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さて・・。 発言番号:51 名前:KR 43歳 2004年05月25日18時51分 視点を変える?・・・アジアの立場で・・ですか? どうしてそうなるんですか?まっどうでも良いですけどね。 まず、歴史の真実を現代人の価値観で判断することは、本質を見逃す、もしくはその価値観だけでの歴史認識となる事をご理解いただくように。 そもそも、侵略戦争という考え方は戦後、それも1970年代末から盛んに言われるようになりました。特に1982年の教科書問題(それも誤報からですね。それ以前は中国・韓国・その他の東南アジア諸国から、そのような指摘はあまり存在していませんでした(多少はあったようですが)。特に現在のような論調ではありませんでした。 ケンタロウさん発言44ご指摘のアジアの民族からの視点ですね。そういう考え方は出来るでしょう。 しかし、当時はそれらの国は植民地であり、アメリカ・イギリス・オランダなどの保護下にあり、国ではありません。日本はアメリカ・イギリス・オランダなどと開戦したと言う事は、おのずから植民地にも侵攻すると言うのは当たり前です。 仮に「植民地だからと言って、侵攻し圧政をひくのはけしからん」とお考えであれば、それは詭弁となります。では、彼らが植民地になる前に独立すればよかったのじゃないですか? ケンタロウさんも発言35で述べてられますね「民衆が望んだ」植民地となったのはアメリカなどの国々の覇権政策ですが・・結局はその地の民衆が望んだことになるんじゃないですか? 確かに現在の価値観で「帝国主義」は悪であることは異論はありませんが、当時は帝国主義は世界の常識的国家政策でした。その時代背景を考えず、現代の価値観で判断するのは、当時の状況を正確に把握する作業にはマイナス要因でしかありません。また、真実の大小のバランスをを考え、都合の良い真実だけを強調して、当時を判断しても真実の全体像は見えてきません。 ケンタロウさんは現代の価値観と弱者の立場であの戦争を考えておられるのでしょう。それはそれで良いのですけど・・・ただそれは一方通行的な歴史認識であの戦争を総括しても、本質は見えてきません。また、戦争の被害者は仕方ないことです。 例えば、発言44のベトナムの200万人餓死ですが・・真実は下記の無いようです。200万と言う数字は 1.1944年秋の台風や洪水のため、北部ベトナムの米が不作となったことです。不幸なことに北部より米作が豊かな南部からの輸送路が、米軍により完全に破壊されてしまったのです。インドシナ政府は打つ手がありませんでした。 2.上記が大きなファクターとなり、その後1945年に旧日本軍の敗戦と撤収が決まった後から、200万人に於ける貧困餓死。その内容は殆ど粛正或いは虐殺されました。 この様な歴史観念の紹介が、 「 1945年に旧日本軍の敗戦と撤収が決まる前まで、200万人に於ける貧困餓死。その内容は殆ど粛正或いは虐殺。 」この様に、変わったのです。 ところで、フィリピン空爆の件はご理解いただけましたか? ここでは現代の価値観で発言されても議題が先に進みません。当時の状況と当時の価値観をベースに考えていかなければ、本筋は見えないと思います。 |
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そうかなあー 発言番号:52 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月25日21時01分 >戦争の被害者は仕方ないことです。 とは、また、冷酷なことをおっしゃる。そのわりには英霊を祀れと言うんですね。英霊は被害者ではなかったんですか。加害者だったって言いたいのかな。私は、被害者だと思うんだけど。 >植民地になる前に独立する。 とは一体どういう意味ですか。植民地にされたから、独立闘争が起きたんじゃないんですか。 国家というのは、太古の昔からあった訳ではない。人間が集団を作り、他の集団と闘争や融合を繰り返すうちに、最も強大な権力が一つのまとまった集団を作った結果が国家です。 しかし、国家は、地球上全体で一様に誕生した訳ではない。地域格差というのがあります。文明の進み具合も違う。ちなみに、人類史上初の民族国家はイギリスです。 権力機構が強大化し、機械文明の進んだ欧米列強が、機械で大量生産した安い製品の原料と販路を求めて、機械文明の進んでいなかったアジア、アフリカに襲いかかったのが帝国主義戦争です。 アジア、アフリカでは、国家意識なるものはほとんど無かった。植民地化され、虐げられているうちに同胞意識が生まれ、民族意識へと発展し、独立闘争につながっていくのです。 植民地になる前に独立するなんて、歴史認識ゼロと言わざるを得ません。 >当事は、帝国主義は世界の常識的国家政策でした。 「世界の」ではなく、「欧米の」です。他の地域にとっては、常識でもなんでもない。むしろ、とんでもない非常識でした。 また、同じ列強の国民の中にも、全く異なる意識を持った人達がいたことを知るべきです。イギリス人自身が、本国にいるイギリス人と、インドに来ているイギリス人と、同じ国の人とは思えないと嘆いていた、と言う話を何かで読んだことがあります。 イギリス国内では、19世紀にはすでに、植民地政策に反対する動きがありました。 現在の価値観で、過去を断罪するな、と言うのは、「新しい歴史教科書をつくる会」の連中の常套句なのですが、それでは、歴史から学ぶということはできません。同じ時代を生きた人達の中にも、違う価値観を持った人達がいるのですし、我々が歴史を学ぶ最大の理由は、同じ過ちを繰り返さないためです。 二度の大戦などを、「あの時代は、あれが正しかったんだ。仕方なかったんだ」で片付けたのでは、未来の戦争を防げない。 過去の戦争がなぜ起きたのか、どうして防げなかったのかを、まさに、現在の価値観を以って検証していかなければ、未来の戦争を防げないのです。 もう一回言います、「未来の戦争を防ぐため」に歴史を学ぶのです。 |
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上記に関して・・後ほどご返答いたしますが・・ 発言番号:53 名前:KR 38歳 2004年05月25日21時24分 あの〜・・下記の質問および確認のご返事がいただいておりませんが? ●ベトナムの餓死問題 ●フィリピン空爆 ●植民地支配関する疑問点(貴殿発言44引用部分) |
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日中戦争 発言番号:54 名前:五騎 30歳 2004年05月25日23時02分 日中戦争 出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 日中戦争(にっちゅうせんそう)とは、1937年(昭和12年)から1945年(昭和20年)の間に日本と中華民国の間で行われた戦争を指す。いわゆる十五年戦争の後半部分に当たるとされるが、戦争の時期的な捉え方には異論もある。 日本では戦中や戦後の一時期支那事変(しなじへん)ないし日華事変(にっかじへん)と呼ばれていたが、現在は日中戦争が広く定着している。 またこれに関連して、日本と中華民国は互いに宣戦を布告していないため、「戦争」ではなくあくまで「事変」であり、「戦争」と呼ぶのは誤りだという説がある。 「日中戦争」 昭和12(1937)年7月7日夜半、北京の南を流れる廬溝河に架かる橋 ── 廬溝橋を舞台に「日中戦争」(支那事変・日華事変)が勃発しました。当時、廬溝橋の近くで、現地に駐屯していた日本軍は夜間演習を行っていたのですが、不意に暗闇から銃撃を受けました。日本軍駐屯地の近くには、支那・国民党軍(蒋介石軍)も駐屯していたのですが、銃撃を受けた日本軍は、その銃撃が国民党軍によるものと思いこみ、遂に日本軍と国民党軍の武力衝突 ── いわゆる「廬溝橋事件」が起こったのです。そして、この事件を契機として、日本は広大な支那大陸を舞台に、昭和20(1945)年8月15日の終戦迄、「日中戦争」と呼ばれる終わる事の無い戦争の泥沼へと引きずり込まれていったのです。戦後半世紀を経た現在でも、支那が事ある毎に「日本軍国主義」の歴史的事実として引っ張り出す「日中戦争」。そして、その発端となった「廬溝橋事件」が、実は支那側によって仕掛けられたものだったと言ったら、皆さんはどう思われるでしょうか? と言う訳で、今回は、「日中戦争」の発端となった「廬溝橋事件」について書いてみたいと思います。 廬溝橋事件。結論から言えば、「日中戦争」の発端となったこの事件は、決して日本軍が仕掛けたものではありません。日本軍が最初に銃撃を受けた際 ── つまり演習をしていた際、日本軍は「丸腰」(演習の為、実弾を携行していなかった)だったのです。ですから、橋本群・陸軍中将(駐屯軍参謀長)も当時の状況を、「実弾を持たずに発砲された為、応戦出来ず、非常に危険な状況に置かれた」と証言しています。それは、そうでしょう。「丸腰」の所を銃撃 ── しかも、暗闇からの銃撃を受けたのですから、堪ったものではありませんでした。しかし、支那現政権は日本軍が先制攻撃したと言い、村山富市・元首相も当地を訪れた際、「廬溝橋で往事を反省してきた」等と寝惚(ねぼ)けた発言をしています。その様な事は到底あり得ないのです。考えても見て下さい。「丸腰」で演習していた日本軍が「銃撃を受けた」と称して、自ら好きこのんで「武装」しているであろう国民党軍と事を構えたでしょうか? これこそ「暴論」と言うものです。 それでは、廬溝橋で先に銃撃したのは、国民党軍だったのか? 実は事件当時、当の国民党軍も、日本軍同様、銃撃を受けているのです。廬溝橋で銃撃を受けた日本軍は国民党軍によるものと思い込みましたが、反対に、国民党軍は日本軍によって銃撃を受けたものと思い込んだ訳です。この事件が発端となって、日本軍と国民党軍は交戦状態に突入したのですが、双方共、腑に落ちない点があり、現地解決・事件不拡大方針で交渉、事件発生後5日目に、日支両軍は停戦協定を結んだのです。つまり、日本軍はこれ以上、事を荒立てたくは無い、と言った訳で、支那との全面戦争等、最初から欲してはいなかった訳です。しかし、それでは、日本軍・国民党軍双方に「銃撃」を加え、双方を戦わせる様にし向けたのは、一体「何者」だったのでしょうか? 7月8日、つまり、「廬溝橋事件」発生の翌日、支那共産党は「対日全面抗戦」を呼び掛けているのです。これは、どう見ても、お膳立てが良すぎます。まるで、「廬溝橋事件」が起きる事を知っていたかの様な手際の良さです。と言うよりも、間違いなく共産党は、事件が起きる事を知っていました。それは、何故か? 実は、「廬溝橋事件」は何を隠そう、共産党による「謀略」だったからです。つまり、共産党の工作員が夜陰に乗じて、廬溝橋付近に駐屯していた日本軍・国民党軍双方に発砲し、両軍が交戦する様にし向けたのです。その証拠に、共産党軍の兵士向けのパンフレットには、 「廬溝橋事件は我が優秀なる劉少奇同志(後の国家主席)の指示によって行われたものである」 とはっきりと記述されていました。又、昭和24(1949)年10月1日、「中華人民共和国」成立のその日、周恩来首相も、 「あの時(廬溝橋事件の際)、我々の軍隊(共産党軍)が、日本軍・国民党軍双方に、(夜陰に乗じて)発砲し、日華両軍の相互不信を煽って停戦協定を妨害し、我々(共産党)に今日の栄光をもたらしたのだ」 と発言しています。共産党自らが「自白」しているのですから、これ以上の証拠はありません。 「廬溝橋事件」は、共産党による「謀略」だった。当時、国民党に対して劣勢だった共産党は、「起死回生」を図る為、日本軍・国民党軍双方を戦わせて疲弊させ、「漁夫の利」(つまりは、支那全土の支配権)を得ようと考えたのです。結果的に狙いは的中し、日本はその後、8年間の長期にわたって、広大な支那大陸を舞台に「日中戦争」を戦わされる羽目になりました。更に、その後、共産党は国共内戦で国民党に勝利し、遂に支那全土の支配権を獲得、「中華人民共和国」を建国(1949年)したのです。その意味においては、「廬溝橋事件」とは、日本軍が共産党軍(支那)に「填(は)められた」訳で、「日中戦争」とは、日本が支那に「仕掛けられた」戦争だった訳です。 帝國電網省引用 |
