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提案者基調 |
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限定的肯定? 発言番号:2 名前:白がえる 2003年01月04日14時40分 あったといえばあったし、なかったといえばなかった という感じでしょうか 私は特に南京大虐殺について詳しく調べたわけではありませんので 以下に述べることは全て私の想像と推測にすぎません 当時の戦況からして南京に入城した日本軍兵士の多くは 極度の精神的疲労に陥っていたことは想像に難くありません ゲリラとの泥沼な戦いを経験してきたかれらが 敵の首都に招かれざる客として乗り込んでいったとき 全く残虐行為を働かなかったとは考えられないでしょう 少なくともアメリカ兵がベトナム戦で行ったぐらいのことは あった、と考えるのが妥当ではないでしょうか 最近、南京大虐殺はなかった、との主張に基づき 日本人は悪いことをしない、日本民族はすばらしい!! などと、いわんとする書籍を見かけますが これはこれで情けない感じがしますね 日本が利己目的でアジア各地を侵略したのは事実なのですから かといって中国人が主張するような大虐殺があったと 認めるつもりは毛頭ありません 一般的に犠牲者は10万人といわれてる(すいません、うろおぼえです) ようですがいくらなんでも物理的にむりでしょうし 占領軍といえどもそこまで暇ではないでしょう 戦争が終わったわけではないのですから 無駄に恨みを買うような行為を全軍規模で行うというのは あまりにも非現実的ではないでしょうか いきすぎたゲリラ掃討とジェノサイド行為を 明確に区別する方法はないのでは・・ もちろん現代の中国が主張しているのは単なるプロパガンダ というよりは、ゆすり、たかり、に分類されるものです それにのせられる腰抜け外務官僚も情けないかぎりですが・・・ 半世紀も前の話を持ち出してかねをせびろうとする 国家、個人にたいして私は一切の負い目を感じません 多少の同情はありますが、それだけです 最後に様々なうらみつらみをいだいてるかたにひとこと 過ぎたことは忘れようぜ!!!!! |
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肯定派はもう居なくなったの? 発言番号:3 名前:阿修羅 2003年01月06日20時16分 南京大虐殺・・・否定派の小生にとって肯定派の論客が現れることを期待していたのですが、もう肯定派と言われる人達はあの説が中国の反日プロパガンダだったと言う事に気が付いたと言うことなのでしょうか?それとも肯定するだけの一次資料を持っていないために黙りを決め込んでいるのでしょうか?結局は検証すれば朝日新聞やその他の左翼の墓穴を掘ることになることが分かってきて知らん振りを決め込んでいるのでしょうか?まあ、あの事件(事件と言っているのは朝日新聞と左翼だけですが)は多くのサイレントピープルへの親中 宣伝工作であったと言う事なんでしょうね・・・。左翼親中論客の登場を期待します。おそらく今後も出てこないでしょうが・・・・・・戦争という極限状態で完全に軍並びに兵士を統率することなど無理ですから中には小隊規模で一般民を殺害したと言う事は有ったでしょう・・・それは否定しませんがそれにしても何十万人と言う人間を無抵抗のまま殺害したなどと肯定派と言われる人達は本気で想っているのでしょうかね?KRさん、肯定派など幾ら待ってもここに出てきて否定派の論旨を喝破出来る人など出て来ませんよ。肯定派など尻尾を巻いて逃げるしかないのですから・・・・・・ |
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南京虫と南京豆と南京錠 発言番号:4 名前:KR 2003年01月07日00時57分 ■[南京大虐殺]の大辞林第二版からの検索結果 ナンキン-だいぎゃくさつ 【南京大虐殺】 日中戦争さなかの1937年(昭和12)12月から翌年1月にかけて、南京を占領した日本軍が 中国人に対して行なった大規模な暴行略奪虐殺事件。このとき殺された中国人の数は、 極東軍事裁判では二〇万人以上、中国側の発表では三〇〜四〇万人とされる 否定派HPhttp://nankinrein.hp.infoseek.co.jp/ 当時の南京の人口推移や中国南京防衛軍の数字など具体的な数値をもとに検証しています。歴史事実の検証手本のようです。 否定派のHPは多にもたくさんありますが、やはり肯定派HPを覗きたくなるのが人情ですね。 肯定派http://www.mmjp.or.jp/nankin1937/ 具体的な数字が全くなく、数値の比較対象で検証しなくてはいけない事柄さえ感情的な文章にて終始している。何考えてんだろう? 次の被害者の話には参ってしまう。 劉永興さん(1914年生まれ、男) 彼はここで連行された人数を6000人と言う数字を具体的に述べている。観ただけで6000と感じたのか?・・数えたのか?通常連行されて身の危険なある状態で悠長に数えるか? 夏淑琴さん(1930年生まれ、女)当時7歳、13人の家族中11人殺害され模様を全て克明に観ていたと言う。7歳の子供が恐怖に慄いているのに、正視できるわけがないでしょう。 蔡玉英さん(1931年生まれ、女)当時6歳・記憶力抜群恐怖にも慄かず正確に当時の状況を語っています。勘弁してくれ! 読めば読むほど、あまりにも作られすぎた内容にうんざりしてきます。 肯定派http://www.jca.apc.org/nmnankin/index-j.html 「ノーモア・南京」 鹿児島県議会への抗議書 「公立高校の修学旅行先から 南京大虐殺記念館などを除くように」 との陳情を採択した 鹿児島県議会に抗議します・・・だそうです。なんか勘違いと言うより似非被害者意識の凝り固まり。また、後生大事に売名作家アイリス・チャンの「レイプ・オブ・ナンキン」をバイブルとしている辺り、救いようがない会です。 http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/nankin2.htm ここに到っては、何も言うまい。 再審「南京大虐殺」 世界に訴える日本の冤罪 読まなければ! 和文側表装 英文側表装 中国共産党政府がしばしば〈南京大虐殺〉を引き合いにしつつ、日本に対し執拗に過去への「反省と謝罪」を求めるのは、米国議会調査局も分析しているように、「狙いは援助や譲歩を引き出すこと」にあることは間違いないが、もう一方には、冷戦終焉後の東アジアに覇権を確保するために、その障害となる日米同盟に楔を打ち込む一つの手段として、旧連合国同士で共感を抱きやすい旧敵国日本の「悪行」の記憶を呼び起こそうとする意図があると見てよい。 『ザ・レイプ・オブ・南京』の拡販活動の背後に中国系米国人や在米華僑団体を通して中国共産党政府の影が垣間見えるのもこのことを端的に物語っている。(「結語」より) アメリカ舞台の反日宣伝に反撃第一弾! フェアプレイ精神を愛する世界のすべての人々に読んでほしい 「戦後半世紀余り 日本は この問題で外から何を言われようとも 一貫して沈黙を守りつづけてきた。 ここに初めて我々は沈黙を破る。 ただし、中国式金切り声ではない。 被告席に立たされた日本の、低音で立ち昇る、しかし清明公正なる陳述である。」(「序言」より) とりあえず。以上・・後は皆さんの判断です! 阿修羅さんも言ってあったように・・肯定派の人の意見聞きたいですね! |
