十二銀行頭取、県下に書店を展開する 平安堂会長など)が適切と思われる人物を検討し、白羽の矢が当たったのが 田中氏だったわけです。 財界人が選定した人物ではあったけれども、各種市民運動団体が勝手に 援護に回り、更に労働団体も援護に回って「官対民」の対決の構図となりました。 ほかに共産党推薦の候補と全くの無所属の候補もいましたが、事実上 官の池田氏と民の田中氏の対決となりました。 公務員がその立場を利用して選挙運動をするなど、レッドカードものの 組織力をみせる池田氏に対し、苦戦をしたのですが、結果は田中氏の圧勝でした。 政策は抽象的な表現が多くてよく分からなかったのですが、仕事始めとしては 1.長野冬期オリンピック誘致の際の会計簿が焼却処分されてしまっていることに ついて、適正な招致がなされたのかどうか客観的に調査したい。 2.反対運動のある公共事業はいったんゼロに戻し、本当に必要な事業か否か 再検討したい と、しがらみのある人にはできないことを始めてくれそうです。 また、月2回土曜日に地方事務所に出向いて知事自ら直接県民の声を聞く 場を設けることも公約しています。 僕も行ってサインもらってこようかな。 (ってやっぱり長野県民はミーハーなのかもしれない) なにはともあれ、官の事なかれ主義、無責任体質、やる気のなさに、喝を 入れることができるかどうか、見守っていきたいと思います。 (これでこの議題に出てきた問題点につながった) 風来坊さんの「最低限の生活費用」について 僕は単純に国境措置など国の保護の下、効率的な経営体づくりを進め、 日本国内で収益の高い魅力的な産業にするのが良いんじゃないかと思っていたのですが、 最低限の生活費用を問題にすると言うことは、会社を退職したあとの 高齢者を農業の担い手の中心に置こうとしているのか・・・・ 風来坊さんの議論の展開を楽しみにします。 さて、僕の答えですが、、、 最低の生活を送っているのはホームレスでしょう。 彼らの生活のやりくりはよく知りません。 でも、文化的とはいえないので、憲法の定める最低限以下ではないかと思います。 農業は自給自足が可能です。 でも、一般には衣食住の内、食だけで、衣と住はお金が必要になると思います。 住は山林があれば可能ではありますが、、、 いずれにせよ、地代が必要なので、イニシアルコストからランニングコストまで すべてゼロにすることは出来ないのではないかと思います。 具体的数字はよく分からないので出せません。 身近で最低限の生活を送っている人たちがいるのですが、彼らは月6万5千円 の障害者年金で暮らしています。 一人暮らしだと朝夕の食事付きの寮に暮らして月一回焼き肉食べられればごちそう 行動範囲は徒歩で行ける範囲、という水準です。 市長村営の共同住宅に4人くらいで一緒に暮らしている人たちもいますが、 彼らの方が余裕があるかもしれません。 ということで、「最低限の生活費用」は一人一月6万5千円と答えたいです。 どう話が展開するのか分からないまま書きましたが、いかがでしょうか。 |
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申し訳ありませんが… 発言番号:15 名前:はちみつ 20歳 2000年10月17日03時44分 残念ながら諸事情によりしばらく議論を 離れなくてはならなくなりました。 風来坊さんがやってきてくださったばかりで これから盛り上がるところだったのですが… 残念です。 アウトサイダーさんにも申し訳ないです。 いつ頃復帰するのか分かりませんが それまで知識を溜め込んでおきますので 議論のほうよろしくお願いいたします。 それでは短い間でしたが はっちでした。 さようなら。 |
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気分はアメリカ型それとも東南アジア型??!! 発言番号:16 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年10月24日20時19分 こんにちは、風来坊です。 アウトサイダーさん、早速のレスをいただきながら、返事が送れました、 申し訳ありません。本業で忙しくしていたため、なかなか文章をまとめる ところまでいきませんでした。 わたし自身、明確なビジョンがあるわけではありません。しかし、その ビジョンを模索しているところです。『最低限の生活費用』を持ち出し たのは、そこに何か手がかりを見つけられるのではないか、と考えたか らです。 ところで、わたしの表現がまずかったようです。一般的な日本での生活 を考えて最低限の文化的生活が保障されるとするべきだったかもわかり ません。 >身近で最低限の生活を送っている人たちがいるのですが、彼らは月6万5千円 の障害者年金で暮らしています。 一人暮らしだと朝夕の食事付きの寮に暮らして月一回焼き肉食べられればごちそう 行動範囲は徒歩で行ける範囲、という水準です。 市長村営の共同住宅に4人くらいで一緒に暮らしている人たちもいますが、 彼らの方が余裕があるかもしれません。 ということで、「最低限の生活費用」は一人一月6万5千円と答えたいです。 実際的なお話をありがとうございます。しかし、これを最低限としてしまう のはどうかな?という気がしました。確かに、この生活を余儀なくされ、そ れに従わざるを得ない人たちがいるということには異存はないのですが、こ れでいいのか、ということに疑問を抱いてしまいました。文化的な生活を送 るには、教育も必要ですし、ほかの様々な付随物が伴ってしかるべきだと思 うのです。 わたしは、あるページで教育を受ける機械は均等に保証されていると書きま したし、またあるページでは、わが国は様々な意味で自由が保障されており これほどの平等な社会はないのではないかと書きました。しかし、この現実 を突きつけられると、まだまだ、自分が甘かったなあ、と痛感せざるを得ま せん。 ところで、わたしが『最低限の生活費用』を提案した、真意は実は少し別な ところにありました。 >1960年ころの農業基本法が制定された時点で、既に農村と都市との 所得格差が生じており、農家とサラリーマンの所得均衡を図るため、 特定の農家に農地を集積させて、自立経営を育てることが政策として 考えられました。 アウトサイダーさんの10/5付の投稿を引用させてもらいましたが、農家と サラリーマンの所得均衡を図ることが政策的に実行されたわけです。とい うことは、格差の存在が公認されたとも受け取ることが出来ます。しかし、 この格差が何故に生じたのでしょうか。本来、農業であれ工業であれ、従 事者に分配されるのは、適正な利潤の分配であると同時に所要とされる生 活費に対する保証だと考えます。 労働に対する対価というものは、工業に従事しようが農業に従事しようが、 同じ努力そして同じ知恵を絞った場合の対価というものに、本来大きな相 違があるべきではないと考えます。しかし、昭和40年前後の時代から既に 農業に従事した場合と工業に従事した場合(すなわちサラリーマンとなる) にその差があってしかるべきということを政府自身認めていたということ なのでしょうか? まず、確認したいのは農業に従事しようが、工業に従事しようが、はたまた サービス業に従事しようがその受け取る利潤は、その各自のその分野におけ る能力・実力あるいは貢献度といったもので左右されるのは致し方ないとし て、産業間の格差というのは基本的には認められるべきではないと考えます。 次に、日本の農産物の価格が世界のそれに比べて以上に高い理由について も、少しは触れなければならないでしょう。 私は次の三つが大きな原因だと考えています。 1. 高い人件費 2. 規模の追及の放棄(零細農家が多い) 3. 政策的な努力の不足 この中の3.