歴史の見方
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提案者基調
歴史の見方

発言番号:1
名前:なお
30歳
2005年02月23日13時56分

初めて議題を提案します。
分かりにくい点などがあったらご指摘ください。

「歴史の見方」ということで悩んでいます。
それは歴史を見るときに、現代の価値観で見ていくべきか、
あくまで中立を保つべきか、ということです。

例えば、江戸時代の士農工商といった身分制度を見るときに、
現代の価値観から言えば、いろいろと問題があるわけです。

しかし、当時の状況では、もちろん「人権」などの概念は無いわけですし、それが自然に受け入れられていて、現代で言われるような問題はなかったと思うのです。

私の個人的な意見は、歴史は現代の価値観を踏まえずに見ていくべきではないかと思います。
歴史を学ぶということは、
過去の積み重ねを知り、その中からどうやって未来を創造していくか、ということであり、決して現代の価値観で、ある時は暴力的に過去を断罪することではないと思うのです。

皆さんのご意見をお聞かせください。


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なおさん、その通りです、

発言番号:2
名前:タキシード仮面
27歳
2005年02月23日15時57分

初めまして、タキシード仮面と申します。あなたの仰る通り、「現在の価値観
で過去の出来事を断罪する」と言う事は、無意味を通り越して歴史への冒涜です。


江戸時代を例に出されたので江戸時代を基にして言いますが、なぜ、江戸時代にあれ程厳格な身分制秩序を必要ととしたのか?それは、前時代の戦国時代に
下克上の思想で長い戦乱の時代に日本人が苦しめられたからです。


多少、窮屈な身分制社会を選んで貧しくとも安定した人生を選ぶか、身分の変動の激しい、成功と没落が激しく、明日の命も知れない実力本位社会のどちらかを選べ、と言われたらやっと戦国の世を終ったばかりの人は「安定」を選び
ます。


今の時代は全て前時代の反動で作られる訳ですから、後世「あの時ああしていれば・・・」式の後知恵は無意味です。その時代、時代で当時の人達は必死に考え、行動した結果なのですから。


それと、他国で生まれた思想を日本に持ち込んで、「マルクスがこう、言っているから・・・」的な理由で過去・現在の日本を批判・断罪するのは歴史の
冒涜処か、愚者の傲慢です。考えて下さい、各国とも歴史的・経済的発展段階
が違う訳です。欧米で考えられた思想が日本の現状に当てはまるのならとも角
、大体は当てはまらない訳です。


他国の思想でも日本に当てはまる処、参考になる処はともかく、他国のイデオロギー故に、日本人が無批判・無条件に受け入れ、その奴隷となっては何の為
に導入したのか?意味が分らなくなります。


後世からの無責任な過去の歴史の批判・断罪と他国で生まれたイデオロギーを
無批判・無条件に受け入れて過去現在の日本を批判・断罪する事は歴史を学ぶ
者達が絶対やってはいけない事です。


更に言えば、人が歴史を学ぶのは過去の失敗に学ぶと言う消極的理由ばかり
ではなく、過去の歴史を常に再評価し続け、未来に向けた新しい教訓を引き出すと言う積極的な理由があるからです。けだし、「歴史は後世の鑑」と言えるでしょう。

なおさん、あなたの考えは正しいですので自信を持って進んで下さい。

では又会いましょう、さらばです。

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仮面さんへ

発言番号:3
名前:なお
30歳
2005年02月24日08時50分

丁寧な返答ありがとうございます。

それでお聞きしたいのですが、江戸時代に身分制度が確立した背景を仮面さんは下克上に求めましたが、その出典というか、論拠になったものがあれば教えてほしいのですが・・・。

というのも、話をしている相手が学者なもので、典拠があれば心強いのです。

お手数なお願いだと思いますが、ぜひ教えてください。

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典拠と言う典拠は、

発言番号:4
名前:タキシード仮面
27歳
2005年02月24日13時18分

無いですね。強いて言えば、江戸幕府を創った家康が、常々家臣達に言って
いた事を家臣達が書き止めておいた物が、家康の言行録になり、江戸時代には
「徳川実記」・「名将言行録」にも家康の発言集が見られます。


共通して言える事は、家康の旗印「厭離穢土・欣求浄土」で分る様に「乱世とは、辛く苦しい物だ」、だからこそ「各々がそれぞれの(分)を守り秩序に従って生きれば泰平の世が導かれるのだ」と言う発言があります。


それと、戦国乱世を生きていた者達は安らかな泰平・秩序こそが望みだったと言う意味の発言もあります。


家康は鎌倉時代に編纂された「増鏡」等の歴史書等を愛読・再刊しており、彼への思想的影響も認められます。それに、家康に代表される三河人は保守的・堅実な性向で時代を先取りする革新的な事を考えるのは苦手です。


以上の理由により、家康・家臣団達の性格と思考パターンを基にすれば、過去の幕府政治の改良・手直しに傾き易く、信長の様な「独裁制」や秦の始皇帝の様な「郡県制」の様な過激な治世は性格的にムリだったようです。


それに、今の時代は過去の時代の反動と言う事は江戸時代に限った話ではなく、いずれの時代もそう言う傾向が見られるので探せばどの歴史書にもある発言だと思います。

そんな処でどうですか?又会いましょう、さらばです。

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