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お邪魔いたします 発言番号:5 名前:けん 2003年01月09日16時03分 最初に恥ずかしながら、南京大虐殺については東京裁判を含め、 大きな関心を持たずにいました。 KRさんの提言で、やっとの事色々と調べ初めましたところ、 否定意見・肯定意見(人民日報等は論外)色々と興味深く読み 今までの不勉強を後悔しておるところです。 さて、「大虐殺」と言いますが、否定・肯定意見の差がかなり あり、実際によく言われる数字30万人を、実際に殺戮しようと するならば、かなりの範囲で、とてつもない動員をかけてでなけ れば達成出来ないでしょう。埋葬記録なども又当時の記憶を記した 体験記事も、あくまでも全体把握ではありませんね。 ナチのように殺戮施設を建設し、処刑者を集め、搬送列車に乗せて 処刑を行うのならば、何百万人と言う数字は可能でしょうが。 戸籍の整備が無い中国ならではの20万人とか、30万人の数字の 差になっていることも事実でしょうし。ならば誰が(大虐殺が実際 あったとして)推量ではなく、全体数の把握を出来るのでしょう? 私の今まで調べた資料では、これぞ正しいというものは発見出来て おりません。KRさんのおっしゃる数値検証に感情を交えていると 言う気持ちを私も感じました。 ただ、殺戮が無かったのかと言うと、そりゃ殺し合いの戦時下の事 ですから、「三光」等に記載されている事は在ったのでしょう。 でも親から子へ、子から孫へと怨恨を(かなり誇張されながら) 伝え続けて行くことにより、その怨恨のエネルギーは肥大して来た のでしょう。そしてそれを宣伝材料としていると見るのが正しいと 思います。 私の友人に中国人が3人居ます。この事を彼らにフランクに聞いて 見ても、自分たちも「本」を読んだだけだから・・。と言います。 そして、彼らは今でも中国の田舎へ行けばしっかりした戸籍など 無いし、当時はもっと正確な人口の把握は出来ていない筈と言い ます。う〜〜〜ん、いくら考えて見ても・・・。 KRさん、阿修羅さんのご期待に添えず残念ですが、肯定派には どうもなれませんね・・・、私も今のところは。 |
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誰か・・・元気な肯定派、出てきて下さいよ 発言番号:6 名前:けん 2003年01月09日22時10分 このままじゃ、面白く無いじゃないですか!一杯いらっしゃる でしょ?絶対にあったって・・・、ちなみに我が家の女房殿は 「あれは、あったんでしょ。絶対」って言うんですよね。 とんでもなく論拠はそれてしまいますが・・・。 「根拠は?」って聞くと、「日本兵ならやりかねない」なんて こと、言う訳ですよ。ついでに言うと、「学校で習ったし」、 「証言する人が居るし」って我が家で討論会が始まります。 でも彼女は結構、絶対にやってるなんて思ってるんです。 そう言う人達が潜在的に多く居るんじゃないですか? どうなんでしょ?も一回考えてみては? 自分の国の、自分たちの祖先がどうだったのか、何をしたのか? 考える、想像してみる、推量する、疑う、信じる。 やってみる必要があるでしょ?証明する必要も。 でも、やる事によって得る物があり、失う物もある。 それやこれや充分覚悟した上で、自分たちの今後のスタンスを 考えて行きませんか? |
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みてきました 発言番号:7 名前:白がえる 2003年01月10日00時44分 どーも、KRさん上のレスに載せられていたサイトに逝ってみました (笑) う〜ん三者三様違うアプローチでせまっていますが 偉い(偉そう?)な学者の名前を駆使するようなところ 証言風のB級映画のパンフレットみたいなところ等ありましたが・・ まぁどんなにいおうと彼らの意思はくつがえりそうにないですね ただそれらをみてふと思ったことがあります。 彼らは果たして否定派の論理的な意見に耳を傾けたことが あったのでしょうか、私には到底思えません。 肯定派の参戦をみなさん望んでおられますが おそらく今後もこの議論に参加してくることはないでしょう 彼らは情報を頭のなかで再構成するということができないのでしょう どれだけ証言を集めてもそれは他人を媒介として編集された内容です。 KRさんや阿修羅さん、けんさんなど、この討論会の常連さんは 様々なスタンスから情報を集めそれらを再構成するといった 訓練ができてらっしゃるのでしょう(自分のはただのヒネクレですが) しかし情報を鵜呑みにするような肯定派のかたがたは 議論に参加して言葉のキャッチボールをすることにより 頭の中にある情報を整理統合するということができないのでしょう くるとしても自分の意見を正しいとおもいこんで ただ書きなぐるだけにおわるのでは・・・ あと、けんさんの意見のなかで、けんさんの言葉ではないですが 「日本兵ならやりかねない」とありましたが これは「徴兵で前線におくられた兵隊ならやりかねない」 のほうが正しいとおもいます。 私がそのような立場なら絶対にやらないとはいいきれません そのように思える人はよっぽどの偽善者か さもなくば恵まれた環境に育ったのでしょうね 女性の方が思ってるのでしたら男というものを理解していませんね(笑 ただ、よく聞く、捕虜だとしょっぴいてきた中国人を 銃殺した。というのは「日本兵ならありえない」といえます なぜなら日本軍にはそれだけの弾薬の余裕はありません 日本刀で切ったというなら話はわかるのですが・・・ (あ!!こんなところにも肯定派の嘘が!!!) |
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けん&白がえる&阿修羅殿へ 発言番号:8 名前:KR 2003年01月10日01時25分 皆様の意見、楽しく読ませていただきました。 肯定派諸氏の批判や意見、資料等を検索し読んでいると、ある意味楽しくなります(不謹慎ではありますが)。今日、既に捏造された写真と判明されているにもかかわらず、HP内で堂々とその写真を掲載している逞しさには敬意すら覚えます。そのHPに「この写真は実はトリミングされて云々とか、南京大虐殺1937年12月〜1938年1月は南京は厳寒時期なのに、写真の日本兵(これも中国人ですが)がどうして夏服なの?」・・などのお手紙を差し上げたのですが、未だお返事が参りません(笑い) 肯定派諸氏にとって、そのような反論は意に介さず・・突き進むのが常のようです。 「南京大虐殺」に関して、現在・・肯定派を論破する暇つぶしの論法を考案中ですが、その中で小生このような質問を投げかけることにしています。 「南京大虐殺」肯定派の方は仮にその虐殺が事実とした場合、 1.虐殺(民間人)と言う行為を非難する方法論の1つとして「南京大虐殺」 論じているのか?簡単に言えば全ての虐殺行為に対して異を唱えてるのか 2 南京で行われた中国人虐殺に異を唱えているのか? 南京大虐殺に関するHPや書物に・・その結論として下記のような締めくくりにはあまり遭遇しないんですよ^^ 「ゆえに、南京大虐殺に代表される民間人および非戦闘員大量虐殺は、政治的、思想的、宗教的、および人種的、戦争的等の如何なる状況下においても、けして肯定される行為ではない」 小生が言いたいこと・・お察ししていただけると思いますが^^ PS 肯定される大虐殺は存在しているのですが^^それはまた! |