については、今、私が構築しようと努力している理屈には少し 関係が薄いので、とりあえず、忘れておきます。 ところで、アイテム1と2は、お互いに大きな関連をもった内容だと、考 えています。何故、規模を追求する必要があるのかという理由に、その秘 密が隠されています。 ご存知のように農業というのは、間違いなく労働力集約型の産業です。田 畑の維持管理から、種まき・世話・収穫という流れは、恐ろしく手間隙の かかる作業の積み重ねです。経験のない人にはわかりにくいかもしれませ んが、田んぼを耕して肥料を撒き、苗が育つにつれても、雑草とりや農薬 散布と、恐ろしいほどの手間がかかっています。まさに、労働力を集約し た結果が、収穫となり、ようやく利益が還元されるわけです。 ↑の投稿で規模の追求によるメリットを書きましたが、これには条件が つきます。わが国や先進各国のように基礎的な人件費が高額なところで は、ということです。人件費が高いところが競争に勝つには、出来るか ぎり機械を導入し、その効率を最大限に生かしきるようにしなければな らないのです。 機械化のメリットですが、とにかく人の手間を極限まで切り詰めること が出来るということです。 ところで、日本の農業も相当に機械化が進んでいます。しかし、これで は、だめなのです。アメリカやオーストラリアでなされている農業との 差はその機械を最大限まで生かしきっているのかどうかということにあ ると思います。日本でも、非常に値段の張る高額な農業機械が導入され、 労働量はかなり軽減されてきていると思います。しかし、その使用に無 駄が多すぎるために、導入された機械の能力をフルに生かしきれないば かりか、逆に基本的な生産コストを押し上げる要因にすらなっているよ うに思われてなりません。(これは、意見というよりわたし自身が実感 として感じていることに近いような気がします。) 一方、東南アジア各国はどうかというと、機械なんてひとつも導入され ていないはずです。(ここまでいうと言いすぎかもしれませんし、エビ デンスとなるべき資料は持ち合わせていません。すみません。しかし、 あたらずとも遠からずだと思います。) 第一、機械を買うだけの余裕はないはずです。機械がないということは その維持管理コストはただですし、人件費も安いから、その生産コスト が低くなるのではないでしょうか。 以上は、生産コストに差があることについての、私なりの分析です。これ らを、整理すると、わが国より、他国の農業生産コストが低いのには、二 つの別な要因によっているということが、いえないでしょうか。これを、 ひとつの前提として、今後に続けさせていただきたいと思います。 とりあえず、アメリカ型と東南アジア型と名づけておくことにします。 まる一日かけてようやくここまで、たどり着きました。長くなりましたの で、続きは次回にしたいと思いますが、ここまでで、なにかご意見があれ ば、よろしくお願いいたします。論理的にはまだまだ稚拙で、ほころびも 目に付くと思いますので、よろしくお願いします。 と、書き込んだところで、もう少し、付け足すことにします。 ここで、まず、日本の識者といわれる人たちが唱えている国際分業論に ひとつ、アンチテーゼをぶつけておきます。(リカードの分業論ではな く、日本版のやつね・・・) “アメリカは、工業国なの?それとも農業国なの?”“フランスはどう なの?”“ドイツはどうなの?”これくらいにしておきましょう。(^_^) わたしは、かの国々には、一国の中に農業国と工業国の両方があるのでは ないかな・・・なんて考えています。 日本にも両方あってもいいじゃないかと思うのですが、どんなもんでしょ うか。 これを言うと、コスト的に高いものを買わされるのは、いやだという人 たちが必ず出てくると思いますが、これに対して、有効な回答を用意す る必要がありますが、これについては、次の回という事でお願いいたし ます。 きょうは、『「アメリカ型?」それとも「東南アジア型?」?』を提案 いたします。 アウトサイダーさん、『最低限の生活費用』に対して、回答をいただき ながら、それに対する意見を述べるまでいたっておりません。申し訳あ りません。各国での人件費について考えるネタに使い、それを基にして コスト競争力の話に持っていければいいかなあ、なんて考えています。 長々と失礼いたしました。 それでは、 |
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気分はアメリカ型だんだけど 発言番号:19 名前:アウトサイダー **歳 2000年10月28日23時19分 こんばんは レスが遅くなってしまいました。 すみません。 「アメリカ型」or「東南アジア型」について これは人件費が高いことから、アメリカ型に持って行くしかないんじゃないかと思います。 と書きながら思ったことが・・・ 論理をはじめに展開するのは難しいことで、それに意見を述べるのはラク。 僕はラクなポジションをとらせて頂いているな、と思いながら書いています。 それから、上の方で書いたガットのミニマムアクセスの説明間違っています。 はずかしい・ さて、ここで主に考えるのはコメなどの土地利用型農業を中心に考えてみたいとおもいます。 日本の地形は複雑で、土地利用型といっても一概に述べることは出来ないでしょう。 平地ではアメリカ型が可能だとしても、山間部では規模拡大のメリットは 小さくなってしまいます。 山間部では一枚の田畑が小さいので、中・小型機械しか耕地に入れません。 また、飛行機を使った農薬散布などは全く出来ないでしょう。 だから、アメリカ型を追求できるとすれば平野部ということになると思います。 しかし、それにも障害がありそうです。 水曜日だったかNHKで米作りについて放送していました。 米価はここ数年下落基調にあります。 北海道で何年か前に10haくらい土地を買って24ha(だったかな)くらいに 規模を拡大したのだけれど、米価の下落により利益がほとんどなくなり、 規模拡大の際借り入れたお金の返済が出来なくなっている、という農家が テレビにでていました。 要するに、農業は農産物価格の変動によるリスクが大きい、ということです。 このリスクを回避するには、まず、農産物価格の変動を読んで、臨機応変に 作付け作物を変えるという方法があると思います。 しかし、水田と他の畑作、例えばじゃがいもなどとの作物変換は収量の 低下を招くし、読みが外れたときはドツボにはまり、リスク回避としては あまりうまくないのではないかと思います。 ハイリターンかもしれないけど、ハイリスクでしょう。 リスク回避としては作目の分散、つまり複合経営が良いのではないかと 思います。 相場変動のあるものにつて、分散を図るメリットというのは、アメリカ人が ポートフォリオ理論として論文を書いてくれていますが、そんな難しいことは 分からなくても作目間で相場変動が異なればリスクが小さくなると言うことは 容易にわかることと思います。 複合経営というと、有畜複合、つまり有機農業への方向も連想しますが、 理念としては好きなんだけれども、経済的メリットはそれほど大きくなさそう。 単体経営の中で有畜複合になっていなくても地域内、いや、地域間で 有畜複合っぽくなっていれば良いと思うし、あまりこだわらないことにします。 ということで、アメリカ型を追求するなら、平野部で、大規模複合経営を目指す、 ということが考えられるのではないかと思います。 まえにちょこっと第三セクターということを書きましたが、これは個別農家でも 第三セクターでも良いと思います。 しかし、それでもリスクはあり、更にリスクの分散を考えるなら、 産業間の分散、つまり兼業と言うことが考えられます。 兼業農家はサラリーマン収入があるので、農業所得はマイナスでなければよい、 またはマイナスでも耐えられる、という強みがあります。 