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読んだかい? 発言番号:55 名前:五騎 30歳 2004年05月25日23時08分 >こうなると、ただの意固地だな。死ななきゃ治らん、と言うやつだ。 片腹痛い。 |
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さて・・。 発言番号:56 名前:KR 43歳 2004年05月25日23時15分 >>戦争の被害者は仕方ないことです。 とは、また、冷酷なことをおっしゃる。そのわりには英霊を祀れと言うんですね。英霊は被害者ではなかったんですか。加害者だったって言いたいのかな。私は、被害者だと思うんだけど。 冷酷?事実を述べてるだけですよ。 >>植民地になる前に独立する。 とは一体どういう意味ですか。植民地にされたから、独立闘争が起きたんじゃないんですか。 国家というのは、太古の昔からあった訳ではない。人間が集団を作り、他の集団と闘争や融合を繰り返すうちに、最も強大な権力が一つのまとまった集団を作った結果が国家です。しかし、国家は、地球上全体で一様に誕生した訳ではない。地域格差というのがあります。文明の進み具合も違う。ちなみに、人類史上初の民族国家はイギリスです。 権力機構が強大化し、機械文明の進んだ欧米列強が、機械で大量生産した安い製品の原料と販路を求めて、機械文明の進んでいなかったアジア、アフリカに襲いかかったのが帝国主義戦争です。 アジア、アフリカでは、国家意識なるものはほとんど無かった。植民地化され、虐げられているうちに同胞意識が生まれ、民族意識へと発展し、独立闘争につながっていくのです。 植民地になる前に独立するなんて、歴史認識ゼロと言わざるを得ません 私は可能性を単に発言したまでのことですよ?例えばフィリピンの歴史は 国としての歴史的記載は1512年のマジェランのセブ島到着に始まるまりますね。それ以前に民族的な文化が成熟していれば国になりえたでしょう。 しかし、このことで何が仰りたいのですか?貴殿の植民地に関する発言は確かにそうですね。だから?・・・と思います。 >>当事は、帝国主義は世界の常識的国家政策でした。 「世界の」ではなく、「欧米の」です。他の地域にとっては、常識でもなんでもない。むしろ、とんでもない非常識でした。 また、同じ列強の国民の中にも、全く異なる意識を持った人達がいたことを知るべきです。イギリス人自身が、本国にいるイギリス人と、インドに来ているイギリス人と、同じ国の人とは思えないと嘆いていた、と言う話を何かで読んだことがあります。 そうですね。欧米の帝国主義としましょう。他の地域は国家意識のない地域と国家が存在していたわけです。また「帝国主義」以前から植民地政策は存在していたわけです。宗教的にも国家的にも。その頃は欧米じゃなくスペイン・ポルトガル・イギリス・オランダなどの国です。それが何世紀も存続したと言う事実は、既成の常識としてその後国家政策の大きな要素として、レーニン帝国視議論に代表されるような形として当時は国家が迎え入れたわけですね。(欧米流の常識として)。しかし、国家意識のない民族でも弱肉強食文化を保持している民族や地域は数多く存在していたわけです。多少強引な言い方でしょうが当時は(それ以前から)帝国主義=弱肉強食と考えて常識的国家拡大政策と位置付ける方が自然な形と考えられますけど? また「イギリス国内では、19世紀にはすでに、植民地政策に反対する動きがありました。」・・それは一つの動きであり、一部です。 再度申し上げますが、その時代背景を考えず、現代の価値観で判断するのは、当時の状況を正確に把握する作業にはマイナス要因でしかありません。また、真実の大小のバランスをを考え、都合の良い真実だけを強調して、当時を判断しても真実の全体像は見えてきません。 ご理解いただけないなら仕方がありません。 最後に・・・ 戦後、良識人といわれる人々の中にはあの戦争を侵略と決め付け、戦争とそれにいたる過程の多種多様な局面から、事実を見極め教訓を学ぶことを拒否し、一方的に侵略と位置付ける事があたかも、正義と思い込んでいる方々がいらっしゃいます。それでは先の戦争の本質なぞ見えてきません。 |
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五騎くんへ 発言番号:57 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月25日23時27分 君はもともと前提を間違っている。 日本軍は、なぜ、中国にいたのだ? 中国の軍隊が、日本に来たか? この二つの疑問を解きたかったら、明治維新以後の歴史を勉強しなおすんだな。 ある国の軍隊が、勝手に他の国に入り込むことも侵略のうちだ。日中戦争が始まる以前に、日本は、すでに、大陸に侵入していたのだよ。 |
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KRさんへ 発言番号:58 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月25日23時37分 二人がかりはきついな。 要するに、あなたは、列強のやったことは、みんな正しい、とおっしゃりたいわけですね。 私は、間違っていたと思っている。少なくとも、犠牲者達の立場での歴史を語るべきだと思っている。 弱肉強食の時代から、そうでない時代に変わっていった、その変遷と、人間の意識の変化を知ることなくして、歴史を知ったことにはならない。 事実だからしょうがない、では、歴史を語っても意味がない。 よって、接点はない、と言うことになります。 議論は、これで終わりです。 |
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しっかり読んでください。 発言番号:59 名前:五騎 30歳 2004年05月25日23時38分 昭和12(1937)年7月7日の「廬溝橋事件」から、昭和20年8月15日の終戦迄、実に8年間の長期にわたって続いた「日中戦争」(支那事変・日華事変)。この「日中戦争」を、支那は日本軍国主義による「中国侵略」だと主張し、日本の歴代政権に対して、繰り返し「過去の戦争責任」の追求と、「正しい歴史認識」の強要をしてきました。しかし、前回のコラム(『81.仕掛けられた「日中戦争」 ── 廬溝橋事件の真実』)でも書いた通り、日本に事を構えさせる様、し向けたのは、現在、「中華人民共和国」として支那の政権を握っている支那共産党だったのです。つまり、日本側には最初から「中国侵略」等と言う野望は無かった訳です。その証拠に、「廬溝橋事件」発生後間もなくして、日本軍は、事件不拡大方針を表明し、事態の沈静・終息化を願っていました。早い話これは、日本側として、これ以上、国民党軍と事を構えたくは無い。支那との全面戦争等欲してはいない、と言う事だったのです。しかし、こう書いても、左翼・反日勢力は、「当時、日本軍が支那に「駐留」していたではないか? 「侵略」する気がなかったのなら、何故、駐留していたのか?」と言うでしょう。お説、ごもっとも。しかし、敢えて言います。日本軍の支那駐留と、「日中戦争」とには、何ら直接的関係がなかったと。と言う訳で、今回は、日本軍の支那駐留を軸に、「中国侵略」の虚構について書いてみたいと思います。 最初に書いておきたい事があります。それは、日本軍の支那進駐をもって、「中国侵略」の証拠とする事は出来ないと言う事です。当時、確かに日本軍は支那に駐留していました。しかし、「侵略」したのでは決してなかったのです。日本軍が支那に最初に進駐したのは、明治33(1900)年、「義和団事件」発生の時でした。1月22日、列国公使団が、清国政府に対して、暴徒・匪賊の集まりであった「義和団」の鎮圧を要求したのですが、この機会に、列強勢力を支那から駆逐したいと考えていた西太后ら保守派は、逆に「義和団」を支持したのです。4月22日、西太后の支援で「義和団」が、首都・北京に入城すると、北京の治安は急速に悪化し、社会は混乱に陥りました。更に、外国人(列強諸国の居留民)排斥を唱えて、列強公使館に「進軍」する状況に、5月31日、居留民保護と治安回復を目的に、英・仏・米・露・独・伊・墺(オーストリア)・日本からなる八ヶ国連合軍が北京に出兵したのです。つまり、八ヶ国連合軍の一員として、日本軍は進駐したのであり、そもそも「侵略」を意図したもの等では無かった訳です。その後、義和団を鎮圧し、北京に入城した日本軍は、軍規(軍隊の規律)に厳しく、上は司令官から下は一兵卒に至る迄、秩序が維持され、市民からの略奪等もせず、ひたすら治安の維持回復に努めた事から、北京市民からも非常に信頼され、「大日本順民」(「日本に順(したが)う市民」の義)と書かれた紙や布を振られて「歓迎」されたのです。又、事件後、北京駐在武官だった柴五郎・陸軍中佐(通称、「コロネル・シバ」)が、清国政府の要請で「軍事衙門長官」(列強駐留軍総司令官) ── 八ヶ国連合軍の最高司令官に就任、北京の治安維持に尽力していたのも事実です。もし、「侵略」を意図した進駐だったとしたら、北京市民が日本軍を「歓迎」したでしょうか? そして、清国政府が列強駐留軍総司令官に日本軍人を推挙・就任させたでしょうか? この事実は、日本軍の進駐が決して「侵略」を意図したものではなかった事を証明すると共に、当時の北京市民が日本軍を「歓迎」こそすれ、決して憎んではいなかった事をも意味しているのです。 しかし、これでも、左翼・反日勢力は、「そんな昔の事では無く、日中戦争勃発直前の日本軍駐留を問題にしているのだ!!」と言う事でしょう。それについても、残念ながら、彼らの主張は的外れと言わざるを得ません。確かに「日中戦争」開戦前夜、日本軍は支那各地に駐留していました。これは事実です。しかし、日本軍の駐留は主として、支那各地に設けられていた共同「租界」の中だったのです。 租界。支那の開港都市(オープン・シティ)で、外国人がその居留地区の行政・警察権を管理する組織及びその地域の事を言い、1845年、清国政府承認の下、イギリスが上海に設置したのを皮切りに、一時はその数が八ヵ国27ヵ所にも及びました。その数ある租界の中の日本管理地区 ── 「日本租界」に居留する日本人や日本企業の警護 ── 在留邦人保護を目的として、支那政府承認の下、必要最低限の軍隊を駐留させていた訳です。「必要最低限」と書いた通り、到底、全面戦争・「侵略戦争」を出来る程の戦力等、日本軍は駐留させてはいなかったのです。これは現在、日本政府によって、駐留を認められている在日米軍と何ら変わりがありません。つまり、租界への駐留も又、「侵略」を意図するものではなかった訳です。 ちなみに、日本が支那と戦った戦争を、よく「日中戦争」・「日中戦争」と言いますが、当時の日本は、一度たり共、「日中戦争」等とは言っていません。「日中戦争」と呼ばれる戦争は、正しくは「支那事変」あるいは「日華事変」と呼ばれ、「戦争」ではなく、あくまでも「事変」だったのです。では、「事変」とは一体何なのかと言うと、 「警察力では鎮定し得ない程度の擾乱(じょうらん:「乱れ騒ぐ事」の義)。国際間の宣戦布告なき戦争」 の事を言い、明確な宣戦布告や戦争方針が無いまま、ずるずると戦線を拡大せざるを得なかった当時の日本側の状況を、如実に現しているのです。更に言えば、当時の支那は、蒋介石の国民党政権(実際には、離合集散を繰り返していたが)と、毛沢東の共産党政権が支配権を争う事実上の「内戦状態」で、到底、統一国家としての体をなしてはいませんでした。つまり、国際的に「中華民国」として認知されていた支那は、蓋を開ければ、てんでバラバラに軍閥やら地方政権が乱立し、誰が「中華民国」を代表する主権者なのかも分からない様な状態だった訳です。その「中国」(統一国家を前提とした「中華民国」の略)と日本が、「事変」ではなく「戦争」をしていた・・・等とは、左翼・反日勢力の「歴史」に対する認識不足も甚だしいと言わざるを得ません。 帝國電網省引用 |