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KRさんへ 発言番号:9 名前:阿修羅 2003年01月10日10時38分 KRさんへ 南京大虐殺肯定派への反論の骨子・・・・何となく見えてきました。 完成がとても楽しみでワクワクしながら期待しています。 そして多分小生がその話をする際の基本理念に成りそうな気がします。 成る程ね・・・そう言う論法、見解が有ったんですね。早く次を読ませて下さい。 |
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ちょっとだけ・・・(仕事中なのに)あはは 発言番号:10 名前:けん 2003年01月10日11時22分 白がえるさん、私はこのフォーラムではまだまだ新参者です。 常連と呼ばれたら恐縮してしまいます。(゚赤゚) さて、KRさん・阿修羅さん・白がえるさん。いつも有り難う ございます。 白がえるさんの銃殺云々のくだりですが、私の知り合いで中国へ (当然戦争で)行っていた人の話では、終戦(まだ中国に居た) 時は、ダイナマイトで川魚を取ったり、三八式歩兵銃の無駄弾を 撃ったりはしたそうですが。戦時中には仰る通り、陛下より賜っ た弾薬は管理も当然厳しかったそうです。 何度も出てくる30万人とか40万人を(全てではないにしても ですが)銃剣で刺殺したとしたら、なんとまあすごい体力・・。 KRさん、私も不謹慎かも知れませんが「写真のトリミング」の 部分笑ってしまいました。隣の半島の北側の国となんら変わらな いじゃありませんか。 肯定派はKRさんの仰る[感情論]が根底にありますよね、その上 では正確な討論など出来るわけないとおもいますし、ディベイト (決めつけ根底)になってしまうから、プロパガンダを多用して マイノリティからの脱却を図っているのでしょう。 先出の中国へ派兵された人は、終戦引き揚げの時に中国人の老婆 から「貴方が悪いのではない、戦争が悪いんです。これから日本 へ帰るのも大変でしょう、これを持って行きなさい」と言って、 少額ではあったがなけなしの金を持たせてくれたそうです。 彼はそこで大泣きをしてしまったそうです。 とりとめのない話になってしまいました。すみません。 |
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南京大虐殺否定諸資料および肯定派の悲しいHP 発言番号:11 名前:KR 2003年01月12日15時53分 どうも、皆様・・お元気でしょうか。さて、未だ小生の暇つぶし理論が完成に到らず、ご期待に添えない状況で^^申し訳なく思います。 そこで、下記の否定派のHPにて「南京大虐殺」が論じられておりますので、お時間があればご覧下さい。 http://www.history.gr.jp/nanking/index.html 「南京大虐殺はウソ」のHP。ここでの資料はかなり信頼度は高いはず。 またまた登場・・肯定派のHP http://www.history.gr.jp/nanking/mistake.html#02 アイリス・チャン「レイプ・オブ・南京」90ヶ所に及ぶ間違いが指摘されてます。 http://www.history.gr.jp/nanking/chang.html アイリス・チャンのインタビューおよび、彼女の巧みな捏造資料 http://cgi.search.biglobe.ne.jp/cgi-bin/search2-b アイリス・チャンと斉藤邦彦駐米大使の討論 ここで、斎藤大使は「南京大虐殺」を求めるような発言をしている。政府関係者、それも大使がTV公開討論にて安易に資料等を用いずに、反論しているあたり情けない。 http://www.bekkoame.ne.jp/~ymasaki/shomei.htm このサイトは捏造写真を以前使っていたようだが、それが判明したのだろう、今は掲載項目が多い。にもかかわらず、証言(それも伝聞や、検証していない)を証拠として定義して閲覧させているあたり、逞しさを感じる。 もう・・この議題に嫌気がさしてくるぐらい空虚な気持ちになります。 |
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ちょっとだけ Pert U 発言番号:12 名前:けん 2003年01月13日11時23分 発言10は仕事中に(不謹慎)あわてて書いたので、支離滅裂かつ 文法も無茶苦茶で・・・消去したいくらいです。すみません。 さて、強力な肯定派はここにはいらっしゃらないようです。 発言しやすいように、路線を少し変えて見ましょう。 私達夫婦の間で絶対に他人には言わないでおこうと決めていた ことがあります。 理由の一つは「時期」と「場所」を明確に聞いていないからです。 あえてそれをここに書きます。 それは私の家内の叔父の事です。彼の戦時中の「自慢話」の中に 「人間の首を切るのは難しいぞ。ある部分にキッチリと入らないと スパッとは切れないんだ」と言うのがあります。 支那人と彼は表現しますが、彼は実際に切ったのだそうです。 私たちはそれを自慢話として語る彼のことを恥だと思い、他人に 語ることを控えて来たのです。 もう1点、発言番号10で私の知り合いが中国人老婆から、情け を受けて大泣きした本当の理由。 彼は2等兵でしたから、自らは手を下した訳では無いそうですが、 捕虜(便衣兵らしい)の刺殺と斬首を目撃していたのだそうです。 さて上記2点が私の周りに「歴史的事実」としては存在します。 どうでしょうか?南京大虐殺はどのような形で「事実」になるので しょうか? 私のような方が大勢いらっしゃるのでは無いでしょうか? 多分そんな人達の何人かは、この頁を読まれておられるのでは? 新編 三光 第1集を編纂された「中国帰還者連絡会」の方々! また、そのシンパの方々、ご意見がおありでは? KRさん、私自身でもう1つ整理の出来ていない事があります。 体験談として語る人達、○○師団とか○○旅団とか書いてあり ますが、その人達の記述に至るモチベーションは一体何なので しょう。 後悔・反省・懺悔なのですかね? それとも歴史の証人になるべきだと思っているのでしょうか? KRさんのとっておられる大きなスタンスからは、私の運び方は 逸脱しておるかも知れませんが。 1本1本の「木」は見えるのですが、どうにも「森」が見えま せん。 |
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なぜ? 発言番号:13 名前:RYO 2003年03月10日00時23分 なにを? |
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30万・・・ 発言番号:14 名前:反 2003年03月31日03時32分 KRさんが貼ったアイリスチャンのHP拝見させていただきましたが、あの写真には、確かに日付や名前などの詳細が書いてありませんよね これで日本兵がやったなんていう証拠にはなるんでしょうかねぇ・・・ だいたい30万などと言う膨大な数の弾薬が、どこから湧き出てくるんでしょう? しかもアイリスチャンのHPには、「証拠」として日本兵二人で日本刀で100人斬りに挑戦し、105対106だったなどと言う信じたくても信じようの無い記事がありました 日本刀って、良く斬れるんですね(爆 少しぐらい切れ味が悪くなってもいいような・・・(爆 |