また、失業したときは農業を頑張れば一応はしのげる。 兼業農家は強いです。 同様に高齢農家もいくばくかの蓄えと年金収入があるので、強いのでは ないかと思います。 しかし、そういった小規模農家も、コスト削減はしたほうが収入は大きくなり、 それは農地保全という意味でも必要なことと思います。 だから、小規模故の手作業的なことは個別農家で行い、機械の必要な作業は 集落単位で機械を保有したり、或いは大規模農家に作業を委託するなど 地域農業の組織化が必要になるのではないかと思います。 ということで、平野部ではリスクを取れる経営体(経営手腕と資金のある 農家、あるいは第三セクターなど)が大規模複合経営を目指すと共に、 それを中心に兼業・高齢農家を含めた組織化をすすめる方向に土地利用型農業の 活路があるのではないかと考えます。 (とりあえず今は) で、山間部のことも考えなければいけないんですが、、、、 生産コストを大幅に下げる方向は考えにくいです。 兼業と高齢農家と少数の担い手を守り、組織化によって守るという、 弱気の策しか考えられません。 作目を選べばとも思ったけれども、数アールの田畑だらけではつらいです。 傾斜のあるところもあるし。 東南アジア型を考えたけれどもよく分からない。 昔のように手作業中心にすれば労働時間がやたらとかかってしまうし。 ということで、平野部で大幅コスト削減が可能となった場合、平野部と 山間部の格差が大きくなってしまうので、山間部には何らかの保護策が 必要になってしまうのではないかと思います。 とりあえず、今日はこのように答えたいと思います。 つけたしとして、白書の付属統計表で見つけたことを。。。 日米の比較なんですが、他の項目はまだ目をつむれるとしても、 土地についての差が大きい。 農家1戸当たりの農用地面積が、日本1.6haに対してアメリカ176.1ha、 そしてなんと農地価格が10アールあたり日本169.7万円、アメリカ1.5万円。 この農地価格の高さはつらいです。 少なくとも、土地を購入して規模拡大を図るのは困難と言えてしまうと思います。 |
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アメリカ型を推進したいけど・・・ 発言番号:20 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年11月02日23時40分 こんばんは、風来坊です。 こちらこそ、レスが遅くなりました。申し訳ありません。以前、どなたかがおっしゃっていましたが、ゆったりと流れる討論というのもいいかもしれません。 >と書きながら思ったことが・・・ 論理をはじめに展開するのは難しいことで、それに意見を述べるのはラク。 僕はラクなポジションをとらせて頂いているな、と思いながら書いています。 いえいえ、決してそんな事はないと思います。瞬時にして、完璧な理論をくみ上げる事が出来る人であれば、それも当てはまるのかもしれませんが、わたしの場合は、ここで色々な人の意見を聞きながら自分自身の意見を学んでいく所だと思っていますので、色々な意見を頂けるのは、わたしにとっては勉強になっております。ありがとうございます。 ところで、今回はアウトサイダーさんの意見について、わたしなりの考えを述べさせてもらいます。 >これは人件費が高いことから、アメリカ型に持って行くしかないんじゃないかと思います。 基本的には、わたしもこのあたりを結論にもっていきたいのですが、アメリカ型を達成するためのハードルは考えれば考えるほど相当に高いというのが率直な気持ちです。 その難しさについては、すでにアウトサイダーさんに提示していただいているとおりだと思います。付け加えるとすれば、山間部においてアメリカ型のていこすと農法を追求する事はほぼ不可能でしょう。また、平野部においても、農地と住宅地の分離が進んでいない事に加え、人口の割に少なすぎる平地という側面から考えても、その大規模化にはとてつもないコストがかかるだけでなくおおきな痛みを伴うこと無しに実現することはほぼ不可能に近いのではないでしょうか。 こう考えてくると、わが国において商業ベースに則った農業を維持することは不可能という結論を導いてしまいます。ただ、ここまで考えてくる事によって、国際分業論を唱える人たちの思考回路が読めてきたような気がします。この方面で議論を進めてもブレークスルーを達成するにはかなりの困難が予想されるので、少し発想を転換してみたいと思います。 ところで、わが国の人件費の問題ですが、何故ここまで高くなってしまったのでしょうか。欧米諸国と比較しても相当に高くなっているような気がするのですが、実感としてはどうでしょうか。 確かに、欧米諸国ではわが国以上に賃金の格差が大きく(ここでは、とりあえず、欧米諸国を引き合いに出すことにします。)、国民全体としての人件費を比較すると、その差はかなり出てくるものと思われます。しかし、その割には、高い収入を得ているという実感には乏しいような気がするのは、何もわたしだけではないと思います。何故、でしょうか。 ここで、最低限の生活費用という概念を考えてみたいと思います。 農業という枠組みからはかけはなれた意見になるかもしれませんが、すこしおつきあいください。 確かにわが国の人件費はずば抜けて高いのですが、でも、上でも少し述べたようにその実感をもって生活できている人たちが一体どのくらい存在するのでしょうか。一部のエリートを除くと自分たちの給料がそれほどの高給と思える人は案外少ないのではないかなと思うのです。 何とか、昼食代を浮かそうとして、半額のハンバーガーを買い求める人に高給取りのイメージはありませんし、ましてや本人たちにその実感などあるわけないような気がしてなりません。しかし、その人たちが得ているサラリーというのが世界のレベルで比べるとかなりの高給だというのですから、わたしは、むしろ、こちらのほうに問題があるのではないかとあえて問題提議させてもらいます。 確かに、人件費が高いから物価も上がるとか、言う意見も出てくるでしょうが、そうなると、卵と鶏の議論になりそうです。しかし、何故、人件費がそれだけ高くなければならないかというと、生活するのにそれだけコストがかかるからではないでしょうか。 とすると、この高コスト体質の生活自体を見直す必要があるのではないかというのが、きょうの意見です。具体的なところには、考えは思い至っていませんし、もっと、脇を固めないといけないのですが、そのあたりについては、どうでしょうか。意見をいただければ、幸いです。 アメリカ型を追求すると、国際分業論に行きかねないのではないか、というのがわたしの危惧です。 と、ここまで書いてきましたが、やはり非常に難しいテーマだというのを改めて痛感しています。話の、筋がおかしくなりつつあることを自分でも実感しています。もう少し、考えさせてください。 それでは、 |