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終わり・・結構ですが・・・ 発言番号:60 名前:KR 43歳 2004年05月25日23時57分 ただ・・私の発言53の回答をいただけませんか?・・・・ 接点?・・私は初めから接点は求めてませんけど。彼方がどのような考えでいらっしゃるのかをお聞きしたかっただけです。 では・・・・ |
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読みました? 発言番号:61 名前:五騎 30歳 2004年05月26日00時11分 57 片腹痛。 |
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横入り失礼 発言番号:62 名前:拳 54歳 2004年05月26日00時37分 ここへは来るつもりは無かったのですが、どうしても目に入りますので。 毒舌の私としては、やっぱり君はダメ男だったと。 放っておけば良いようなものですが、五月の蠅状態は迷惑かなと思います。 演説と読み囓り(未消化)甘えを繰り返し、行き詰まると捨て台詞。 何とか議員と似てますかな・・。いや、もっとタチが悪いかも知れないですね。 58で2度目の表現になりますが、「二人がかりはきついな」とか。 甘えの構造も、いい加減にされるが良いでしょう。 公開された討論の場で、意見を述べればそれなりに反論も返ってくる物です。 その反論に反論・異論を書き、討論をしに来られているのでは? 多分貴方自身気付かない、貴方の甘えの構造が貴方の最大の弱点ですね。 貴方のような性格には虫酸が走ります。男になりましょうね。 貴方の年齢の半分にも達しない「もふ」君は、貴方より男ですよ。 では |
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このトピの主旨は、 発言番号:63 名前:タキシード仮面 27歳 2004年05月26日01時54分 太平洋戦争(大東亞戦争)は侵略戦争か否かと言う事なので、先入観や、特定のイデオロギー、個人的思い込みを排して、歴史的事実を元に歴史の闇に隠された真実を皆さんと共同で再び世に出そうと思い議論に参加しました。 世の中には「侵略戦争でなかったとして、どうしたいワケ?」とヒネクレタ考えの方もいますが、我々日本人が海外に出て行く場合好むと、好まざるとに関らず日本人=日本国と一体視されている現実を忘れてはなりません。 反国家、反体制派の日本人であっても外国の目からは「日本人は日本人だ!」 と言う目で見られています。「国家の立場で歴史を見ようとするから、東京裁判がどうの、侵略がどうの、と下らない事にこだわるのです。」と言う人も タマにですが極・少残存しています。しかし、世の中には電車の中で痴漢の罪をなすり付けられ、冤罪に苦しんでいる方も大勢おられるとききます。 しかし、その方達はご自分の冤罪を晴らす闘争を数年来、もしくは十数年来 続けています。なぜでしょうか?それは、自分自身の名誉、自分ばかりでは なく、この先の自分の子供達や遠い子孫達の名誉や、自分自身の家、家系の歴史にまで傷を残す事になるからです。 「人はパンのみにて生きるに非ず」と言う言葉の意味、「人は一代、名は末代 」と言う言葉の意味を知っている人は死んでも「感状論を馬鹿にしてはいけません、民衆は現実に即した感情で動く」等とは言いません。なぜならば、 人に感情があるのは当然ですがもし、人は感情のままに生きるのが良し、と 人間の三大本能(食欲、性欲、睡眠欲)だけで生活と言うより、「生存」 的な人生を送る事が果たして我々を含めた民衆の幸福でしょうか? 理性、知性を否定し感情論のままに動物的本能丸出しの人生を送る事が果たして幸せと言えるのかどうか・・・西洋は罪の文化、我々日本人は「恥じ」の 文化と言われています。生き恥を晒しても見苦しく悪あがきはせぬ民族です。 最近は極少数の例外も生まれてきている様ですが・・・ だからこそ、我々日本人は我々に不当に押し付けられた冤罪を、汚辱の歴史を 無罪、不当冤罪と証明して、立証して晴らさねばならないのです。 再び、明るい太陽の元我々日本人が胸を張って堂々と暮らせるような時代に するために我々日本人と日本国は全力を尽くすべきでしょう。 間違っても「勝手に自説を作ってせいぜい歴史検証とやらをなさるがよい、 重箱の隅をつついて(あれは侵略じゃなかった)と自己満足なさるがよい」等 と敗北主義的かつ、無責任主義の権化の様な恥ずべきセリフを吐く御仁は まぁ居ないでしょうが、いたとしても在日朝鮮人や、在日中国人に多い意見 です。彼等は日本人=敵・怨念の対象と見ています。 未来志向ではなく過去の怨念の世界にしか住めない彼等が私は哀れです。 そして、文中で少々?と首をかしげる個所が数箇所あったので指摘しておきます・1.「軍人支配が続いていたら少なくともとっとと日本を捨てるな」 これは軍人支配の国は生活が苦しいと言う前提のセリフかと思いますが 史実はどうでしょうか?軍人支配は別に日独伊の専売特許ではなく、連合国の米英仏ソ中も等しく軍人支配の伝統があります。少し古く言うと米のワシントン、グラント、F・ルーズベルト、アイゼンハワー、ケネディ、カーター、 レーガン、ブッシュ(父)英ではチャーチル、仏ではナポレオン、クレマンソー、ド・ゴール、ロシアではイワン雷帝、ピョートル大帝、スターリン、 フルシチョフ、ブレジネフ等です。 問題は世界大戦ともなれば参加各国は戦争に国力を集中せざるを得ないので 必然的に国民生活は苦しくなります。しかし、これは軍人支配だろうが、文民支配だろうが関係なく国民生活は苦しくなります。従って軍人支配だから 国民生活は苦しいと言うのは言いがかりのウソです 現代で言えばタイの軍政や過去の物になりましたが台湾や、韓国、ペルーや、 アルゼンチン等は軍政でも国民生活や国民所得は着実に向上した実績がありましたがこの事実はなんと弁解できるのですか? 2、「とにかく、日本軍人を叩きのめしてくれたんだから感謝してるよ。軍人がくたばったお蔭で日本はいい国になったよ」 これは戦前の八八艦隊に見られる軍拡の事を指していると思いますが元々、日本に軍拡を強いたのはアメリカです明冶40年(1907)ルーズベルト(セオドア)大統領は戦艦16隻を主体とする大艦隊、グランド・ホワイト・フリートを世界一周と称して日本に派遣しましたがこれは実は最初から日本恫喝を目的とした砲艦外交なのは誰でも分りました。残念ながら当時の連合艦隊のどの戦艦よりも武装も装甲も勝っていました。日本はかねてから日露戦後のアメリカの対日強硬化に対し不安を覚えオレンジ計画に対抗して「帝国国防方針」を策定していましたがこの事件が米海軍と同等の海軍戦力を!と言う声になり 8・8艦隊計画に繋がる訳です。しかも彼等は更にダニエルプランで戦艦10隻、巡洋戦艦10隻の軍拡計画を付き付けてきましたこれで「軍備に力を入れていたから戦前の日本は悪い国だと言える人は国際情勢知らず能天気な羨ましい人です。 最後に良くなった国とはどう言う国を指すのでしょう?恥じも外聞もなく、動物的生存ができれば良しとするのでしょうか?それこそ、「家畜の平和」、 「奴隷の平和」と言うべき物ではないでしょうか。 |
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五騎くんへA 発言番号:64 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月26日07時32分 ある歴史事実をそこだけ切り取ってみたって、何も見えてきません。 例えば、戦国時代がなぜ始まったかを、戦国時代だけを眺めたって、分かりはしません。 古代から連綿と続く、農業生産力の向上、商品経済の発達などにより、各地域の領主層が力をつけ、幕府の統制がきかなくなったことが、戦国時代を出現させました。 戦国時代は、そのずっと以前に、開始が準備されていたのです。 日中戦争も、廬溝橋でドンパチやったのが始まりだと思ったら大間違いです。 日本の大陸膨張の構想は、幕末の頃には、漠然とではあったが、すでにありました。攘夷の動きです。「日本にやってきた外国人を追い出せ」と言う意識は、「日本も海外に打って出なくては」と言う意識へと容易に変換されました。 坂本竜馬の視線が海外に向けられたとき、すでに、大陸進出は予定されていたのです。 日清、日露、日韓併合、日中戦争は、その延長です。 日中戦争と言う事実を、そこだけ切り取って、事実をづらづら並べてみたって、なぜ、日中戦争が起きたのかを理解することはできません。 |
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KRさんへのお答え 発言番号:65 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月26日08時07分 お答えの前に。 なんだか、私は、総攻撃を食ってるような気がしますな。 こんなこと言ったら、皆さん怒るんだろうけど、世間の少数派が、ここでカモを見つけて、うさ晴らしをしてるんじゃなかろうか。 そういえば、マスコミの中で、「つくる会」を支持してたのは、出版母体のフジ・サンケイグループだけで、他のマスコミは、格好の餌食とばかりに、総攻撃してましたもんね。 よほど、シャクに触ったんでしょうか。 「つくる会」の人たちも、少数意見を排除するのは民主主義に反する、などと言ってましたな。その民主主義がなぜ生まれたのかを知ろうと思ったら、現代の価値観で過去を振り返るしかないんですけど。 さて、KRさんへのお答えです。 まず、ベトナム餓死について 手元の本をよく読み返したら、確かに、餓死の直接の原因は、洪水でした。失礼しました。しかし、日本軍は、徴発した米を飢えたベトナム人に提供しなかった、という点では、日本軍の冷酷さがよく現れていると思います。 次に、フィリピン空爆ですが、軍関係施設を狙ったから、どうだと言いたいのですか。真珠湾でも、軍関係施設を空爆したんじゃなかったでしたっけ。先制奇襲攻撃は、最も汚い手口だと思います。 米国人が、なぜいつまでたっても「リメンバー・パールハーバー」と言い続けるのか。理由は主に二つあります。 @真珠湾奇襲が国際法違反だったこと。 奇襲攻撃直前、大本営の参謀が「国際法なんか知ったことか。国が潰れて何が国際法だ」と言ったといいます。戦時下だからこその国際法なのですが、国際法の成り立ちや存在意義についての認識が欠けていました。 Aこの奇襲のせいで、日本人はずるいというイメージが固定化したこと。 日本人はアメリカに対する関心が強いが、米国人は日本のことをほとんど知りません。どこにあるかも知らない人が多い。 知らない国や人が非常にインパクトの強い事件を引き起こすと、イメージや偏見が強烈に固定化してしまいます。 日本人は騙し討ちをする汚い奴だと思っている米国人はいまだ少なくない。だから、経済摩擦などで反日感情が高まると短絡的に「リメンバー・パールハーバー」になってしまいます。 日本人がどう言い訳しても、内弁慶でしかない。真珠湾奇襲は日本史上最悪の失態の一つでした。一旦失った信用は簡単には戻りません。 最後に、植民地は国ではないから、侵略には当たらない、という論法は、現地住民を完全に無視しています。 結局、KRさんのご意見は、列強側の支持に終始していると言う印象しか受けません。実に不公平は歴史観です。 |