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数は相当少ないよ。 発言番号:15 名前:南京玉すだれ 2003年03月31日17時46分 少なくともどのような戦争であれ虐殺はある、じゃ〜どのような時起こるのか?軍服を着た正規軍なら見分けもつくが民兵が攻めてくればもう分からない、いちいち貴方は敵ですか?それともただの農民?そう聞くのですか? 虐殺の人数にはさまざまな意見があるが、中国側の発表は馬鹿げてる。中国人が中国人を殺して日本の仕業に見せかけたと言うアメリカ人の証言もありますし。軍人が農民の格好をして死んだのは、それは戦死ですよ。戦死者も数の内ですか? 民間人の被害をなるべく出さないようにするのが正規軍の勤めです、それを農民や商人の格好で戦ったらどうなる? 日本軍もしかりですが、ただ日本軍は皆軍服を着てただけまだまし。 |
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肯定派の意見 発言番号:16 名前:きみまろ 23歳 2003年12月20日17時46分 私はないと思います。もともと南京の総人口は20〜30万人だったそうです。そのような街ので30万人の大虐殺が行われたとは到底考えられないことだと思います。実際、今南京という街は存在していますし。 |
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南京は伝説になる 発言番号:17 名前:ケンタロウ 43歳 2004年04月30日23時02分 南京事件は事実だったかどうかなんて、当時のマスコミや、軍部、政治家達が、正確に、国民に伝えるわけ無いでしょう。どうせ、隠蔽歪曲されるし、資料なんて、どんどん燃やしちゃえば、ホントのところはみんなウヤムヤじゃないですかね。 となれば、口コミでしか伝わらないし、源平合戦みたいに、伝説化される。 殺された人数なんてどうにでもなる。日本を恨めば、「30万人殺しやがった」くらいのことは言うだろう。 そもそも、人数に信憑性を求めると言うのがナンセンスでしょう。第二次大戦で、日本人は300万人死んだ。日本兵はアジア人を2000万人殺した、と言うことになってますけど、一体、どうやって数えるんだ。 問題は、なんで、日本人は、こうも派手に殺戮をやったのか、なんで、アジア人をこれほど、憎み、さげすんだのか、をもっと真剣に検討することではないかと思います。 |
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ほとんど陰謀でしょう… 発言番号:18 名前:赤 25歳 2004年04月30日23時22分 中国に進出していたのは日本だけでは無いし、博物館見せびらかすのオカシイ。 南京大虐殺か? 何か、日本刀で1000人切りしたとか…絶対無理!! せいぜい5〜6人がいいとこ。 油付いて刀もたないし、逃げてる相手だから体力持たない。 嘘、虚構の作り話が日本と中国の間にある。 もちろん丁稚上げてるのは中国政府!! 中国文化好きだけど… やり方が… |
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南京事件がくずぶる理由について 発言番号:19 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月01日10時24分 南京事件がいつまでもくすぶりつづける理由は、主に二つあると思います。 一つは、よく言われることですけど、中国の伝統的な中華思想。もう一つは、これもよく言われることですけど、日本人の責任感覚というか、謝罪感覚というか、そういったものが、中国人に限らず、他の民族とは、異なると言うこと。 中華思想は、一言でいえば、他民族蔑視であって、中国の周辺諸国は、永久に、中国の従属国だ、と言う意識ですから、中国から見て、ちょっとでも日本が目立ったことをすると、叩きのめしたくなるわけです。 おそらく、中国にとって、戦争した相手が、アメリカやロシアだったら、いくら中国人が殺されても、平和になれば、過ぎたこととして、消化したかもしれない。でも、相手が、こともあろうに、従属国日本だったから、何が何でも許すもんか、と言うところではなかろうかと思います。 蔑視意識を持った人間に、どんな正論をぶつけても、無駄です。○○は死ななきゃ直らない、と言うやつです。もう一回戦争して、日本人が中国全土を占領して、徹底的に中国を叩きのめさないと、どうしようもないでしょう。もちろん、そんなことをしたら、それこそ、永久に泥試合が続くことになる。 結局、威張ってる人間には、見た目だけでもぺこぺこして、立ててやってればいいんです。日本人は、そういうの得意でしょ。暴論ですかね。 次に、責任感覚ですけど、「日本は悪いことしたんだから、謝罪せよ」という人たちは、「謝罪」とはどういうことなのか判ってるのかな、と思います。 よく引き合いに出されるのが交通事故です。欧米で交通事故に遭ったら、絶対に「すみません」と言うな、と言われます。もし、すみません(ソーリー)と言おうものなら、罪を認めたことになる。もはや誰も許さない。 日本では、「すみません」と言えば、反省していると受け取ってもらえるし、情状酌量してもらえます。場合によっては、その場で無罪放免にしてもらえさえする。 中国人が、「謝罪」に対して、欧米人と日本人のどっちの感覚を持っているかと問われれば、当然、欧米人の感覚です。というより、欧米人の感覚のほうが世界標準です。 日本人が、「謝ってるんだから、許してよ」と言ったって、通用しません。「謝るということは、罪を認めたんだから、責任をとれ」と言われます。では、日本人は、責任をとってきたのか。責任をとるとはどういうことなのか。欧米的な感覚で言えば、当然、裁判し、量刑し、刑に服すと言うことです。 (逆にいえば、責任を取れない以上、「ソーリー」とは絶対に言わない、と言う論理も成り立ちます。欧米諸国が、戦争に関して、絶対に「ソーリー」と言わないのは、そのせいです) では、南京事件に関して、「ごめんなさい」と言っている人たちは、これから、刑に服すのですか。 日本人がやるべきことは、事件の当事者を捕まえ、何人殺したかを調べあげ、犯人を刑に服させることです。そのために、中国当局と協力して、きっちり、調査し、犯罪として扱わなければなりません。それができないのなら、できない理由を中国側に説明し、納得してもらうことです。 もし、日本側が、事件そのものがなかったと言うのなら、中国側は、事件があったと主張する根拠を合理的に示さなければなりません。 互いに、それだけの努力をしてきたのか。「ごめんなさい。許して」では、話になりません。これでは、いつまでたっても、中傷合戦のままです。 |
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本当の真実は 発言番号:20 名前:タキシード仮面 27歳 2004年06月12日15時31分 ルーマニアのチャウシェスク崩壊や旧東独の併合消滅の様な事になららい限り 人民解放軍や内務省の秘密文書は出てこないでしょう。 大体本当に日本が30万も殺したのなら、戦後の46年に周辺人口も合わせて 36万以上の人口があったのは何? 実際は日本軍でなく敗残の国民党軍の敗残兵が南京城内に乱入して略奪暴行 の限りを尽くした後に日本軍が突入して戦闘になったんでしょ。 しかも、国府軍は兵士が軍服を脱いで一般人の服装でゲリラ攻撃を仕掛けて 来たから日本軍はそれらの「便衣隊」を国際法で禁じられているゲリラとして 攻撃した。そうしたら欧米のマスコミがロクに取材もせず日本軍の民間人虐殺 と報道されました。 ちなみに、南京の欧米マスコミは最初から反日感情が強い事で有名でした。 |