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考えあぐねていました 発言番号:21 名前:アウトサイダー **歳 2000年11月09日21時13分 こんばんは。 高い人件費、高コスト体質の生活、という問題を提示されて考えあぐねていました。 少しはずれるかも知れませんが、思いついたのが為替。 円安が進めば欧米と賃金水準が同じになる方向にいく、と思ってしまったわけです。 (為替が何で変動するのか実はよく分かっていないのですが。) 何が高コストなのか高コストの内容がまた分かっていないのですが、 生活のコストが下がる方向に行くと言うことは、企業の生産コストも下がる 方向にいくと言うことなのではないかと思います。 企業の生産性が上がれば、円は高くなる方向に行くでしょう。 なんとなく、為替というのは国際競争力の高い企業に合わせて動いているように 思っています。 円高で苦しくなる企業は事業再構築をするなど競争力を高める努力をし、 それでもダメなら倒産と言うことになるんでしょう。 競争力を高められる企業だけが生き残る。 そういう意味では、為替変動は国際分業のふるい、のようにも思えます。 生産力の高い企業だけが生き残るような、生産力の高い産業に特化させるような 作用があると思います。 生活が低コストになるときは、企業の活動も低コストになる。 農業が低コストになるときは、企業も低コストになる。 為替は生産力の高い産業に合わせて動き、いつまでたっても、農業はおいつけない のではないか、そう思ってしまいます。 ただ、経済活動が低迷し、更に大不況になれば(生活は質素になる)、 円安になるでしょう。 第2次、第3次産業がボロボロになって、1ドル500円くらいになれば、 日本農業が国際競争力をもつことになるかもしれません。 でも、そんな事態にはなってほしくありません。 ・・・ストレートな返事になっていないかも知れませんが、そんなことを思いました。 日本でも国境保護措置無しで農業が産業として成り立つ道があるのかどうか わからないのですが、農業とひとくくりにしないで、野菜とか果物とか、 品目別に考えていけば、アメリカ型ではないかも知れないけど、競争力を 持ちうる作目もありそうな気はします。 1週間かけてこれしか書けませんでしたけど、勘弁して下さい。 |
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返事が遅れました、申し訳ありません 発言番号:23 名前:さすらいの風来坊 37歳 2000年11月25日15時35分 アウトサイダーさん、 ご無沙汰しております。そして、お返事が遅れまして、申しわけありません。 やはり、非常に難しいところに足を踏み入れてしまったというのが、わたしの偽らざる心境です。 今までの投稿を読み直し、色々なところの本を読んで考えるのですが、なかなか論理を前に進める事が出来ません。ウーーン、難しい。 と、考えていたところに、あるニュースを目にしました。おそらく容易にご想像がつくと思いますが、そうです。アメリカから輸入したトウモロコシに遺伝子組換のものが混ざっていたというあれです。 他国から輸入する以上、やはりイニシアティブをとることが非常に難しいという事を見せつけられた思いがします。メディア各社は別の観点からたたこうとしているようですが、切り口をかえると、これは自国で生産していない以上チョイスがないともいえると思います。 わが国の購買力が引き続き旺盛で、発言力を維持できるならば、別ですが、生産者の立場が強くなった場合はどうでしょうか。 やはり農業は安全保障という観点から見るしかないのかもしれません。そうすれば、こんな、難しいことを考える必要がなくなる…(爆笑) それはそれとして… 遺伝子組換型の作物事態は、やはりアメリカ型を達成するための必要性から生まれてきたものだと思います。たしかに、モンサントやその他のアメリカの重要な戦略的な会社の世界戦略の一環という見方も出来ますが、一方で、病害虫に強かったり、冷害に強かったりという点を良く解釈すれば、労働生産性の向上に寄与するばかりでなく、天候によるリスクの回避にもつながり、相対的には農業を工業化し生産効率を高めるという、生産性向上に向かうための一つの方策であるともいえると思います。 考えに閉塞感がありましたので、このあたりにポイントを少しかえてみて、何か良い考えが出てこないかどうか、考えてみたいと思います。 追伸:やはり、二人だけでやり取りしていると、議論が停滞気味になってしまいますね…、どなたか、参加しませんか。 |
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参加してみました。 発言番号:24 名前:よんだぱんだ ??歳 2000年12月01日18時55分 どうもはじめまして。よんだぱんだです。教育系のとこにちょこちょこよらせてもらっているんですが、私の書いたのってあんまり反応がこなくて寂しいと思っています。今までに書いてあるところはさっとしか読んでいないので、そのことについての議論は今のところできないのでご了承ください。 実は、何を隠そうわたしははちみつと一緒に農業のことについて調べています。最近いろいろなところにお邪魔させてもらっているのですが、その中で、各党ではどのように農業を考えているのかということで、政党を2、3ヶ所回ってきました。自民党に行って、政策の事など聞いてきたんですけど、そこで感じたのは「議員も官僚も農業を知らないんだもん、この国の農業がいい方向に動くわけないよな」ということでした。知識があまりないせいで、政策も実験的でコロコロ変わるし、やっていることが、あんまり農家のためになっていない現状を思い知らされました。たとえば、農業に関する予算のうち、実際に農家の役に立つように使われているお金は全体の2割、あとの8割は土木事業などの周辺開発にまわされています。他の国ではこの数字が逆なんですよ。信じられない。しかも、その開発事業というのは無駄が多すぎる。一日に数えるほどしか通らないような道を物凄く立派にしてみたり、作物を出荷するために農道空港を作っても、目的地に着陸(一回のフライトでもかなりのお金がかかる)できずに結局トラックで運ぶと言う二度手間になってしまったり・・・。そんな話を聞いていると、この国のトップの人たちが、いかに農業・食糧問題を自分たちの身近なものとしてとらえていないかがわかる気がしました。 |
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最近いそがしくて 発言番号:25 名前:アウトサイダー **歳 2000年12月13日20時26分 こんばんは 仕事はラクチンなのですが、ちょっと忙しくなってあまりこれなくなってしまいました。 まず、風来坊さん 遺伝子組み替えは現在のところ、安全性に疑念あり、ということなので、 推進することには否定的です。 ただ、安全な技術として確立されれば反対する理由はなくなりますが。 よんだぱんださん 官僚の権力と利権の構造なんてすごいものがあります。 また、姿勢にも問題がある。 農水省の農業土木族の構造なんてすごいです。 農水省に限らず、何処の省庁でも内情を暴けば本一冊十分かけます。 「学歴社会」でときどき官僚を持ち上げる発言がありますが内情はそんなものではありません。 でも、その解決策はよくわからない。 構造的な問題で、ちょっといじったくらいではなんともなりません。 ただ、田中康夫が県知事になってからの長野県政をみていると、まだ2ヶ月 しかたっていませんが、政治は活性化したようにみえます。 長野県の試みは参考になるのではないかと思っています。 国もいっそ民主党が言うように、首相を国民の直接投票で選ぶようにすれば 画期的な動きを期待することも出来るかもしれません。 |