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所詮 発言番号:66 名前:五騎 30歳 2004年05月26日12時59分 >なぜ、日中戦争が起きたのかを理解することはできません。 日本の戦国時代を語られても、関係ないし無意味。 一部でも事実。というか、読んだのかい? あなたの言っていることはただのヒネクレタ意見に過ぎない。負け惜しみ以外なにものでもない。 事実を目の当たりにしても、「じゃこう、じゃもっと前」と駄々を捏ねているよ。 子供だね。 >こうなると、ただの意固地だな。死ななきゃ治らん、と言うやつだ。 よって、貴殿にそのまま返す。 >日本軍は、なぜ、中国にいたのだ? 日本軍が支那に最初に進駐したのは、明治33(1900)年、「義和団事件」発生の時でした。1月22日、列国公使団が、清国政府に対して、暴徒・匪賊の集まりであった「義和団」の鎮圧を要求したのですが、この機会に、列強勢力を支那から駆逐したいと考えていた西太后ら保守派は、逆に「義和団」を支持したのです。4月22日、西太后の支援で「義和団」が、首都・北京に入城すると、北京の治安は急速に悪化し、社会は混乱に陥りました。更に、外国人(列強諸国の居留民)排斥を唱えて、列強公使館に「進軍」する状況に、5月31日、居留民保護と治安回復を目的に、英・仏・米・露・独・伊・墺(オーストリア)・日本からなる八ヶ国連合軍が北京に出兵したのです。つまり、八ヶ国連合軍の一員として、日本軍は進駐したのであり、そもそも「侵略」を意図したもの等では無かった訳です。 >中国の軍隊が、日本に来たか? 中国の軍隊?まだ中国と言う国はまだ無いようなもの。 > この二つの疑問を解きたかったら、明治維新以後の歴史を勉強しなおすんだな。 よって、貴殿にそのまま返す。 事実を目の当たりにしても、「じゃこう、じゃもっと前」と駄々を捏ねているよ。 子供だね。 それともまだなにか、だだをこねるのかい?左翼・反日勢力の「歴史」に対する認識不足も甚だしいと言わざるを得ませんな。 |
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所詮 発言番号:67 名前:五騎 30歳 2004年05月26日12時59分 >なぜ、日中戦争が起きたのかを理解することはできません。 日本の戦国時代を語られても、関係ないし無意味。 一部でも事実。というか、読んだのかい? あなたの言っていることはただのヒネクレタ意見に過ぎない。負け惜しみ以外なにものでもない。 事実を目の当たりにしても、「じゃこう、じゃもっと前」と駄々を捏ねているよ。 子供だね。 >こうなると、ただの意固地だな。死ななきゃ治らん、と言うやつだ。 よって、貴殿にそのまま返す。 >日本軍は、なぜ、中国にいたのだ? 日本軍が支那に最初に進駐したのは、明治33(1900)年、「義和団事件」発生の時でした。1月22日、列国公使団が、清国政府に対して、暴徒・匪賊の集まりであった「義和団」の鎮圧を要求したのですが、この機会に、列強勢力を支那から駆逐したいと考えていた西太后ら保守派は、逆に「義和団」を支持したのです。4月22日、西太后の支援で「義和団」が、首都・北京に入城すると、北京の治安は急速に悪化し、社会は混乱に陥りました。更に、外国人(列強諸国の居留民)排斥を唱えて、列強公使館に「進軍」する状況に、5月31日、居留民保護と治安回復を目的に、英・仏・米・露・独・伊・墺(オーストリア)・日本からなる八ヶ国連合軍が北京に出兵したのです。つまり、八ヶ国連合軍の一員として、日本軍は進駐したのであり、そもそも「侵略」を意図したもの等では無かった訳です。 >中国の軍隊が、日本に来たか? 中国の軍隊?まだ中国と言う国はまだ無いようなもの。 > この二つの疑問を解きたかったら、明治維新以後の歴史を勉強しなおすんだな。 よって、貴殿にそのまま返す。 事実を目の当たりにしても、「じゃこう、じゃもっと前」と駄々を捏ねているよ。 子供だね。 それともまだなにか、だだをこねるのかい?左翼・反日勢力の「歴史」に対する認識不足も甚だしいと言わざるを得ませんな。 |
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ケンタロウさん・・、もう止めた方が良いですよ。 発言番号:68 名前:KR 43歳 2004年05月26日13時46分 >なんだか、私は、総攻撃を食ってるような気がしますな。 ・・・攻撃?・・異論を唱えてるだけでしょ? >発言64「ある歴史事実をそこだけ切り取ってみたって、何も見えてきません」・・・ってありますが・・それは私が貴殿へのレスで下記のように発言した内容と同質と考えてよろしいですか? 「真実の大小のバランスをを考え、都合の良い真実だけを強調して、当時を判断しても真実の全体像は見えてきません。」 >次に、フィリピン空爆ですが、軍関係施設を狙ったから、どうだと言いたいのですか。真珠湾でも、軍関係施設を空爆したんじゃなかったでしたっけ。先制奇襲攻撃は、最も汚い手口だと思います。 ・・・は?・・汚い手・・先制攻撃が?奇襲が・・・ですか?まっ確かに宣戦布告の電報が日本の駐米大使館の不手際で40分ほど送れてハル国務長官に手渡されました。・・しかし日本国政府および軍部の当初の考えは宣戦布告文書の手渡し後、すぐに真珠湾攻撃開始と言う、国際法に則った宣戦布告&攻撃計画でしたよ? フィリピン空爆・・問題ないんじゃないですか? どうも上記の貴殿の発言を見て推測するに、真珠湾攻撃までのアメリカと日本の政府レベルのやり取りやアメリカの狡猾的な(毛沢東などと連携して)外交の経緯をご存知なんでしょうか? >「奇襲攻撃直前、大本営の参謀が「国際法なんか知ったことか。国が潰れて何が国際法だ」と言ったといいます。戦時下だからこその国際法なのですが、国際法の成り立ちや存在意義についての認識が欠けていました。} ほら・・また貴殿の悪い癖です。一部の参謀の発言を全体思想と言うような書き方ですよ。貴殿は図らずも 「ある歴史事実をそこだけ切り取ってみたって、何も見えてきません」と自ら発言しておられるでしょ?矛盾しておりますが。 >発言64「坂本竜馬の視線が海外に向けられたとき、すでに、大陸進出は予定されていたのです。 日清、日露、日韓併合、日中戦争は、その延長です。」このようは発言が多いですね?発言されるのであれば詳しく具体的に書いていただかないと・・坂本竜馬が元凶になると言うことになりますよ? >「 日本軍は、徴発した米を飢えたベトナム人に提供しなかった、という点では、日本軍の冷酷さがよく現れていると思います。」これも一部でしょ? それなのに「日本軍の冷酷さを・・うんうん」と言い切る。貴殿の発言64の冒頭に反しますが? タキシードさんや五騎さんは歴史資料(貴殿から見れば偏りかも)を提示されて、貴殿に意見を求めてるにも関わらず、貴殿は都合の良い史実や間違った解釈を検証もせずに平気で発言されてます。 ベトナム飢餓やフィリピン空爆が良い例でしょ・・私が訂正を入れても何食わぬ顔で平然と無視、再三お願いしてやっと返答する形ですね。 もう、貴殿は思考的に破綻しているのではないですか?またあまりにもこの議題に関して史実の認識不足は否めません。それを補うため思想論で発言したり、視点を変えたりとされているんでしょうね。 ハッキリ申し上げましょう。貴殿の発言はただの認識に欠ける演説なのです。 |
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困った人たちだ 発言番号:69 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月26日19時13分 接点が無いのに議論しても、何か意味があるのかな、と思いますが、一点、気になることがあるので。 「戦争の被害者は仕方ない」について、「事実を述べているだけ」というレスは、おかしいですね。 「仕方ない」というコメントは、事実ではなくて、あなたの感想であり、考え方です。あるいは、あなたの人生観そのものを表現していると言ってもよい。 もし、今、戦争が起きて、家族が死んだとします。 「戦争の被害者は仕方ない」と言って、諦めるのですか。だとしたら、国にとっては、実に、安上がりで、都合のいい人ということになります。 私だったら、国に対して、個人賠償を要求し、「国の責任で、毎年慰霊しろ」と言って、大騒ぎするでしょう。「仕方ない」なんて、冗談じゃない。 遺族の悲しみや怒りは、古今東西、共通です。その感情を共有できないとすれば、当事者感覚の欠如であり、想像力の貧困と言わざるを得ません。 戦争映画や戦争小説を見たり読んだりして、人が死んでいく場面に、「仕方がない」という感想しか持てないとするなら、もはや、血の通った人間ではない。 結局、あなたのそういう人生観が、歴史観にも反映しているということでしょう。 さて、社交辞令はここまで。 はっきり言わせてもらいますが、あなたは、ヒトラーだ。血に飢えた冷血なファシスト。 なにが「戦争の被害者は仕方ない」ですか。化けの皮はがして、本性むき出し。 あなたにしろ、五騎君にしろ、異常に史実に詳しい。一体、何者?。 史実を突き付ければ、相手がひれ伏すとでも思ってるんですか。甘いな。要は解釈の問題でね。 「リメンバー・パール・ハーバー」に触れてないところをみると、フィリピン空爆を持ち出して、あんな切り返しを食うとは思わなかったってことかな? 国際法云々にしがみつきなさんな。風評の方がはるかに恐ろしいんだから。 あなたの好きなボケナス日本軍のせいで、日本は、永久に「リメンバー・パール・ハーバー」と言われ続けなきゃならん。全く、迷惑な話だ。 アメリカ人に向かって「現在の価値観で、過去を断罪するな」って言ってきなさい。馬鹿にされることだけは保証しましょう。 日本の一部の人間にしか通用しない屁理屈をいくらこねたって、世界は相手にしませんよ、井の中の蛙さん。 五騎君の場合は、史実をだらだら垂れ流して得意になってる、単なるオナニー野郎ですがね。 どうも、このサイトは、ファシスト=死ななきゃ治らない連中の巣窟になっているようです。 ヒトラーも死ぬまでファシストだったしね。 だけど、あなたたちみたいな人に限って、追い詰められると「民主主義」を持ち出すんだよな。「つくる会」の連中みたいに。「言論の自由の圧殺だ」とかなんとか言っちゃって。嫌われてるだけだってのにさ。 もう、私は、あなたたちを相手にはしない。死んでも治らない奴を相手にしたって、ナンセンスですからな。 カモがいなくなって、残念でしたね。せいぜい、ファシスト同士で、じゃれあってなさい。場末の右翼さんたち。 悔しかったら、アメリカ人を説得して見せなさい。 「リメンバー・パール・ハーバー!」 バイバイ |
