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提案者基調 |
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東京と京都 発言番号:2 名前:普通人 41歳 2005年04月07日01時29分 ご無沙汰してます。 ゆとり教育の目的の一つは、世界に通用する独創性のある人材を求めることだと聞いています。 日本の高等教育は東大が始まりで、その目的は西洋の進んだ学問を東大が取り入れ、 やがて全国に普及させることにあったと思います。 今でもその雰囲気があり、大学の予算は東大がダントツです。他の大学は 事実上、東大の傘下という状態です。 そこで思うのが京大。予算が少ないのにノーベル賞は京大が一番多い。 京都人というのは、西洋の都市国家的な独立心を持ち、東京の傘下などという 気持ちはさらさらない。 だからこそ新しいアイデアや思想を堂々と押し通せる。 逆に、東大の方が世界の田舎の雰囲気で、欧米でやってことを常に気にしている。 独創性を求められるノーベル賞が取れないはずです(予算の割に)。 何がいいたいのか。 「東京を頂点として残りは地方」という今の状態では、地方はまさに痴呆に なってしまいます。 京都人の気概を持つ都市が日本には複数できる必要があると思います。 そうでなければどんな教育をしても絶対ダメです。 |
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ゆとり教育よりも 発言番号:3 名前:一教師 52歳 2005年08月13日21時14分 ゆとり教育よりも問題なのは、総合学習と選択教科の時間の増大です。 これらの理念自体は悪くないと思います。 しかし、人や予算の手当も無しに導入するのは無理がありました。 総合学習は、生徒・児童各自の「どうなっているのだろうという疑問」から、「知りたい、調べたい、研究したい」という「知的好奇心」が学習の動機に結びついてこそ成り立つものです。 従って、生徒や児童が知的好奇心を持って知りたい調べたいという状態に持って行かなければなりません。 知的好奇心が発揮されるためには、基礎的知識が必要となります。 何も知らなければ、そもそも疑問点も感じませんし、調べる方法すら分かりませんから、調べようという気持ちすら湧かないのです。 また、授業内容を理解し、きちんと宿題をこなすことに四苦八苦している生徒や児童にとって、それとは別の新たな勉強を自主的に行う気持ちになれるでしょうか。 一方、そのような生徒や児童に対しても知的好奇心が湧くようなテーマを押しつけではなく上手く提示し知的好奇心を煽るようにすることを教育者・教師に求めています。 そのためには教材研究をし効果的な教材を準備する時間が必要となります。 しかし、現場の教師には行わなければならない事項が多すぎ、このような時間を確保できないのが実情です。 授業に追われ、授業のない空き時間は教室に入らない生徒の生徒指導や雑務があり、昼食すら取れないことが日常的に発生しています。 放課後は、生徒指導、委員会指導、クラブ指導、会議、不登校生への対応、学級通信の作成、提出物の点検、小テストの採点、公務分掌の仕事、など盛り沢山で、日々の授業の教材研究すらできない状態です。 学級通信などは、帰宅してから深夜までかかって家で作成しています。 帰宅後は食事入浴以外の時間を持ち帰り仕事に当てても睡眠時間の確保が難しいです。 土日もクラブ活動の指導に丸1日取られており、それに対する代休はもちろんありませんし、クラブ活動はボランティア扱いです(1日数千円のみ)。 このような現実の中で、総合学習や選択教科の教材作りなどに十分な時間が取れるわけありません。 |
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お蔭様で 発言番号:4 名前:y 123歳 2006年01月09日21時01分 拝啓文部大臣殿 お蔭様で、子供達は、のびのびと良い子に育ち、朝から夕方迄、まっ黒になる迄、遊び、ゆとり教育の成果を実感して、かみしめております。 更なる、ゆとり教育の為にも偏差値を下げて、国家の明るい未来の、国作りを期待しております。 敬具、 |
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Re: ゆとり教育 発言番号:5 名前:メルクリウス 19歳 2006年03月27日14時17分 ゆとり教育といっても、休日を増やしたり学習のレベルを下げたりする方針と 体罰や過酷な学校行事をやめさせる方針の2つがある。 それなのに一緒くたに議論するのはどうかと思うが。 |
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