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まだこの話は続いていますか? 発言番号:26 名前:大阪のオッサン **歳 2002年01月10日01時51分 大阪のオッサンです。はじめまして。 皆さんの専門的なお話には、到底対抗できるほど理論武装していません。(スッポンぽんで、参加します。) なぜ、皆さんは日本とかアメリカとか、国境線を意識して話をするんですか?すでに、モノと金には国境線は事実上なくなってしまっていると私は考えています。国境線を意識している(させている)のは、政府だけじゃないんですか?こんな表現をすると、国際分業論派かと決めつけられそうですが、実際分業で経済は回っている筈です。農業だけをなぜ分離して考えるのか、考えなければならないのか、私には到底理解できない事ばかりです。 農業経営と言う観点で少し議論が進んでいたようですが、日本の農家は利益が出せないのは、かつての保護政策が原因であるとみんなわかってる事ですよね。保護するから、弱くなる。真理だと思います。 じゃ、なぜ努力して利益を出す農業をみんな模索しないのか、私には不思議でなりません。 @単純な事を提案します。利益を出す出さないは、個々の農家単位で考える事のはず。(農業の国際収益なんて今は考えないで下さい。)少しそういう動きをしている農家もあると聞きますが、例えば日本の農家の人がアメリカで米造りをし、利益を上げれば誰の利益ですか?もちろん、税務申告をする場所で、どこの国の利益(所得)になるかは決まりますが、個々の農家には、利益である事には変わりません。個々の利益は出せるはず。 Aもう一つ。気候と土地柄によって無理はありますが、なぜ高収益作物を農家は作らないの?米だって、高収益作物になるはず。美味い米を作ればイイのです。美味いモノは高く売れる。美味いは、高品質と置き換えて考えて下さい。農産物でも、高品質であれば市場が高い値段をつけます。高品質の定義は、買う側が決めること。Aさんには、不味い米も、糖尿病を患うBさんには低カロリー米(こんなのがあるかどうかは知りません。)なら、高品質の米です。 つまり、農家は政府買い上げの意識から脱却せず、自分の作物をマーケットに対応させる努力をしないから利益が出せないのは当然。マーケットニーズに対応した作物(米)を作れば、必ず利益が出せる。 アパレルの小売価格は、原価の五倍と聞きます。マーケットニーズに対応させる事ができれば、五倍でも10倍でも価格設定できると思いますが、如何? |
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困ってます 発言番号:27 名前:カス **歳 2003年04月20日21時17分 今度、農業高校の農業クラブで意見発表というのがあるんですが、『農業を国際的観点で見て』というテーマでなにかいい情報はないでしょうか? |
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反論 発言番号:28 名前:篠原 正史 **歳 2003年07月03日10時00分 消えロー----------------------------------------------------------------------------------------------------------ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-ーー-------------------------------------hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッ葉嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼 |
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いりません。 発言番号:29 名前:tomo **歳 2003年08月08日19時10分 日本に農業は、一切いりません。 |
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もっと身近に「農」を!(農産物直売所が食と農のテーマパークになっている。):議論まだ続いてる? 発言番号:30 名前:メロン 23歳 2005年05月07日21時31分 2000年からの農業の議論 2005年にして突然参加します。だれか相手してください。 わたしはドライブが好きで自然を満喫に車でよく出かけますが、人が作った自然…つまり田んぼや畑って大好きなんです。 田舎にあるそういう田畑は「癒しの風景」だなっていつも思います。 まったくの人の手の加わらない自然もいいけど、それはたまに人を寄せ付けさせないようなオーラをもったものがある。 けど人の手が加わった自然でも自然。そういう田畑はやはり、親しみやすさがあり、ぬくもりがあります。人だっておおきな自然の内の一部だからいつでも自然を求めているはず。・・・ってことで人と自然が接する農業は絶対になくなってはいけない。 それに衣食住のうち衣と住はそこそこでも生きていけるけど「食が」10日もなくなると生きていけないです。その食を担うのが農業です。 とまあそんなことを考えながら、どうしたら農業が再生するチャンスがあるかなと今悩み中です。 となやんでいって・・私は農業する人もしない人も農業のことを真剣に考えるチャンスをもつにはどうしたらいいかと思っています。 わたしがそもそも田舎の風景に興味を持ち農業についても考えようと思うようになったのは、観光所的な農産物直売所を訪れてからでした。九州ウォーカーなどに最近よく田舎のドライブを特集したり、道の駅特集をしたりしてたので、「九州ウォーカー」をもってドライブに行き始めてからでした。それまでは、街でショッピングとかするのが私の”おでかけ”の内容でした。でも街だけではあきるし、ドライブといったら”自然へでかける”のが ”らしい”かなと。そういうきっかけで。 それから田んぼと畑の「癒しの風景」「和みの風景」を見にしょっちゅうドライブです。 この風景をいつまでも残していくためにも農業は栄えてて欲しいなんてひとりよがりな考えも少しもってたりして・・・ しか〜し食を作り出す農業の発展は重大なテーマです。真剣に考えたくて、なんとか農業がとても魅力があり、稼げる農業になって欲しいと思っているこの頃です。 農業の発展につなげるには、どういう切り口から必要か。といろいろあると思いますが、 わたしは農産物の売リ場という所から考えてみました。 なぜかというと、農産物売り場(食料品売リ場でも)というのが生産者(農家)と消費者が農産物を通して交わるところで、農業にふれあう機会が少ない都会では特に野菜売り場が農業((食)を生み出す場所)との接点になっているような気がします。 スーパーでは、農産物を通して「農」に触れ合ってるといっても、実感はまったくないと思います。ただお金で商品を買うという感覚だけで。 けど、お金で商品(農産物)を買う感覚だけでその商品(農産物)がどうやってスーパーに並んでいるのかをいちいち考えて、さらに発展して農業についてまで考える人はほとんどいないと思います。 しかし、そういう風に今は簡単にお金で商品(農産物)を買え、農産物の実っている現場「田畑」を昔のように見る機会が少なくなったことで、「農」と「食」がかけ離れていき、消費者みんなが「農」を考えなくても商品(農産物)が買えるという社会になってしまったことが農業を弱くしてしまった原因のひとつではないかと思います。 食と農の距離を少しでも改善していくには、田舎にいって農作業をして野菜を収穫してくるのがいい?かななんて思いますが、 そんなんではとても大掛かりで農家でもないのに普通の消費者が毎日できることではないので、 日曜日とか特別なときに観光地に行く感覚で農産物直売所を訪れて買い物が出来、また農産物がつくられている”現場”を間近にみることができるような場所が都会からのドライブ圏にどんどん出来ればなと思っています。 そういうところで農業の現場をみて、農産物を買うことで、また、そこですごした休日は楽しい一日だったと思うことで、しぜんと農業に対する消費者の意識は変わってくるのではないかなと思います。 少しづつでも農業について、食について考える人(農業の応援団)が増えてくることで日本の農業を支える土台も少しずつ強くなってくるのでは、とおもいます...。 