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ふ〜ん・・結局思ったとおりの人でした。 発言番号:70 名前:KR 43歳 2004年05月26日19時56分 自己の発言を切り返されて、挙句の果てには無意味なことを書き連ねて逃げる・・典型的な無教養な人でした。(受売りと感情論で発言すると破綻するいい例ですね)。 さて、ケンタロウ氏は去りましたが、彼の発言を指摘しておきます。 >「戦争の被害者は仕方ない」について、「事実を述べているだけ」というレスは、おかしいですね。 ●ここでの議題は史実とその検証に基づく「先の戦争が侵略か否か」です。犠牲者に関しての発言は意味を成しません。また事実、戦争には被害者は存在します。戦争に限らずあらゆる状況で「加害者」&「被害者」は存在しております。 >もし、今、戦争が起きて、家族が死んだとします。「戦争の被害者は仕方ない」と言って、諦めるのですか。だとしたら、国にとっては、実に、安上がりで、都合のいい人ということになります。私だったら、国に対して、個人賠償を要求し、「国の責任で、毎年慰霊しろ」と言って、大騒ぎするでしょう。「仕方ない」なんて、冗談じゃない。遺族の悲しみや怒りは、古今東西、共通です。その感情を共有できないとすれば、当事者感覚の欠如であり、想像力の貧困と言わざるを得ません。戦争映画や戦争小説を見たり読んだりして、人が死んでいく場面に、「仕方がない」という感想しか持てないとするなら、もはや、血の通った人間ではない。結局、あなたのそういう人生観が、歴史観にも反映しているということでしょう ●どうぞご勝手に想像してください。この事とこの議題は関係ありません。もしそれを発言なさるなら別に議題を立ててください。 私が言う「仕方ない」、事実のみを発言してると何度も答えております。上記の発言は正当性がありますが。しかし、「交通事故が減らないのは車が道路を走るから」と言ってるようなものです。また発言35では・・・・ 軍人支配はなぜ続いたのか。民衆が望んだからだ。 なぜ、日中戦争は始まったのか。民衆が望んだからだ。 軍人支配はなぜ終わったのか。民衆が望んだからだ。 なぜ、今、天皇はいるのか。民衆が望んだからだ。 戦争は民衆が望んだと言いながら・・反論できなくなると視点を変え「被害者意識」を恥じも外聞も無く発言しています。 >あなたにしろ、五騎君にしろ、異常に史実に詳しい。一体、何者?。 史実を突き付ければ、相手がひれ伏すとでも思ってるんですか。甘いな。要は解釈の問題でね。 ●異常に詳しいんじゃなく、彼がこの議題に関して発言する際に「勉強」せず、相手を見くびってたからでしょう?解釈の問題?・・彼には解釈するだけの能力と知識、そしてそれを支える歴史認識と検証がありません。故に彼の解釈はまったく意味を成さない感情論に終始します。 >「リメンバー・パール・ハーバー」に触れてないところをみると、フィリピン空爆を持ち出して、あんな切り返しを食うとは思わなかったってことかな? 国際法云々にしがみつきなさんな。風評の方がはるかに恐ろしいんだから。あなたの好きなボケナス日本軍のせいで、日本は、永久に「リメンバー・パール・ハーバー」と言われ続けなきゃならん。全く、迷惑な話だ。 ●真珠湾攻撃の真相はお話しました。その後のアメリカの反応まで彼に説明したところで、真珠湾攻撃にいたる経緯すら知らない無知な方に説明しても理解出来ないと判断したためです。ボケナス・・可哀相な人ですケンタロウ氏は・・言葉が見つからず罵声ですね。 >もう、私は、あなたたちを相手にはしない。死んでも治らない奴を相手にしたって、ナンセンスですからな。 カモがいなくなって、残念でしたね。せいぜい、ファシスト同士で、じゃれあってなさい。場末の右翼さんたち。 悔しかったら、アメリカ人を説得して見せなさい。 ●大きな誤解をされてます。相手にしないのではなく、逃げたいだけです。何故ならば、彼の知識と能力では到底反論できずに破綻してしまうからです。 また「カモが・・・」ですが、カモすら慣れていなかったことが理解できていないようです。 43歳にして、このような発言しか出来ないケンタロウ氏・・・大人の振りして演説することで、自分自身を大人で教養人と納得させることにより、自己の存在意義を作りたかったんでしょう・・・・悲しい人す。 |
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負け惜しみはやめなさい 発言番号:71 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月26日20時11分 負け惜しみはやめなさい。見苦しい。 私を説き伏せるのではなく、世界を納得させなさい。 特に、アメリカ人を納得させなさい。 それができないのなら、あなたは、ただの、内弁慶でしかない。 |
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自己責任のトピで感じていたが、本当に女々しい奴だ 発言番号:72 名前:拳 54歳 2004年05月26日20時41分 負け惜しみはどちらが言っているのかな。見苦しいのは読者が知っているだろう。 一度「バイバイ」と言ったのだから、71でまた出てきたのは滑稽の極まりか。 多くの読者の失笑を買ったことだろう。 >私を説き伏せるのではなく、世界を納得させなさい。 何を勘違いしている?ここで(100万人で)討論をしているのだろう? ここは討論会だよ。 >それができないのなら、あなたは、ただの、内弁慶でしかない。 究極だね。君は本当に討論会向きではない。君は内弁慶にもなれないようだ。 「自己責任」で発言を頂いたので、お礼を申し上げるべきであるだろうが、 結局ここでも同じ様な結果になってしまったな。 |
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ふ〜ん 発言番号:73 名前:KR 43歳 2004年05月26日21時04分 案の定、レスしましたね(爆)。可愛いね・・結構。 負け惜しみ・・・ん・・子供の喧嘩をした記憶はないですが?。 そうそう「私を説き伏せるのではなく、世界を納得させなさい。」・・・・ 勘違いしてますよ?ケンタロウ氏を説き伏せようなんて思ってません。如何してかと言えば、それにも「値しない」43歳の人だからです。 まっ、頑張って色んな議題で自説を演説してくださいね。時々、反論させていただきますよ。くれぐれも、その時は今回のように、逃げるのだけは止めてくださいね^^ |
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おやまあ 発言番号:74 名前:ケンタロウ 43歳 2004年05月26日21時08分 拳さんもファシストだったって分けですか。 そろいもそろって。 内弁慶同士で、じゃれあってるって、わけね 100万人だなんて、笑わせなさんな。ここのトピには、数えるほどしか発言者はいない。だから、内弁慶だって、言ってるんですよ。 あなた達ファシストを叩きのめすには、パール・ハーバーだけで十分ですな。パール・ハーバーだけを巧みに避けて、文句も言えない。 風評の恐ろしさには、理屈じゃ勝てんからな。 あんたらの好きなボケナス日本軍は、ホントに、とんでもないことをしてくれた。つまらん言い訳しなさんな。こればっかりは、ヘリクツじゃどうにもならんのでね。 KRさんよ、「国にとって、安上がりで、都合のいい人間」と言われて、悔しくないんですかね、史実屋さん。 まあ、他人の命を軽く見ている人に通用する論理ではないでしょうけどね。 思ったとおりだなんて、よく言うよ。「パール・ハーバー」で切り返されるなんて、予想もしなかったくせに。「安上がりで、都合のいい人間」だなんて、言われるとは思いもしなかったくせに。 日本人同士で、ぐちゃぐちゃ言い合ってたって、始まらんわな。 もう一回、言っときますよ。 「世界を納得させなさい」 内輪でじゃれあうな! 負け惜しみを言うな! 「リメンバー・パール・ハーバー!」 「リメンバー・パール・ハーバー!」 今後こそ、ホントに、バイバイ |
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↑・・・はい、さようなら。演説小僧さん。 発言番号:75 名前:KR 43歳 2004年05月26日21時27分 と・・言うことで皆様、ケンタロウ氏は大人気ない捨て台詞と己の矛盾&無知を曝け出し、たまま、永遠に此処から消え去りました。 |
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まあ、もうこないけどね。 発言番号:76 名前:五騎 30歳 2004年05月26日22時45分 一応書いておく。 はっ! なにが「世界を納得させなさい」 だ。 ここにいる者を納得させられなかったくせに! あんたが負け惜しみを言うな! だな。 異常に史実に詳しい。といって、史実をだらだら垂れ流して得意になってる、単なる〜 どっちだよ矛盾君。しかも下品。 人をバカにして罵声浴びせて逃げる。 子供はさっさと寝な。 18歳未満使用禁止だよ。 |
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パール・ハーバー 発言番号:77 名前:五騎 30歳 2004年05月26日23時44分 キーワードは「ハル・ノート」「アメリカの世界大戦進出」で十分だと思う。 アメリカでは「日本のだまし討ち」『リメンバー パール・ハーバー』と言っているが、本当は、日本が戦争をせざるを得ない方向に、少しずつアメリカに追い込まれている。 これにより、日本は真珠湾攻撃によって、自分で自分の首を絞めてしまったのではないかと思う。結果論かもしれないが、「侵略戦争」にはほど遠い。なぜなら、勝てる筈が無いから。 事実負けた。 がしかし、<敗戦→相手の部下>の思想は間違い、仕組まれていいる、たしかに東條よりもルーズベルトの方役者が上だったのは間違い。だが、侵略戦争という言葉を認めてはいけない。 学校教育で勉強しただけの人や戦争が嫌いな人などや・・・演説小僧であろうと、学校教育によって大東亜戦争(これまでの戦争・事変)を侵略戦争と覚えてはいけない。 映画やドラマで日本兵の闊歩し横暴な人が出ていることがある。たしかに居ただろう。明治に成った時も浮いた警察官などがいた。だが、全ての日本兵の筈が無い。今の日本を見てもわかる、変わっているのは極少数。 別にどこぞの団体に入る必要はない。 が、しかし、自分達のご先祖を信じることを敬意を表すことが必要だと思う。 |