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タキシードさんへ^^ 発言番号:21 名前:KR 44歳 2004年06月12日15時40分 ここにもケンタロウさんの発言がありますが・・・無意味な発言ですよ。 彼の発言を読んでいても「だから?・・・反論をするにはあまりにも価値観だけで発言していて、説得力や根拠が皆無」と言わざる終えない内容ですからね。「便衣兵」その意味やそういう国際法無視のいい加減な戦闘行為を中国共産党が行ってたことすらもご存じないと思いますよ?・・ケンタロウさんは。 |
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今頃ですが^^; 発言番号:22 名前:鐘軌 47歳 2005年02月18日11時50分 前にも書いた事があるとは思いますが、小生、度々仕事で中国にいきます。時間があれば資料館なども見てきます。 まず驚くのがでっち上げ資料の展示の多さですな。 そのでっち上げが暴露されてもなお展示し続ける。 これは日本の朝日新聞と似てます。 もうかれこれ20年くらい前でしたか、朝日新聞の夕刊に搭載された (南京虐殺)の写真入りの記事を思い出します。たしか写真には生首が写っており、それと同時に南京大虐殺を証明する日記が見つかったと 一面にでかでかと書いてあったのを覚えております。 ホテルのロービーでその記事を読んだときは大変なショックでしたよ。 だがその後、日記の持ち主(兵士)が存在しないことが明らかになった。日記そのものがニセ物だったのです。 また写真も南京のそれとはまったく別物だと分かった。 次々とでっち上げ記事を暴露していった結果、ニセ写真報道のお詫びをしましたね。 (大謝罪)ですな、朝日にとっては。それも1年と5ケ月後でしたが^^; その間、朝日は自社の正当性を訴えていた。(><) まだありますね。中国では1戦車兵士。朝日では名前入りで堂々と記事に載せた人物。(陸軍戦車隊 整備兵)「中山重夫」氏の証言。 南京虐殺と同じころの記事ですが、この中山氏が、南京校外(雨花台) にて白旗を揚げてくる中国人を次々と銃剣で突き殺したと言うものだった。なんと4時間に渡り目撃していたそうな^^; その後の調べで、中山氏の所属する部隊は(岩仲戦車隊)は、雨花台には突入していないことが確認された。また彼は整備兵であり、最前線にはいっていないのある。 そして日本国内で150回以上も講演しています。今は生きているやら死んだのやら分からんがね。あはは。 |
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つまり、 発言番号:23 名前:タキシード仮面 27歳 2005年02月18日22時47分 朝日や左翼カブレの連中の言う事を信用する方が間違っているんですよ。 彼等は日本の為ではなく、社会主義圏の為に存在してるんですから。 では又会いましょう、さらばです。 |
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意見します 発言番号:24 名前:絶対☆成功!〜 32歳 2005年09月05日00時20分 そうです!奴らは偽善の固まりだと思います |
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意見します 発言番号:25 名前:絶対☆成功!〜 32歳 2005年09月09日00時07分 新ゴーマニズム宣言第5巻(小林よしのり)を是非読みましょう☆ |
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. 発言番号:26 名前:修二 21歳 2005年12月05日22時22分 肯定派ではないのですが、意見します。 3千の日本兵が30万の民間人を殺すのは無茶でしょう。 つまり南京大虐殺はなかった。中国人が怒っているのは、その事実が原因ではなく、その事実を知らない日本人が原因であるのです。 いまの若者に南京大虐殺と言っても何のことか分からないでしょう。 この問題については争うこともないかと。 |
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南京大虐殺はありました。 発言番号:27 名前:核心 60歳 2006年03月25日14時03分 私は史上最強の肯定派です。 なんせ栗原利一と本多勝一を結びつけてしまった栗原利一の息子なのですから。 うちは電話帳にも載ってるけど誰も取材に来ないよ。 http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/butaibetu/yamada/kurihara.html うちの親父(栗原利一)が言っているのは国民党軍の捕虜(女も子供もいる)が銃弾が尽きて投降してきたので大量に虐殺した(7万人)という話。 否定派からはつい最近まで文句を言ってきていたけど肯定派は何にも言ってこないねえ。 親父が本多勝一氏に話したときの資料が暫く前に見つかったのでマイクロフィルムに撮り、DVDにして公開する予定です。 |
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投降してきた者を虐殺したと言うけど、 発言番号:28 名前:タキシード仮面 28歳 2006年03月25日15時07分 当時の現地の実情は国府軍が投降を装って日本軍を油断させて攻撃して来たり、無力そうな女子供に爆弾を持たせて日本軍に近寄らせて爆弾を投擲させたりして国際法違反の違法ゲリラ攻撃をしてたけどそれは無視かな? 日本軍も国際法は知ってるから最初から民間人攻撃なんてしませんよ。しかし、先方が自分から国際法を破って民間人や投降兵、民間人を装った便衣兵に 攻撃させてタダで済むと本気で思ってるのかね?国際法で民間人のゲリラ攻撃を禁じてるのは敵軍による民間人の大量虐殺を招くからだよ。 それを自ら破って日本軍による民間人攻撃の事態を招いたとしたら、それは中国の選択による自己責任以外の何物でも無いよ。君は中国からゲリラ攻撃された日本軍が報復攻撃した場面だけのフィルムを見付けて虐殺はあったと喜んでるのかね?底の浅い、哀れなお方だね。 さらばだ! |
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少なくとこ栗原証言を通読してください 発言番号:29 名前:核心 60歳 2006年03月25日16時40分 >当時の現地の実情は国府軍が投降を装って日本軍を油断させて攻撃して来たり、無力そうな女子供に爆弾を持たせて日本軍に近寄らせて爆弾を投擲させたりして国際法違反の違法ゲリラ攻撃をしてたけどそれは無視かな? 日本軍も国際法は知ってるから最初から民間人攻撃なんてしませんよ。しかし、先方が自分から国際法を破って民間人や投降兵、民間人を装った便衣兵に 攻撃させてタダで済むと本気で思ってるのかね?国際法で民間人のゲリラ攻撃を禁じてるのは敵軍による民間人の大量虐殺を招くからだよ。 それを自ら破って日本軍による民間人攻撃の事態を招いたとしたら、それは中国の選択による自己責任以外の何物でも無いよ。 貴兄は栗原証言を全く読んでいないようですね。 まず国民党軍は銃弾の補充が出来なかったために大量の無抵抗の捕虜を生み出したのです。 銃器はあっても銃弾が無ければ攻撃はできないでしょう。 >君は中国からゲリラ攻撃された日本軍が報復攻撃した場面だけのフィルムを見付けて虐殺はあったと喜んでるのかね?底の浅い、哀れなお方だね。 私の父の満州事変から支那事変、南京大虐殺の当事者としての膨大な自筆の記録です。 |