そんなことを考えながら食と農のテーマパークみたいのがどんどん増えてくれるようにと、今わたしは とある所に意見書を提出しようとおもっており、文を書いたのですが、まだ出すに至ってません。 意見書を書くなんて、たいそれたことをしていいかとも思うし。説得力も必要だし。 とつぜんですがだれか添削ください。(それの一部抜粋でまだ全然未完成ですが...) (始まり)【近年、輸入野菜の残留農薬、食肉の産地偽装事件などによって食の安心安全に消費者が関心をもつようになって、直接農家が販売する各地の農産物直売所が人気となってきました。 このような直売所では、生産者の名前、生産地が明記してあり、基本的にその日のうちに収穫したものを販売しています。これらのことが消費者の安心感を支えているようです。 またその土地の農家の作った農産物が店頭に並べられ、各地の直売所がそういった農産物、土地の特色を生かした加工品をおいてあり、その地域の特徴もはっきりしています。 このような農産物直売所と、農産物を育てているその「地域」をまるごと見て、レジャー感覚で自然に親しんでもらえるような、つまり、楽しみ、親しんで、納得の安心、安全な野菜を沢山お土産に持って帰ってもらえるような「地域ごと売る」施設がどんどん全国にできればと思っています。このような田畑の中に建っていて多くの人が集まってくる施設はその土地のすばらしい田園風景と農業を消費者に間近で見てもらえる良い場所であると思います。消費者にとっても、まさに今足元にある田畑で実っている農産物を買うことで、その楽しさや安心感が得られます。スーパーとは違うそういう楽しさや安心感を求めて消費者はまたその地の直売所に足を運ぶと思います。また、地域をまるごと体験した消費者(客)は、その体験をほかの人に紹介し、さらなる客を呼び込んでくれると思います。口コミでつぎつぎと消費者を地域に引っ張りだすような好循環があるのはそこへ「行ってみたくなるような地域」があってのことでしょう。 何度も足を運ぶ消費者達がいることが農業に従事する人にとっても喜びでありそれが、農家のバイタリティーにつながり、単なる生産だけの農業ではなく、また消費者との交流や、目の前で売れていく野菜をみることで、消費者やその土地のことを考えた広い範疇の農業を楽しむことができると思います。そして、地元の農産物を食べてもらいたいという農家の思いと、その土地の農産物を食べたいという消費者の思いがうまくむすびつきそこの直売所の売り上げにつながっていくと思います。結果、農作物を育む土地が大切にされ、昔ながらの風土、風景、自然のよさが見直され、それらに接している農家が元気になる。 私は、普段の休日には、よくドライブをし、行った先々での野菜の直売所めぐりをしています。直売所をめぐりながら、新鮮な野菜を買い、そこの田園風景を見るのがとても楽しみです。そういうドライブや買い物をするの私が良く行くところが熊本県です。 熊本県は、広い平野に一面田園風景が広がっています。そのような風景をみるととても気持ちがいいものです。 そういう田園の中に農業と風景、地域の特性をおおいに売り出している、観光型の直売所が熊本県にはたくさんあります。それらは家族連れがとても多くていつも大にぎあいです。ドライブイン的要素や、観光施設的な要素を持った大きな直売所の数が多く、たとえば熊本県鹿本にある水辺プラザかもと(3セク)には、温泉や農園レストラン、パン屋、生ジュース屋、レンタサイクル、カヌーなどがあったり、一日中そこで楽しめるようになっています。(休日になると田んぼの中にある国道は車が多すぎて渋滞するほど!)周辺をまわってみると、農作物の育っている広い田畑を間近にみることができ、川があり、自然を満喫できます。また、りっぱな米蔵のある古い家がそのあたりには、本当にたくさんあり、長い間大切にされてきた家々をみることができ、その土地の風土も目でみて知ることができます。新しい住宅地も(隣の七城)蔵風にデザインしてあったり、その地の風土や風景がとても大事にされているのが感じられます。 またこの周辺の人はそういった直売所を普段から利用しているようです。このあたり(鹿本・七城地区)では一般的なスーパーストアーがほとんど見当たりません。 ところで熊本県の直売所や道の駅では地産地消推進の店という旗を表に掲げているところがよく目に付きます、県全体でそういった運動を取り組んでいるようです。地産地消を推進することによって、少なからずその土地での食糧自給を高めようとするわけですが、さらに進めて、その土地で作られた農作物をほかの地域の人たちにアピールして知ってもらい、また多いに食べてもらおうという働きかけができると思います。 この地域では、地産地消運動の成果から地元内で野菜が流通している為、野菜の価格が非常に安く、輸入野菜、地域外野菜に負けていないようです。また、安くて安心安全な地元農産物があるということが、消費者を地域外からも大勢呼び込み、それらの客から大きな利益をうけています。そういう特徴のある一面田園で田舎の鹿本町や七城の間の道には車の長い列ができているほどでなのです。 ※ 熊本観光統計によると平成14年度の施設別入場者数ベスト5のうち 第3位に七城メロンドーム(道の駅)来客数121万人・・(売上14億6千万円) 第5位に水辺プラザかもと 来客数96万人 が入っています。 (第1位は阿蘇ファームランド 第2位セキアヒルズ:第4位三井グリーンランド)また、竜北町物産館ビストログリーンではH14年9月のオープン月に58万4千人を記録しています 農産物直売所が観光施設として利用され、熊本県内ではベスト5に入っています。 観光目的と実益の両方を兼ねた施設としての手軽さと、その魅力が集客力を発揮し、人気を集めているのではないかと思います。 全国各地でこういった直売所(ファーマーズマーケット)と温泉、観光農園、農園レストランなどが一緒になった「食と農のテーマパーク」が都市と農村の交流施設として人気となっているようです。安心安全がさけばれて、確実にこういうものを売る直売所が利益を生む。 直売所(ファーマーズマーケット)やレストランが盛り立て役として一役を買っていて地元の特産品を使った加工品やお菓子、酒類などの売り上げを伸ばしています。最近皆の食に対する関心が高まってきているようですがグルメについてもしかりで土地土地の厳選された特産物が話題となり消費者の興味を引いています。また、いまの健康ブームにのって、野菜や果物といった食材の栄養効果があらためて見直されています。 また、食品関連会社の不正、残留農薬、BSE問題など、昨年、一昨年前から食の安全に関するニュースが食卓を脅かし、消費者たち自ら食に関して関心を持ち続けています。そして消費者の「より安全なものを食卓へ」という姿勢が明らかになってきています。 ここ最近、消費者たちは食への意識をはっきりもち、適当な食品を自分の意思で選ぶ傾向にあるようです。これはいい方向に向かっているのではないでしょうか。 が単なる生産でなく、消費者の需要を消費者との交流や 。特に市内から少し北に行った菊池郡(鹿本、七城、菊鹿、合志)や菊陽町では、(七城メロンドームや水辺プラザかもと、きくちのまんま)すぐに新鮮な野菜が直売で安く手に入るからなのでしょう こういった消費者とのつながりを強く持つことで、農家には働いた分が、大きく収入に反映されて行き、また農家にとってすばらしい活力源となるのではないでしょうか。 農業という職業は衣食住の食という人間の生きるうえでもっとも重要で欠かすことの出来ない部分を支えています。しかし日本の食糧自給率は、輸入農作物がストップ時に対応できるものではありません。もしそうなったとき、たとえ経済状況がよくお金があった場合でも日本はとうてい生き抜けません。 消費者も生産者も食の根本に帰り食に関して積極的に目を向けることで、生命に直結する食に関してわたしたちが見失っていたものを思い起こしさせてくれると思います。 いま農業の将来について考えるにしても、食の根本を見失うことなく、生産者は責任を持って生産し、生産したものに誇りを持って消費者のもとに届けて欲しいと思っています。 今まで農作物をいかに効率よく沢山作るか いかにコスト削減し安く売るかという風潮が農業者の中であり、消費者もそれに乗せられ、食の安全性や健康に関する部分をないがしろにしていました。 しかしここ最近の食品安全の問題の影響もあり、消費者自ら食べるものを選ぶようになって、消費者は賢くなってきました。こういう時代だからこそ、農業に大きな課題がのしかかっていますが、今こそが農業が大きな変化と発展をなすことが出来る時だと思います。】(意見書おわり) 最後までよんでくれてありがとうございます。よければ相手してください。 |