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?と首をかしげざるを得ない個所・2、 発言番号:78 名前:タキシード仮面 27歳 2004年05月26日23時57分 前回時間が足りず、不完全燃焼でしたが嫌太郎氏が自分の無知・無恥の二重奏に耐え切れず無様な大敗走を喫しました。ですから指摘を続ける必要はない のですが今後のためにと言うか今後も彼の様な偽装サヨクに議論の場を引っ掻き回されない様、問題点を指摘しておきます。 3、「長引く不況の打開策として満州支配は国民の目にどれ程魅力的に映った事か、だから民衆は日中戦争を望んだ」一般に第二次大戦の開始は1939年9月のドイツ軍によるポーランド進攻によるとされていますが、それは表面的、表層的な見方に過ぎません。実際には第二次大戦の開始は1929年に決定されていました。何故かと言えば1929年に大恐慌に見舞われたアメリカはホーリー・スムート法案を採択し、他国からの輸入関税を税率10000倍 と言う暴挙とも言うべき決定をしました。 それに対して、イギリスは1931年にカナダのオタワでオタワ会議を開き、 大英帝国内の輸出入の返済通貨をポンドのみに限定し、帝国外からの輸入に対して高率の関税を掛けるブロック経済で対抗しました。フランス、オランダ等の植民地大国がイギリスにならい、経済をブロック化したので資源の購入先と 何より有力な輸出市場を失った日本経済は大打撃を受けました。 日本やドイツがなぜ、国際的批判を承知で中国や東欧に進出せざるを得なかったか御分りでししょう。そうでもしないと輸出市場・資源の取得先が確保 出来なかったからです。金も食料もない貧乏人に餓死するか、勝ち目の無い戦争を挑むかの選択を強いたのがホーリースムート法案であり、オタワ会議での ブロック経済決定です。やはり、大戦で軍需産業の大需要を満たし戦争を 公共事業位にしか考えない「影の政府」の世界政策、陰謀を感じるのは見る目を持った人は誰も思っています 4.第二次大戦の三つの性格 1、民主主義対軍国主義 2、民族解放闘争 3、帝国主義戦争と言う物です。左翼陣営が良く使う色分けです。 「民主主義対軍国主義」要するに連合国はみーんな民主主義国と言いたいのでしょうが中国やソ連等の人権無視、自国民を抑圧している国を民主主義国と言えるのか?と言う疑問は大戦中の米英自身から幾度も発っせられていた疑問です。これはイデオロギー上の分類と言うより、対日独戦略上味方にしていた方が有利と言うだけの理由でしていたに過ぎません。その証拠に戦後に中ソの東側と米英仏の西側に分裂したのが何よりの証拠です。 民族解放闘争これも可笑しな話です。戦前には大規模な民族解放闘争と言う物 は存在しませんでした。なぜか?戦前の各植民地の原住民は欧米の軍事カリスマに洗脳され自分達と白人は人種としての出来が違う、反乱してもすぐ負ける と最初から諦め、ただ隷従の日々を送っていました。しかし、自分達の目の前 で自分達と同じアジア人の日本軍が今まで数百年間自分達を支配して来た 米英仏蘭の植民地軍を鎧袖一触して大敗させた事を見た結果、自分達にも出来る!と確信し闘争を始めたのです。更に言えば彼らが自力で独立を達成したと言う論者もいますが日本軍と血みどろの大戦争をして欧米の国力・軍事力が弱体化していなければ果たして独立できたかどうか?多いに疑問です。結論から言えば彼ら東南アジアの独立の戦いに血を流して戦ったのは代理戦争をやらされた日本と日本軍、独立の果実だけをチャッカリ頂戴したのは東南アジア・インドと言えるでしょう。 帝国主義戦争単なる市場・領土分割競争の結果大戦になればそう言えるでしょう。しかし、ヒトラー総統はイギリスとは融和的に協調したいと願っていました。ドイツの東欧。ソ連への権利を認めてくれれば大英帝国のその他の地域・利権には手を出さないと繰り返し交渉していました。彼の言葉を本当だと信じ ドイツと手を結んでイギリスの国益を守ろうとした代表がチェンバレンで彼は 再びドイツと大規模な大戦を戦ったら今度こそイギリスは没落すると言う危機感がありました。その一方でアメリカと手を結んでドイツを潰し、イギリスの優位を確立し、アメリカは利用できるだけ利用して甘い汁だけ吸わせてもらおうと言う代表がチャーチルでした。現実はチャーチルよりチェンバレンの見通しの方が正しくイギリスは疲弊して没落し、利用するだけのつもりのアメリカに大英帝国の解体を強いられて結局世界帝国の地位をアメリカに譲らざるをえませんでした。つまり、大英帝国のお家騒動に日独仏米が巻き込まれて世界再編リーグ競争に引きずり込まれたというのが結果論です。 他にも言いたい事がありますが今日はこのへんで。 |
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ゲーム・オーバー 発言番号:79 名前:高山 35歳 2004年05月27日10時04分 KRさんとケンタロウさんの論争、興味深く拝見しました。 KRさんの「戦争の被害者は仕方ない」と言う発言は、致命傷でした。殺人鬼的発言です。 「パール・ハーバー」についても、「国際法違反ではない」「現在の価値観で断罪するな」と言っても、説得力はありませんし、アメリカ人の感情を害した以上、日本軍を弁解する余地はありません。まさに、日本史上最悪の汚点です。 侵略か否かの論争は、つまるところ、発言者の人間性を問われる問題です。 史実をいくら羅列して見せても、KRさんが、冷酷な非人間性を露呈した時点で、ゲーム・オーバーです。 |
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え〜と・・・ 発言番号:80 名前:もふ 19歳 2004年05月27日10時19分 え〜と・・・、↑の人。議論の場では人間性は関係ないんですよ(汗;)。ケンタロウ君はただ、何の裏づけも無い発言を繰り返していたので敗走しただけです。また、来てくれるといいのに、ケンタロウ君。楽しいから。 |
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補足です。 発言番号:81 名前:高山 35歳 2004年05月27日11時28分 発言番号79に補足しておきましょう。 史実というのは、法律の条文と同じで、読み手の人生観や立場によって解釈の仕方は大きく異なります。 被告を有罪にしたいのか、無罪にしたいのか。有罪であれば、刑を重くしたいのか、軽くしたいのか。 侵略か否かの論争も、史実の読み手の主観で、侵略になったり、そうでなくなったりします。 解釈をするのですから、客観的に、史実に忠実に、という立場は、まず不可能でしょう。必ず、どこかの立場に立つしかありません。 侵略だと言うのなら、そういう立場に立つことになりますし、侵略でないと言うのなら、そういう立場に立つことになります。あるいは、侵略だとも言えるし、侵略でないとも言える、という立場もあるでしょう。 結局、史実の読み手が、今現在、どういう時代に生き、どういう人生を生き、どういう認識基準を持っているか、が問題になってきます。 我々は、独裁時代に生きている訳ではないし、帝国主義時代に生きている訳でもありません。 では、今現在は、どういう時代なのか、と言われれば、なかなか断定はできませんが、ヒューマニズム、即ち、人道主義が重要な認識基準となっている時代であろうと思われます。 人道主義が守られているとは必ずしも言えない昨今ですが、少なくとも、問題処理に当たっては、人道主義にかなっていれば、たいていの人は納得するところでしょう。 従って、史実の解釈に当たっても、人道主義の観点から見直すという作業が行われるのは、言わば、時代の要請と言ってよいのではないでしょうか。独裁時代には、独裁に都合のいい歴史解釈が行われ、帝国主義時代には、帝国主義に都合のいい歴史解釈が行われたように。 日本がやったことが、侵略か否か、の判定も、現代においては、人道主義の観点から行うことになりますし、少なくとも、現在を生きる人達にとって、最も分かりやすい判定の仕方であろうと思います。 言い換えれば、論者が、人道主義的観点から発言しているかどうかで、聞き手の印象は決まってくるということになりましょうか。 無責任な話になって、申し訳ありませんが、私はこの論争に加わるつもりはありませんし、史実に詳しいわけでもありませんので、退室いたします。 |
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なんとなく 発言番号:82 名前:もふ 19歳 2004年05月27日12時52分 歴史に詳しくないんだったらどうして出てきたんだろ・・・。 流れ的に史実に詳しくないものがでしゃばっても無視されることが分かってたのに(人の事いえないが)。 『なかなか断定はできませんが、ヒューマニズム、即ち、人道主義が重要な認識基準となっている時代であろうと思われます』 そうかな〜。今の日本はナショナリズムが幅を効かせてきてると思うんだけどな〜。外圧からだと思いますけど日本という共同体に所属している自覚って言うんですか? そんなのが必要になって。昔の汚名は消し去りたいと。でもそれだと理性的に許されないんで、明らかに嘘っぱちな歴史はその実在性を再度検討する(これは正当な要求です)。そんな時代じゃないんですか。あなたの言う非人道的という発言にもいろいろ言いたいことはありますが、そのことは置いといて、あまりにも人権みたいな概念を度を越して信じていると、国家規模で足元掬われますよ。これがホンとの『信じるものは掬われる』。おそまつさまでした。 |
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?? 発言番号:83 名前:五騎 30歳 2004年05月27日13時22分 高山さん、で結局何の意味がある発言やら良くわかりません。 それで客観的に述べているつもりでしょうか? まぎれもなく侵略戦争派だが。 (高山ケンタロウさん? そういえば昔、TKって人がいたな) 太平洋戦争(大東亜戦争)は侵略戦争だったのでしょうか?とあるように、事実を述べているだけ。少なくとも聞き手がサヨク・反日人でなければ凝り固まる必要が無い。 事実を述べているだけ。 |
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ふ〜ん・・・・ 発言番号:84 名前:KR 43歳 2004年05月27日17時40分 成る程。で・・・何がしたいのですか?高山氏は? >「無責任な話になって、申し訳ありませんが、私はこの論争に加わるつもりはありませんし、史実に詳しいわけでもありませんので、退室いたします。」 ●現に2回も発言しているという事は議論に参加してると言うことでしょ? >KRさんの「戦争の被害者は仕方ない」と言う発言は、致命傷でした。殺人鬼的発言です。 ●しかし高山氏は発言番号:81 で「史実というのは、法律の条文と同じで、読み手の人生観や立場によって解釈の仕方は大きく異なります。」 ・・・戦争の被害者は史実です。ゆえに私の発言に対する彼の考えは、 彼の解釈ででありそれ以上何もありません・・ということになります。 >「パール・ハーバー」についても、「国際法違反ではない」「現在の価値観で断罪するな」と言っても、説得力はありませんし、アメリカ人の感情を害した以上、日本軍を弁解する余地はありません。まさに、日本史上最悪の汚点です ●高山氏はどうもここでの私の発言をちゃんと読んでないようですね。 発言68「宣戦布告の電報が日本の駐米大使館の不手際で40分ほど送れてハル国務長官に手渡されました。・・しかし日本国政府および軍部の当初の考えは宣戦布告文書の手渡し後、すぐに真珠湾攻撃開始と言う、国際法に則った宣戦布告&攻撃計画でしたよ? 」結果的には国際法違反という形ですが、あくまでもそれは意図的ではなく、大使館員の不手際によるものです。計画そのものは国際法に準じていました。 国際法無視の狡猾な挑発的行動は真珠湾以前、アメリカ側から幾度も行われていた事などご存じない高山氏には理解不可能なことでしょうね。 >侵略か否かの論争は、つまるところ、発言者の人間性を問われる問題です。 ●・・まず人間性云々であれば、高山氏はその言葉を発言すること自体意味を成しません。高山氏が人間性で侵略か否かを言うのであれば、その人間性を持って、自己の太平洋戦争における確たる侵略の歴史観を披露して、相手の(私)の発言を指摘するのが・・人間性が本当に豊かで、場を弁えた人じゃないでしょうか? >発言81「解釈をするのですから、客観的に、史実に忠実に、という立場は、まず不可能でしょう。必ず、どこかの立場に立つしかありません・・・・」 ●ここでは終始個人的思想論になってます。多分・・高山氏は歴史検証作業の方法論をご存じなきため、このような個人的思想や価値観に元ずく解釈しか出来ないのでしょう。 最後に、歴史の検証に「人道主義的観点から発言」は正直申し上げ、史実解釈に個人的な感情を植付け、客観的な判断の妨げになる可能性が大きいと言うことを勉強されることをお勧めします。 |