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少なくとも栗原証言を通読してください 発言番号:30 名前:核心 60歳 2006年03月25日16時42分 すみません、タイトルを間違えました。 |
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↑の方は「思考錯誤掲示板で拝見・拝読しました。 発言番号:31 名前:KR 45歳 2006年03月25日18時29分 さて・・栗原証言そのものの真偽は如何ほどなのでしょうね。毎日新聞およびあの「本多氏」のみに証言している。何故なんでしょうか? ましてやあの「100人斬り」を今でも真実と主張しているサイトもあるようで・・・。まっ・・貴殿のお考えを今後、拝読させていただきます。 |
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否定派、矮小派の干渉が理由です。 発言番号:32 名前:核心 60歳 2006年03月25日20時41分 どうもありがとう。当事者の息子なのでこのような質問にあえるとうれしいです。 >毎日新聞およびあの「本多氏」のみに証言している。何故なんでしょうか? ほかの掲示板でも書いてますがうちの親父は超保守です。 ただし自分で行ったことなので当然、肯定派です。 資料も他人に読まれることを前提として書かれています。 毎日新聞と本多氏への証言の経緯は以下の通りです。 父は昭和51年に長兄が亡くなったこと、昭和57年ころに日中友好剣道交流会(?)で中国を訪問し、そのさい南京の現場を訪れ花を手向けたことなどから昭和59年ころは精神的に少し落ち着いていました。 昭和59年8月7日(火)の朝刊に掲載される暫く前から毎日新聞の記者の方が何回か家に来られてます。 そして父と資料を見ながら証言をまとめてられたようです。 私は栗原証言のコメントに書いてある、或る事情から父の証言には賛成していました。 毎日新聞への掲載の当日の午前10時ころ本多氏から父に電話がありました。 父は本多氏がどのような人物かは一切知りませんでした。 私は「本多勝一と言う人から電話があって今日の午後に話を聞きたいって言うんだけど」と言ったような話でした。 私はあの本多勝一か(左翼の超大物ジャーナリスト)とすぐ分かりましたが父には「歴史的な事実なので正確に話しておいたほうがよい」とだけ淡々と伝えました。 そして父は自分の行ってきたことや思いを出来るだけ正確に本多氏に伝えたのです。 毎日新聞に掲載された記事を次兄や弟が読んで夕方には二人とも家に立ち寄りました。 三人とも会社勤めだったのですが私以外は職場で話題になったりして少し困った様子でした。 翌日以降はまず戦友やいろいろの方から証言を撤回するように求められました。 また脅迫電話や脅迫手紙も多数届けられました。 今でもその類の電話はあります。 否定派や矮小派の方は殆どが電話連絡だったと思います。 肯定派で来られた方もいらっしゃいます。 自衛隊関係の方も来られました。 以上の事情から任意で話したのは毎日新聞の記者の方と本多氏だけなのです。 父はもともと超保守なので戦友まで使って証言の撤回を求められたのと否定派、矮小派のすさまじい干渉が原因でそれ以降は証言することはありませんでした。 |
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ケアレスミス 発言番号:33 名前:核心 60歳 2006年03月25日21時04分 私は「本多勝一と言う人から →父は「本多勝一と言う人から |
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問題は虐殺と戦闘の結果の犠牲者は違う訳で、 発言番号:34 名前:タキシード仮面 28歳 2006年03月26日00時23分 お父さんが言わんとしたいのは「最初から日本軍が南京市民を皆殺しにする意図で虐殺したのか?」、「軍服を脱いで市民に偽装して攻撃して来た便衣兵を攻撃した事を指す」のかどちらですか? お父さんの当時の階級は知りませんが、仮に下級兵士なら目先の戦闘の事しか目に入らない訳で南京攻略戦と言う全般的観点から言っておられるのか、 自分の個人的経験・見聞の範囲のみの証言なのか?と言う事は重要な論理的分岐点です。 仮にあなたの父上が所属していた部隊が軍服を脱いだ便衣兵に攻撃されて上層部は便衣兵によるゲリラ攻撃と状況を把握していても最前線のお父上達にそこまで説明せずただ、「攻撃しろ、」と言う命令に従って便衣兵を攻撃した場合 、これは「虐殺」ですか? あなたのお父上は、自分の見聞を語った範囲では「嘘」は付いてない。現に攻撃しろと言われて攻撃したのだろうし。問題はあなたの父上の知ってる事実のみが南京戦の「全て」だったのか?と言う問題です。 そうでないならば、局部的見聞しか無いならば日本軍が全体的に南京市民を「虐殺」した等と全てを俯瞰した様な手記は書くべきではなかったのでは? それに7万の死者と言えば当時の南京人口の三分の一ですよ?その死体がどこにやったんですか?川に捨てましたか?川が埋まりますよ。地面に埋葬したのなら戦後共産党が得意になって数え立てますよ。死体が7万以上もどこにやったんですか?それに戦後の48年に36万に人口が増えてるのはどう言う訳ですか? どうもあなたの父上の証言は局部的・限定的戦場の一場面だけを取り出しての 証言に思えるのですが。仮に私があなたの父上を殺そうとして逆に殺されたら 虐殺と言えますか?要はそう言う事では? |
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栗原利一氏は軍曹?それとも伍長・第65連隊第1大隊所属 発言番号:35 名前:KR 45歳 2006年03月26日02時22分 どちらが正解なんでしょうか? 核心さんの発言を読んでいてちょっと疑問があります。 ●「国民党軍の捕虜(女も子供もいる)が銃弾が尽きて投降してきたので」 銃弾が尽きたと・・お父様から聞かれている・・・しかし・・そのお父様の スケッチ(後日思い出されているようですが) ●「右に集めた敵の武装解除した兵器弾薬の山」 「これは13,500余名の武器弾薬の山である。」 と同じスケッチ内で2度も書かれています。また色んなサイトでお父様のお話も拝読させていただきましたが・・?と思うというか矛盾もあります。 まっ・・お父様の話の真偽の程は別にして、小生もある程度の虐殺はあったとは思います。ただしそれが30万は捏造であり戦後の中国共産党主導にる国策プロパガンダである事は、戦後の中国の南京に対する主張を遡れば理解できます。また最近日本研究に携わる学者がが下記のような発言をしておりました。 「南京に関する資料はこれからたくさん出てきます」・・・云々。これから 第1時資料がたくさん出てくるのか?・・それともハリウッド映画で「南京虐殺」が作られ公開されることに乗じて、再度プロパガンダを展開し内政干渉にも等しい「靖国参拝」とセットして日本の国際的イメージ、特に東南アジアにおける日本の国際的・外交的立場を失墜させるのを今後の対日政策とするんじゃないですか?また、何故これから資料が?出てくるんでしょうね。 正直言えば戦争における「虐殺」は極当たり前の現象でしょ。大なり小なり それは古今東西行われてきた事実。その事を中国側に言うと、今度は数字じゃない中国で「虐殺」が行われた事が問題だ・・と論点を摩り替える。 まっ当の中国自体・・その昔から現在のウイグル新疆で・・未だに弾圧虐殺を行ってるわけですし・・・。 南京だけを取り上げて「30万だ・・40万だと」中国側の正義を押し付けれれても「?」ではありますね。 故に日本側で早く真実を性格に把握する事がもっとも「南京」の真実に近づけるのではと思います。ただし、左翼の中国新派のような何が何でも日本が悪いというお馬鹿な輩の存在は逆に真実を捻じ曲げ・捏造の恐れが大いにあるという事は事実ですが^^ |