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^^・・・素晴らしいね。 発言番号:31 名前:KR 44歳 2005年05月08日03時22分 日本の食料自給率は確か40%程じゃなかったかな。他の国々の自給率を参考にしてみよう。世界の食物自給率はオーストラリアが300%前後、アメリカ250%前後、イギリス・ドイツ・インド・中国はかろうじて100%を維持している状態だ。この数字は、欧米諸国は、人間が生きていくのに不可欠な食料の生存基盤をきちんと確保した上で、経済拡大を図っていることを示している。 しかしながら日本は戦後の経済復興のために、重工業(生産・加工)に国策の重点を置き、その労働力を地方に求め所謂金の卵と呼ばれる中卒の労働力を 都市部に集中させ始めたのが昭和30年代。その頃から農村部において労働力不足による自給率も落ち始め、それをカバーするために輸入穀物等で不足を補う政策を取り始めた。 また、労働力を失った農村部には手厚い助成金と輸入関税にて保護されてしまい、商品としての競争力を失い始めたのもこの頃。確かに今の農村部での 直販販売は都市部においての同じ商品と比較するならば、運送コストや中間費用などが省かれている部分、安価感は感じられる。しかしながらそれは日本国内においてのみの価格感であり、同じ商品を世界的に見れば高値と言わざる終えないが実情である。 今後、自給率を踏まえた農業政策にどれだけ政府が重い腰を上げるのか? 郵政民営化などよりも食料自給率を上げることのほうが重要な課題とは感じるが(笑い) |
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参加ありがとうございます。 発言番号:32 名前:めろん 23歳 2005年05月08日12時35分 やはり食料自給率の問題は日本人にとって最重要視すべき問題ですよね。 このテーマの最初の方(2000年ころ)に国際分業論がでてきていました 理論的には工業と農業を国で分業し互いに融通しあえれば良いと...。 国際分業論(リカード)に基づく農業廃止説があっても実際にはうまくいくはずはないですよね。 しかし、「必要論」を説明するために この「いらない論」と「必要論」両方をもってきて対話されていてさすがだな!と思いました。 (2000年の議論より書き写し) A国とB国が貿易をし、A国は比較優位にある工業に、 B国は比較優位にある農業に特化すれば、 A国は工業のみ10 B国は農産物のみ6 A国とB国合わせて16の生産力となります。 A、B、別々に見ても生産力は大きくなったことになるし、 AB合わせても生産力は大きくなるわけです。 というリカードの国際分業論 ・・・「いらない論」 あらためて国際分業論のリカード氏にそんなことできるはずはない!といいたいです。リカードがいつの時代どの国の学者かは知りませんが。 現在日本の食料自給率はカロリーベースで40%。輸入にたよりきってます。しかしいつ輸入ができなくなるのか分からないですよね。 @輸出国の事情、政情不安や経済状況の悪化、国際関係の悪化、気候の変化・災害により輸出国自身が食糧危機に陥って日本への輸出が減ったりストップしたりすると・・・日本は食料を確保できなくなってしまいます。 たとえば、輸出国と輸入国間で対立があった場合には、食料が取引材料にされることもあるだろうし、 輸出国で生産が減少すれば、当然自国民への食料供給が優先され、輸出量が減らされることや、輸出を停止されることもありえます。 これは輸入する国の問題になることで 一方輸出する国も問題がおきるはずです。(単純に輸出=儲げるにはならない)とおもいます。 A日本が大量に食料を輸入することで、輸出国(生産国)は農業を大規模化し、そこでは単一の作物が一面に作付けされる、すると、過度な農地開発で生産国の環境破壊が起こってしまう場合がある。 またまた B輸出して外貨を稼ぐことが出来る産品が農産物しかない国では、なんとしてでも外貨を稼ごうとし、国や大企業が貧しい農民から食料を奪い、その人たちには食料が回らない。日本人の食欲を満たすために彼らの食料を奪うことにもなりかねないです。 飽食日本が輸出国の貧しい人々の食料を得る権利を奪うことになるかも。 さらに 輸入国側の問題にもどり...、 C食料を海外依存する場合、(日本で少し普及し始めてきたトレーサビリティーがあるけれどそれは無理)、生産者の特定、栽培方法の管理や禁止農薬のしようや基準値を超えた農薬のチェック、有害物質や、重金属検査など、安全の確認が困難になってしまい。 それを食べる日本人は知らない間に毒やさいを食べることになってしまう。きけんな・・・・。 日本国は食料自給率を40%から10年後2010年には45%へ引き上げることを宣言していますが。・・・ 国内景気の不況、競争力を維持するために生産コストの削減などで、中国や、東南アジアに生産拠点を移転する企業が増えれば、ますます国内産業は空洞化し、賃金が圧迫されて 消費者は安いものを求めるようになり 安価な外国産農産物の輸入が増え 自給率はさらに低下してしまいそうな。 負のスパイラルですよね。 そうならないように、日頃から農業に目を向けて、生産者も消費者も一緒に考えていかなければならないです。 そのためにももっと「農」と「食」のつながりを考えられるような、田舎をみつめるべきです。 グリーンツーリズムにしても、食と農のテーマパーク的な直売所も 農産物のおもな消費者である都会の人にとって農業について考えるきっかけになる場所だし。 食が農業と直結していることを実感するために (農業あっての「食」だから) 「食」と「農」の距離を感じさせない、場所でしぜんに農業にふれあっていければ、 農業の大切さ、食の大切さ(ついには自分の体も食と農からささえられているとかんじるかも...(^^)) 「農業」は消費者の姿勢によって左右されやすいものなので皆が国全体が考えることで、いくらでも農業再生のチャンスや自給率の向上はできると思います。 しかし、本当に真剣に「作る人」、「食べる人」、が考えなければきびしいんです。だから何とか なんとか上向きになるようにと日本の人の農業に対する意識が変わることを願いたいです。 (イギリスでは過去自給率が100%をかなり下回ったときがあって、60%台かな(^*ー)それをいまでは克服し、輸出もしてるとききました。(詳しくは知らないけど、聞いてすばらしい事例と思いました。) 日本もがんばれば自給率向上をめざしていけるはずです。 |