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退室は早すぎました 発言番号:85 名前:高山 35歳 2004年05月27日20時21分 やはり、退室は早すぎました。なんか、かみつかれるだろうな、と思いました。 確かに、私には、ケンタロウさんの意見のほうがしっくりきます。多分、私だけではないと思いますよ。 ま、それは置いといて、 侵略か否かを決めるのは、論者ではありません。第三者です。 裁判で、判決を下すのが、第三者である裁判官であるのと同じことです。 本来なら、このような討論は、例えば、千人くらいの聴衆の面前で行い、結論は、聴衆の多数決に委ねるのが理想です。 もちろん、多数決というのは、常に暫定であって、時間が経って、状況が変われば、かつての少数派が多数を占めるようになるということはあり得ます。 しかし、現時点では多数意見に従うべきですし、それが民主主義のルールです。少数派は自分の意見が支持されなかったことを真摯に受け入れるしかありません。 ただ、ここではそういうシステムはありませんから、論者は、第三者を想定して発言する必要があるでしょう。 その第三者とは、日本語が読める人達、つまり、日本人全体と言っていいと思います。 今の日本人が共通して持っている理念というか、認識は、やはり、人道主義ではないでしょうか。 ナショナリストであろうとなかろうと、人道主義にはしがみつくのではありませんか。医学は人道主義の最たるものですし、誰だって、虫けらのように殺されたくはありませんからね。医学を否定することはできませんよ。 論者は、自分の発言が、常に、人道主義に照らして、妥当かどうかを考えながら発言すべきでしょう。 そうした場合、「戦争の被害者は仕方ない」という発言は、人道的とは誰も思わないのではないでしょうか。 この発言一つで、KRさんの全人格が規定されたと言ってよいと思います。政治家が、たった一つの失言で、そこだけを追求され、政治生命を絶たれるのと同じことです。 もし、第三者の存在を想定せず、各論者が、言いたい放題を続け、かみつきあっているとすれば、それは、単に私情のなすり合いでしかありません。 私のように、第三者のつもりで発言しても、その発言にまでかみつかれてしまいます。もちろん、第三者といっても、完全に公平と言うわけにはいきませんが。 私情のなすり合いがお好きなら、お続けになるのも結構なことでしょうが、誰の支持も得られない自己満足でしかないでしょう。 また、かみつきますか? それにしても、KRさんは、「リメンバー・パール・ハーバー」について、アメリカ人の感情を害した点について、相変わらず、コメントを避けるんですね。いつまでたっても、ハル・ノートだの国際法だのにばかりしがみついておられる。 ケンタロウさんも言っているように、アメリカ人を説得してください。私を説得しても意味はありません。「リメンバー・パール・ハーバー」と言っているのは、アメリカ人であって、私ではありませんので。 |
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ふ〜ん・・・・無責任な話しか出来ない貴方が?・・どうしたいの? 発言番号:86 名前:KR 43歳 2004年05月27日20時53分 >「無責任な話になって、申し訳ありませんが、私はこの論争に加わるつもりはありませんし、史実に詳しいわけでもありませんので、退室いたします。」 ●無責任な話しか出来ない貴方と何を話すんですか? あの〜ケンタロウ氏と「人道主義」という議題でも立てて、そこで発言してくださいね^^・・・ここは「太平洋戦争が侵略か否か」ですが? また、史実に詳しくないなら、勉強して責任が持てる発言が出来るようになって来てくださいね。 |
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どんどんエスカレートしてますねぇ・・・ 発言番号:87 名前:舞雪 23歳 2004年05月27日21時40分 とりあえず、嫌味や中傷の応戦はもう勘弁願いたい。 ガイドラインをよく読んで下さい。 それと、トップページにも書いてある 「議論の攻撃対象はあくまで相手の”意見”であり”相手”そのものではありません。相手を中傷する、あるいは個性を攻撃することは当議場においては不適切であると考えます。」 という文章をよく理解して欲しいです。 議題とは関係ない内容で恐縮極まりないですが、あまりにも目に付く為発言させて頂きました。 |
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さて 発言番号:88 名前:五騎 30歳 2004年05月27日23時37分 何かさ、一人二役っぽいのだが。 >また、かみつきますか? この言い投げ。 (バイバイしたから名前変更かい、情けない) 舞雪殿 これ(発言番号87)は誰に対してです? 私やKR氏など、事実を述べているだけですよ。品を持って答えています。攻撃対象はあくまで相手の”意見”です。 それに、攻撃 と言う所では違和感がありますね。 異論(事実)を唱えているだけですから。 あと、質問の応答。私はケンタロウ氏など歴史に無知な方に公開されている真実を教えてあげているだけですよ。 ついでなので >アメリカ人の感情を害した点 その前に、日本人の感情を害した点は無視ですか? アメリカが世界大戦に参戦したいばかりに、石油ストップや経済政策などハル・ノートを突き付けて。 >いつまでたっても、ハル・ノートだの国際法だのにばかりしがみついておられる。 そもそもの問題はこれといっても過言でない。 この問題を無視にはできない。 >「リメンバー・パール・ハーバー」と言っているのは、アメリカ人であって、私ではありませんので。 だったら、あなたがホザク意味がありませんよ。 それに、この意見をよくよく考えると、「アメリカ人を説得しろ」てことは貴方自身は私たちが侵略戦争ではないと発言したのを読み<<納得>>したことになりますよ? つまり、私たち(ケンタロウ&高山)は納得した、だけどアメリカ人を説得しろ! と解釈できます。 たとえそうでなくとも、追求をアメリカ人に流した時点であなた方の発言はとどの詰まり、無意味です。 ま、いくら事実を突き付けてもアメリカ人を説得出来ないね。世界で一番の人種&国って思ってる。それは、あなた方も知っているハズにもかかわらず一点張りか。やれやれ。 ふっ 反日なのかアメリカ・(そのわりには日本が平和で良いと言っている)なのか、あなた方の存在は何が目的かわからない。 道を見失っているよ。 もう一つついで 『東京裁判 日本の弁明』(小堀桂一郎編)の文中 「したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです」 に登場した「安全保障の必要」について若干補足してみたいと思います。この部分は、マッカーサー発言では元々「セキュリティー」(security)でした。邦訳の際に、「安全保障の必要」とされたのですが、この部分 ── 「セキュリティー」は、「生存権の確保」と解しても良いのでは無いかと思います。それを如実に物語っているのが、昭和16(1941)年9月6日に開催された御前会議に於ける永野修身(おさみ)・海軍大将の発言です。彼は、米国が日本に突き付けてきた事実上の最後通牒『ハル-ノート』を甘受、米国に屈服し戦争を回避するか、はたまた、何もせずに時勢が好転するのをじっと待つか、或いは、対米開戦に踏み切って戦争の中に活路を見い出すかについて、こう発言しています。 「戦わざれば、亡国と、政府は判断された。戦うもまた亡国であるかも知れぬ。戦わざる亡国は魂まで失った亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見いだしうるであろう。戦ってよし、勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再起、三起するであろう」 永野大将は遠回しに、米英との戦争は端から「勝ち目」の無い「負け戦」である、と言っているのです。決して言われている様な「侵略戦争」をしよう等とは露共思ってはいないのです。進むも亡国(敗戦)、退くも亡国、同じ亡国なら「皇国の興廃」を賭けて戦い、せめて、日本人の「民族としての誇り」(日本精神・日本人の気概)だけでも後世に残そうではないか、と言っているのです。これの一体何処が「侵略戦争」なのでしょうか? 矢張り、日本の戦争は、マッカーサーが認める迄も無く「自衛戦争」だったのです。 帝國電網省引用 あくまでも事実を示している。 |