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因みに・・誤字脱字は・・ご推測願います^^ 発言番号:36 名前:KR 45歳 2006年03月26日02時25分 よろしくね^^ |
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少しは読んでいただけたようですね。 発言番号:37 名前:核心 60歳 2006年03月26日05時25分 少しは読んでいただけたようですね。 でもまだ読み足りないようです。 もう一度くらいはチャント読んでください。 私は左翼ではありません。 右翼でもありません。 父の行為を非難しているものでもありません。 南京大虐殺と言うのは一言で言えば世界史的な事件なのだと両親にも言っています。 概略的に言えば日本軍がその当時、国民党軍をこっぴどくやっつけたから共産党軍がのちに勝利を収め中国は統一できたのです。 (その意味ではなぜ日本人がこの話を嫌うのか分からないところなのですが。) 私は30万人説を指示するものではありませんが父の話の核は「銃弾が尽きて投降してきた無抵抗の捕虜(女性も子供を含む)を数珠繋なぎにして7万人虐殺した」というところです。 父の経験としての幕府山の捕虜虐殺も含まれているわけですが。 まずこの話は昭和59年(1984年)になって初めて世に出た話しです。 終戦直後や米国の占領下では誰もその当時のことについて言い出すものなんていません。 私の父の話によると当時の軍隊で父は記録係に近いようなもので父の記録を元に上官や将校は作業日誌(?)をまとめていたという話です。 つまり下のほうが実戦で経験したことを記録し、上層部がそれをまとめたといったようなことです。 あとはとりあえず貴兄がもう一度栗原証言を読んでからお答えします。 |
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謝罪歴史観 発言番号:38 名前:核心 60歳 2006年03月26日05時42分 私は左翼の謝罪歴史観とは意見を異にします。 事実も確定しない前から「謝れ、謝れ」って馬鹿じゃない。 私は「南京大虐殺を誤れ」とか「原爆を謝れ」とか言った左翼の馬鹿げたナイーブな歴史観をとる者ではありません。 |
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南京虐殺は あったのですから 発言番号:39 名前:通りすがり 45歳 2006年03月26日06時35分 南京大虐殺が捏造でも 南京虐殺はあったと言うのが 今日の事実として 言える事ではないでしょうか、、 南京大虐殺否定派は虐殺された人々の数に執着し否定し 虐殺があつても 事実を歪曲し中国のプロパガンダとして 日本軍の蛮行迄 しかたがなかったと摩り替える。 核心さんの祖父は事実を目撃した方であり 父の意思を次いで 真実を述べていると思います。 このような非道は許されるべきでは ありません 戦争は人を狂気に変えるものですが 目にあまる行為ですね。 この問題は偏見が満ちている中 肯定派は中傷にさらされます、、 核心さんは心苦しい事でしようね、、 これを戦略的見地でなく ただのいち兵士の証言で信頼に 値しない と言う事は間違いです。 聞く耳を持たず 盲目的に過去の戦争を肯定する人々こそ問題です |
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私は肯定派の方には感謝しています。 発言番号:40 名前:核心 60歳 2006年03月26日08時01分 私は個人的には「謝れ歴史観」はとりませんが父の証言が残ったことや南京事件の研究が肯定的立場から進んだことには肯定派の人たちには深く感謝しています。 昨年秋にMBCの方が来られたときも「なぜ左翼にしゃべらせた?」みたいな質問があったのですが、その時は、本多さんからしか申し込みが無かったからだとお答えしてあります。 何度も言うようですが私でさえ父の証言の詳細はここ2〜3年で知ったことなのですから。 私は通りがかりさんの言うような心苦しいということはありません。 ただここは3回連続の投稿はできないようなので間に質問があるほうが書き込みはしやすいようです。 死体の処理なんて父の証言の初歩の初歩の話です。 「やなぎの枝でひきじって(東北なまりなもんですから)」揚子江に全ての死体を流し込んだのですよ。 それが中国で万人抗になっているのでしょう(憶測)。 |
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肯定派、否定派はその機会を自ら放棄したのです。 発言番号:41 名前:核心 60歳 2006年03月26日14時14分 >日本側で早く真実を性格に把握する事がもっとも「南京」の真実に近づけるのではと思います。 その通りです。 ですから私も父の資料をマイクロフィルム化したりDVD化することを予定しているのです。 でも既に日本側ではその機会は残念ながら失われています。 私のような状況の個人が出てくることはまれだと思います。 私の父の資料がいかに奇跡的に現存しているかを考えれば明らかなことです。 |
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畠中秀夫氏の捏造記事と防衛庁 発言番号:42 名前:核心 60歳 2006年07月01日15時18分 畠中秀夫氏が親父(栗原利一)の証言を真逆に曲げた捏造記事のオリジナル原稿のコピーが見つかったので気が乗らないけど捏造部分を指摘しておきました。 この捏造の面白さは共謀共同正犯として防衛庁も絡んでいる点ですね。 http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2658;id=sikousakugo#atop |
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栗原利弘の人生 発言番号:43 名前:核心 60歳 2006年07月03日00時31分 栗原利弘の人生は悲惨だった。 昭和12年の7月に生まれ、親父は9月には出征し、帰って来たのは昭和15年。 傷痍軍人の姿だったので親父には全くなつかず。 疎開先の福島で育てられたため戦争の悲惨なことを知らず。 学生時代にプレスリーやジェームスディーンを知り、夢中になり、ちょっとした経緯から恋人との仲をさかれ親父に精神病院に強制入院させられ、そのうち本当の精神分裂病になり。 うん悪くお袋の父親も既に死んでしまっていて、親父の弟もレイテ戦でなくなり、親父の長兄に対する虐待を止めることのできる人が誰もいなくて。 なんの希望もなく、恋人に捨てられ(結婚した恋人の家の近くまでは発病後も行ったことがあるみたいだった)少しばかしの小遣いをお袋からもらい、近くをウロウロ歩いて、時々警察につかまり保護されていた。 最後に精神病院で窓枠に紐をかけ、首をつって死んでしまった。 桐朋高校卒業、中央大学法学部法律学科卒業の栗原利弘のお話です。 |