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しかし、メロンさん、 発言番号:33 名前:タキシード仮面 28歳 2005年05月08日14時29分 日本の国土可住人口は三千万、大甘に見ても五千万な訳ですから、結局7千万〜1億近くの人間の食料が不足するんですね。 江戸時代の人口が大体、三千万でキープされて来たのは食料がその程度しか 自給出来なかったからではないですか?現人口を維持する前提で考えるなら 食料の輸入はある程度避けれないのでは? もっとも、イギリス並に食料自給率向上の努力はするべきでしょう。その場合、現在の小農分立政策は失敗だったと認め、大農育成主義、営農・生産規模 増大にシフトするのでしょうか? 農地解放当時議論されていた「小農」とは現在、殆んどが兼業農家・趣味的農家で結局は農業部門の赤字を企業給与で補填している現状です。 つまり、ヤル気の無い小農の農地をヤル気のある大農へ集約しても、家計的には小農家の不良資産を解消して現金等の金融資産に変換する訳ですから農地規模拡大、大農育成、食料自給率向上、赤字農家の解消と言う方向に転換した方が合理的と思慮しますが、メロンさんのお考えは如何ですか? |
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自給率を上げるには 発言番号:34 名前:ゴーヤマン 27歳 2005年05月08日23時36分 自給率をあげるには、結局のところ諸外国との外交に日本が強くなるしかないと思います。アメリカ、イギリス、ドイツにしろかなりの保護政策をしています。その結果、国内の農業改革と併せて成功へと導いてると思います。農業保護政策をとって、諸国から文句を言われてもはねのける力が日本にはあるか疑問です。日本への農産物の輸入を制限すれば、アメリカなどはすぐ日本の輸出品に対して制限をかけるでしょう。中国もしかりです。この時に、堂々と日本の権利を主張できる政治家も今いないではないでしょうか。 今中国では、自国での生産が足りずに農産物の輸入を始めました。今は外貨獲得のため日本に輸出していますが、後何年か後にはどうなるかわかりません。アメリカは自国で不足すればすぐ輸出をストップする国です。何年か前に大豆をストップさせて、大変なことになったことがあります。 つまり、現在の中途半端な保護政策では日本の農業を苦しめるだけです。やるなら徹底して行い、その間に外国に打ち勝つだけの農業を作る必要があると思います。まず国民は現在の食生活を変えることから始め、農家は大規模農場へと変換して、JAは本来の農のための仕事に戻り、政治家は国の権利をきちんと摩擦を生まないように主張する。 |
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なるほど 発言番号:35 名前:メロン 23歳 2005年05月09日00時56分 難しいですね。確かに、農業の大規模化で農産物を効率的に生産していくというのは必要になってくると思います。 将来的に後継者のいない農地がどんどん増え続けていくはずです。 もし大規模農業を行う、例えば農業株式会社のような企業が将来建設されたなら、 後継者のいない農地を買い取り、従業員を雇って工業的に大量に農産物を生産するというのは合理的で、農地の有効活用、食料自給率の向上にもつながっていく可能性があり良いと思います。 このような農業の形態は将来どんどん増えてくるかもしれません。 (最近では土木建設会社が公共事業の代わりに農業を請け負うところも出てきていると聞きました(土に関してはプロですからね。)) 食料自給率を上げるには、今日本全国にある農地を減らしてはいけないと思います。企業、大規模農家によって一部の地域で大規模に農地を使用するのにも限りがあります。 しかし集約するのに都合の悪い農地や小さな農地もやはり農地として何とか守っていかなければならないと思います。 農地はいったん別の用途で使用すると元の農地に戻すのは大変ですから。 小さな農地でも土さえよい状態なら十分に野菜は育ちます。 農地が減っていかないためには、稼げる農業をいかに行えるかということが一番のテーマになると思います。 兼業農家も片手間でも農業で稼ぐことができるのなら沢山ある農地を本格的に利用し、専業に戻ることもあるかもしれません。 どう農産物を売るか。マーケティングの仕方しだいで「稼げる農業」の可能性は広がると思います。 ここで、もしかしたら稼げる農業につながるかもしれないと思う記事をみつけたので紹介します。 いま各地でファーマーズマーケット(農産物直売所)がすごく人気があります。 これは都市部での農協再建策として設立され大成功しているファーマーズマーケットの一例ですがJA紀の里のめっけもん市場では、 新鮮さや安心感がある、生産者と消費者の距離が近いファーマーズマーケットが人気を呼び、 一日平均売上660万円、2002年度販売額20億3千万円の売上高を持っています。(初年度は10億7千万)今後さらに30億まで目指そうとしています。 記事では≪少量他品目の農産物を主体に商品化して10億円を越す潜在的販売力をたった一年間で掘り起こすパワーは、ファーマーズマーケット以外には見当たらない。≫と言っています。 また、中間流通コストが大幅に削減され、 スーパーでの小売価格 250円のものが ファーマーズマーケットでは 小売価格が150円 で販売でき、農家の手取りも増え、また輸入農産物の価格に十分対抗できるといっています。 そういった大規模なファーマーズマーケットを出荷先として利用すれば、兼業農家にとって目の前で売れていく農産物をみることができ、やる気の向上や、収入アップの可能性もあると思います。 食料自給率向上というのは地域や消費者と農家がつながって、そこから食と農を考えていくことから始まり、農業の大切さをいかに消費者、生産者ともが感じるかが重要だと思います。(今後はそういったファーマーズマーケットが食と農のテーマの発信基地になると思います。) そして、「食」をつかさどる「農業」を弱体化させてはいけないと日本で沢山のひとが思うようになれば農業再建のチャンスは大きくなると思います。 |
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ここで議論を整理しましょう。 発言番号:36 名前:タキシード仮面 28歳 2005年05月09日12時14分 「農業が衰退した」と言いますが、何を以って「衰退」とするのでしょう? 農業人口の減少か?=農業人口は減っても農業生産量は維持されています。 耕地面積の減少か?=面積は減っても反当たりの収穫高は増えています。 生産人口の高齢化か?=機械化でやるので老人人口を活用できます。 以上の事を考えると、日本農業にとって、どんな状態がベストか?と言う事を 定義しないと議論が混乱するのでは? それと、最近各地で活躍している「農産物直売所」は農業活性化の一つの可能性を表していますが、私はJAがこれをやれば失敗するだろうと睨んでいます。どう言う事か?と言うと、私の地元のJAの理事長Kさんは、地元のイベントに農協も協力してくれと言う商店会・商工会からの要望に対し、 「農家(JA)は米さえ作っていればいいんだ!、その他の事には協力する必要は無い!」とJAの理事総会で絶叫したそうです。百姓根性丸出しの発言 に対し、他の理事や農家以外の地域住民から軽蔑の眼差しで見られています。 今のJAは崩壊寸前の旧ソ連と同じです。これは何か?と言えば、ソ連崩壊の少し前に軍縮交渉でソ連を訪れた米側の交渉団に対し、余談の時にソ連の代表が「我々は軍備に関しては米国と対等になる様務めた。その結果、軍備に関しては満足の行く水準になったが、我々は金儲けの仕方は分らない!分らない! 分らないのだよ。」と言っていたそうです。 JA,農家は農作業・作る事には優れていますが、経営や品質管理、顧客開拓 、販路開拓、顧客ニーズ情報の収集に対しては「農家(JA)がそんな事を やる必要はない!」と言う頭では活性化等100%不可能でしょう。 作るだけオンリーの百姓頭には困った物です。 |
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