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すると何ですか、自分が陸軍関係者の父に虐待されたから 発言番号:44 名前:タキシード仮面 28歳 2006年07月03日09時25分 その怨みで南京で三十万以上も日本軍に虐殺されたと言うデマを流して親父の残した資料を改竄したと言う訳ですか?その時点では精神異常者になっていた 者が改竄した資料に振り回されてたんですか?日本は。 さらばです、又会いましょう |
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久しぶりですが・・・ 発言番号:45 名前:KR 46歳 2006年07月03日22時09分 ?・読んでいていまいち・・意味が解らなくなりました。私個人としては前回も述べたように「虐殺」は多少なりともあった。しかし「30万」という数字は虚構に過ぎない。一番重要なのは「虐殺」という行為の内容と実際の数字と思いますね。例えば・・・大勢の便衣兵を処刑している光景は、中国人から見れば無抵抗な市民虐殺に見えてしまう。しかしそれは表面上虐殺と映る光景でも、実は戦闘行為もしくは捕虜の処刑と言うケースもあったと推測されます。(あくまでも客観的に考えて)現在、南京に関して中道的学説に拠れば5000〜10000人が虐殺・殺害されたと言われてます。仮にこの数字に上記のような表面的な虐殺どれだけあるのか?・・今後の事実資料に期待しましょう。 |
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要は水増し 発言番号:46 名前:Aim 32歳 2006年07月04日01時05分 「中華民国政府軍」でなく「中華民国人民(開放)軍」での戦闘という事で、処刑含め軍人戦死者数も武装市民死者数として計上されていると思われます。 多分ドサクサに中国軍による南京市民虐殺分と、南京の自然死市民分も追加されてるのではないかと; (それでも全部合わせて30万いくかな?) 日本軍側も全くやってない訳ではないでしょうけれど、それとて蓋を開ければ朝鮮系だのの犯行が多いですから。それも日本人に責任転嫁されてますし… 問題は、連中が承知で日本に恫喝やってる事でしょうね。 おそらく、少なくとも中国の現体制が倒れるまで日本の名誉は虚偽に傷つけられ続けるかと。 最悪、倒した側が暴き出さない限り晴れないかもしれん…(泣 |
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親父はまだ生きてるよ! 発言番号:47 名前:核心 60歳 2006年07月05日20時29分 標題を「肯定派、否定派」としたのは「矮小派、否定派」の誤りです。 長い間修正できなかったあ! この件に関しては不愉快なことが一つ起きてます。 私は父の満州事変従軍記念アルバム、支那事変従軍記念アルバムとスケッチ帳の3部をグーグルのスポンサー・サイトにもなっている会社にCD化を依頼しました。 資料を持ち込んで依頼したのが2月上旬です。 仕上がって資料が返却されたのが5月下旬です。 6月に入って気が付いたのですが支那事変従軍記念アルバムから部隊編成写真(両角連隊長、平林少尉、栗原伍長が1枚に納まった写真など)数枚とスケッチ帳に添付してあった当時の南京の彩色地図が無くなっているのです。 警察には被害届を出してありますが業者側で故意に抜き取られているのです。 業界関係の友人に聞いたところ公安の仕業だということです。 まったく下らない国に成り果てたものです。 |
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私は栗原利弘の事を言った積りなのだが・・・ 発言番号:48 名前:タキシード仮面 28歳 2006年07月05日21時13分 しかし何で公安が資料隠匿等する必要があるのだ?それに栗原に協力したのが防衛庁?南京で30万もの民間人虐殺等していない!と言う事を立証する為に防衛庁が協力するなら分りますが、当時の日本軍の装備・兵力で30万もの大量虐殺が短期間で可能か?等少しでも軍事を知る者には噴飯物ですよ。 例えば昭和20年3月のB−29による東京大空襲の被害は人口一千万で30万人、人口の3%程度ですよ。広島型ウラン爆弾や長崎型プルトニウム爆弾でも一発で30万程度。戦前のあの時点の原爆も戦略爆撃機も無い日本軍が如何なる軍事的手段を以って短期間に30万も殺せたんですか? どうも南京「大虐殺」肯定派の方々の発言には軍事合理性が感じられないのだが。仮に(虐殺)があったとするなら「虐殺の定義」とは何だ?戦争による 被害で敵国民が死ねばみんな「虐殺」か? 仮に日本軍が虐殺した(らしい)実数が500〜5000の間だとすれば、 国民党軍が略奪・虐殺したのは何人で、 共産軍が日本軍に見せ掛けて虐殺したのは何人で、 朝鮮人が虐殺したのは何人で、 南京市民同士が虐殺し合ったのは何人なのだ? 日本は30万人殺したと言い掛かりを付けたければそこまで厳密な資料データを示すべきだろう。父親が軍の記録係りだったんでしょ?死ねばみんな日本軍の性だ!では厳密な資料としては歴史的客観性を欠きますよ。 軍の記録係だった!と威張りたいならそこまで厳密な加害者別の虐殺記録があって然るべきでしょう。要するに死んだと言う結果の数しか数えてなくて 南京市民が殺害された厳密な理由までは調べて居なかったと言うのが当時の急迫した南京攻略戦の実情からして真相に近いのでは? まぁ、何が何でも日本が南京で30万虐殺したと思い込みたい「大虐殺病」の方々には何を言ってもムダだが。 ではさらばだ、又会おう! |
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あのポーランドでさえ、 発言番号:49 名前:タキシード仮面 28歳 2006年07月06日12時43分 カチンの森虐殺事件をソ連の性ではなくナチスドイツの性だ!とは言い掛かり を付けてないのに。 さらばです、又会いましょう |
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この人たちがこのように殺されたのです。 発言番号:50 名前:核心 61歳 2006年07月25日20時50分 この人たちが http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2863;id=sikousakugo#2873 このように殺されたのです。 一斉射撃の命令が出たのはそれからまもないときだった。 半円形にかこんだ重機関銃・軽機関銃・小銃の列が、川岸の捕虜の大集団に対して一挙に集中銃火をあびせる。一斉射撃の轟音と、集団からわきおこる断末魔の叫びとで、長江の川岸は叫喚地獄・阿鼻地獄であった。田中(栗原)さん自身は小銃を撃ちつづけたが、いまなお忘れえない光景は、逃げ場を失った大群衆が最後のあがきを天に求めたためにできた巨大な人柱≠ナある。なぜあんな人柱ができたのか正確な理由はわからないが、おそらく水平撃ちの銃弾が三方から乱射されるのを、地下にはむろんかくれることができず、次々と倒れる人体を足場に、うしろ手にしばられていながらも必死で駆け上り、少しでも弾のこない高い所へと避けようとしたのではないか、と田中(栗原)さんは想像する。そんな人柱″が、ドドーツと立っては以朋れるのを三回くらいくりかえしたという。一斉射撃は一時間ほどつづいた。少なくとも立っている者は一人もいなくなった。 |
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