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?と首をかしげざるを得ない個所・3、 発言番号:89 名前:タキシード仮面 27歳 2004年05月27日23時56分 5、「アジア、アフリカの人達が一体何をしたと言うのですか、彼らはそこで 生活していただけです。なのに勝手に生活の場を荒らされ、家を焼かれ、 家族を殺され、苛酷な労働に従事させられ、」これは犬太郎氏の問い 「なぜ、欧米はあんなに残酷に植民地獲得競争が出来たのか」と言う文の一節です。これに答えます。 まず、欧米人の本音、深層意識の問題になりますがイエスが「汝の敵を愛せ」と言った場合、(敵)とは人種に関係なく万人の事を指しています。 しかし、これがヨーロッパに伝わると(敵)とは、自分達と同じ白人、ギリシャ・ローマ文明圏、キリスト教徒と言う同じ白人同士しか自分と同格の敵とは 思わないのです。ちなみに帝国主義時代、欧米がアジア・アフリカ・アメリカ大陸の原住民達をどう、認識していたかと言うとイギリス人は原住民の事を「木」、と呼んでいました。アメリカ人はインディアン等の原住民を「石」と 呼んでいました。ロシア人はアジア人、特に日本人を指して「猿」(マカーカ)と呼んでいました。更にロシア帝国は公文書の中ででも日本人を猿と堂々 と表示していました。 欧米人以外の原住民を木・石・等の自然物、又は猿等の獣扱いしている以上、 自分達に逆らう石達をどれ程(処分)しても胸が痛む訳がありません。 更に「19世紀のイギリスで植民地に反対している人達もいた」と言っていましたが、これはタッカーが言うように植民地のインフラ整備費をイギリス本国から持ち出していたからで、(植民地はイギリスの首に付けられたくびき「重石」)と呼ばれていましたが後にイギリス工業製品の輸出先・安価な資源と労働力の供給先として(植民地はうまい酒を安く大量に提供してくれる酒ダル)評価がガラッと変りました。結局は経済的コストが評価を決めるんです。 反対したのは金がかかるからだけ・・・人道上の理由なんて、コレっぽっちも ありませんでした。 更に「なぜ、日本軍は欧米の植民地と言う理由だけでアジアに攻め込んだのか?」と言う問いにお答えします。国際法上では、植民地と宗主国は一体なんですよ。日本と英仏オランダが宣戦布告して、戦争状態に突入したと言う事は蘭印にいるオランダ軍、マレー、ビルマ、香港、オーストラリア、ニュージーランドにいる英軍、ベトナム、ビルマ、ラオス、にいるフランス軍が一斉に日本軍と日本本土に攻撃して来る事を意味します。 嫌太郎氏は日本本土に攻撃を仕掛ける能力と意思のある軍事力を有する基地=植民地を日本軍が攻撃するのは不当で日本本土がそれらの軍に攻撃されるのは 正当と言いたいのでしょうか?更に植民地の住民もフィリッピンの米比軍(三分の二以上フィリッピン人)蘭印軍(将校以外マレー人)、仏印軍(同じくほとんどインドシナ人)、英印軍(同じく、将校以外インド人)、こうして見ると「日本軍に攻撃された可哀想なアジアの人達」も結構、日本軍を攻撃したり、宗主国の米英仏蘭の軍隊の兵器整備や、物資の補給、情報提供等で嫌々と言うよりかなり進んで欧米宗主国に対して戦争協力しているんですね。 これって、国際法上民間人の戦争行為を禁じたジュネーブ条約に立派に違反しているんじゃないんですか?従って、国際法上彼らは日本軍に攻撃されても、 又はその結果死亡しても文句を言えない法的立場なんです。五騎さんが「戦争被害は仕方ない」と言ったのはそう言う文脈で言った訳であなた達を自分と同じ知識量がある前提で言ったセリフです。えー加減に少しは勉強してね。 何となく、歴史的知識のない人・その当時の歴史認識のない人に限って感情論 で誤魔化す様な傾向を感じるのは気のせいでしょうか? それと、五騎さんが「植民地になる前に独立・・」と筆が滑った事を寄って多寡って責めていましたが上げ足取りしかできない人達は哀れです。 五騎さんが言いたかった事は、日本が開戦を決意したのはホーリースムート法案、ブロック経済、ABCD経済包囲網、ハル・ノートでガッチリ身動きできない様にされたからです。日米開戦前に東南アジア、インド等が独立していて 日本と友好的に経済関係を結んでいれば何も好き好んで大戦争をする必要は無かった訳です。しかし、現実は宗主国の言いなりに日本に対して資源封鎖、 日本資産の凍結・没収をしていました。だから正確には「日本と戦争になる前に植民地から独立していてくれれば・・・」と言うのが五騎さんの本当に 言いたかった事です。分ったかな?揚げ足鳥専門の諸君! では又逢おう、さらばだ。 |
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えとですね… 発言番号:90 名前:舞雪 23歳 2004年05月28日00時17分 誰に、とは言いませんが、具体例で一部を取り上げますと 発言番号76「子供はさっさと寝な。 18歳未満使用禁止だよ。」 これは意見に対する異論なのですか?品がありますか?相手そのものではありませんか? これに似たような物言いがところどころに見受けられます…。 私としては、ケンタロウさんの主張よりも五騎さんやKRさんの主張の方が事実に基づいているとは思います。だが一言多い。 「他の見ている人に、無闇に不快感を与える」とは思いませんか? (って、似たようなやりとりは他の議題でもたくさんありますけどね。あまりに目立ってたので^^;) |
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追加説明・・ありがとうございます。 発言番号:91 名前:KR 43歳 2004年05月28日00時42分 タキシード仮面さん「被害者・・仕方ない」「植民地になる前に独立・・」は私です^^。この件にてご説明いただきありがとうございます。本来はこの事を発言した時点で、貴殿ご説明の内容に似た事を書くつもりでしたが、ケンタロウ氏にその事を伝えたとしても読まないか(理解できない)、読んでも無視するかと思い説明するのを怠けておりました。追加ご説明感謝します。 五騎さんご指摘の「>アメリカ人の感情を害した点 」ですが、これも「パールハーバー」と呪文の如く両人に説明しても(若干その経緯は説明したにも拘わらず)、無意味に繰り返す発言に呆れ果てて無視しておりました。 さて、ご指摘のこの件について、タキシード仮面さんも似たようなことを明記されていましたので、私も追加させていただきます。 ●1932年に当選、太平洋戦争の仕掛け人的存在であったルーズベルト大統領は徹底した白人至上主義かつ人種差別であったことは周知の事実です。特に日本人に対しては異常なほどの嫌悪感と拒絶反応を示していた人物です。 彼は真剣に「日本人根絶」を考えていたと言われています。彼が何故そのような考えに至ったかは詳しい資料が見当たらないのですが、推測するに大統領以前から、オレンジ計画(日露戦争後・日本の勢力拡大を懸念したアメリカが計画した日本人抹消」に影響を受けたのではないでしょうか? その後、一国平和「孤立主義」を支持していたアメリカ国民に対して、日本人は「卑怯で人種的にも下等だ」というような演説&キャンペーン等を密かに実行し、アメリカ国民に「日本人=下等動物・・サル」という意識を埋め込まれました。そして真珠湾攻撃となります。当時のアメリカ国民は、確かに宣戦布告が大使館の手落ちで遅れたことによる「騙し討ち」的イメージもありましたが、それ以上にルーズベルトの意図的な「日本人=下等動物・・サル」図式が彼らにはあり、「アメリカに対して猿が身の程知らずに・・」というこの部分の感情が「リメンバー・パール・ハーバー」の根底となっている割合が多いと思われます。 では少しずつ追加していきたいと思います。 |
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真珠湾攻撃 発言番号:92 名前:五騎 30歳 2004年05月28日00時45分 太平洋戦争についてこういうのがあります。 何故、「真珠湾攻撃」は、アメリカから「真珠湾奇襲」 ── 「騙し討ち」と言われなくてはならないのか? 実は、開戦当日、ワシントンの日本大使館が「大失態」を犯したからなのです。日本が真珠湾を攻撃したのが、12月7日の午後1時30分(現地時間)。しかし、ワシントンの日本大使館がアメリカ側に「国交断絶通告」 ── 「宣戦布告」を届けたのは、何と真珠湾攻撃から30分後の午後2時(現地時間)だったのです。つまり、「真珠湾攻撃」が先で「宣戦布告」が後となってしまった訳で、これが後々迄、「騙し討ち」と言われる事となった所以(ゆえん)だったのです。(ちなみに、「大失態」を犯して日本の名に泥を塗った「国賊」大使館員達は、何の裁きも受けず、戦後、高級外務官僚となった) つまり、昭和天皇・日本政府・大本営・連合艦隊司令長官(山本五十六)共に、アメリカに対して「騙し討ち」をしよう等とは、露とも思ってはいなかったのです。本来、「国交断絶通告」は、12月7日午後1時(現地時間)に届けられる筈でした。日本から無電で送られた暗号電報を解読し、成文化した上で、アメリカ側に届ける。この重要な任務を、ワシントンの大使館員達は、赴任する同僚の送別会を優先した結果、処理に遅れを来たし、攻撃よりも後に届ける羽目となったのです。致命的です。これでは、アメリカから「騙し討ち」と言われても仕方がありません。し・か・し、敢えて言います。「騙し討ち」を掛けてきたのは、アメリカの方だと。 12月7日午後0時10分(現地時間)、アメリカ海軍司令部に一つの暗号電報が入電しました。 「ワレ、日本潜水艦ヲ撃沈セリ。」 それは米軍艦が、公海上 ── アメリカの領海外において、日本海軍の潜水艦を攻撃、撃沈した事を報告する暗号電報だったのです。(米国海軍ヒューウィット調査機関提出書類75(1945年6月7日),みすず書房『現代史資料 35巻』) つまり、アメリカは、日本による「真珠湾攻撃」の1時間20分も前に、「宣戦布告」もなしに、日本の潜水艦を攻撃、撃沈した事になる訳で、これこそ、正に「騙し討ち」と言えるのです。それにしても、日本の「真珠湾攻撃」をもって「騙し討ち」と言わしめたのですから、ローズヴェルトも相当の極悪人です。 12月8日 「日米開戦」をめぐる時間の流れ(現地の日付では12月7日) 12:10 米軍、「宣戦布告」無きまま、日本潜水艦を攻撃し撃沈(対日開戦) 13:00 本来、日本側が「国交断絶通告」をアメリカ側に通達すべきだった時間 13:30 日本軍、ハワイ・真珠湾を攻撃(対米開戦) 14:00 在ワシントン日本大使館、「国交断絶通告」をアメリカ側に通達 「攻撃を受けた場合を除いて、国民を戦場に送る事は決してあり得ない。」 こう公約していたローズヴェルトでしたが、内心は戦争がしたくて、戦争がしたくて、堪らなかったのです。そんなローズヴェルトでしたから、日本に先制攻撃をさせる事に腐心したのは言う迄もありません。ラニカイ号を含む老朽船3隻に星条旗を掲揚させた上で、日本軍艦に接近させ、日本軍艦から先に砲撃してくるよう、挑発をしたりもしています。しかし、攻撃命令を受けていない日本軍艦は静観するに留まり、遂に先制攻撃を掛けなかったのです。(米国アナポリス海軍研究所『ラニカイ号の巡洋航海 ── 戦争への挑発』) 「いかに日本を操り、我々の損害は少なくし、いかにして最初の一発を撃たせる様にし向けるかが問題だ、とローズヴェルト大統領は語った。」(スチムソン・米国陸軍長官の日記より) そんなローズヴェルトでしたから、「真珠湾攻撃」の一報が入った時には、さぞかし狂喜乱舞した事でしょう。しかし、それは「糠(ぬか)喜び」でした。「真珠湾攻撃」の1時間20分も前に、「宣戦布告」無きまま、米軍が日本潜水艦に対して「先制攻撃」をしていたのですから・・・。 >>発言番号76「子供はさっさと寝な。 18歳未満使用禁止だよ。」 そうですねーしかし、18歳未満使用禁止は舞雪殿と同じ意見。トップページに書いてあることですよ。よって子供はさっさと寝なは当然のことですよ。それとも、子供はさっさと寝なで不快になるということはそのかたは18歳未満? ならば当然、使用禁止になるのでは? (忘れては行けないことが一つ、この議論の題名です。いいですか?相手に仕掛けられて(悪態を)そのまま放っといたから侵略戦争で世の中通ってしまっているのですよ。) 先に手を出してきたのは向こう、 少なからず反発は必要です。(それに、こういうことで逃げる切っ掛けを作って与えているので、御心配なく) あとタキシード仮面様!!(ムーン風) 私ではないですよ∧∧ 発言番号:89 でのフォロー |
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結局は。。 発言番号:93 名前:東照権現 34歳 2004年05月28日00時48分 なるほど。。みなさんの議論を興味深く拝見しました。 確かにみなさんの論旨は議題そのものから逸れてきてはいますが、この議題がそれだけたくさんの要素から検討しなくては判断できない議題である事の証明ではないでしょうか。 私から見ますと、やはり“侵略戦争認識派”の方々は『人間存在を過大評価してしまっている』と思えます。 なんだかんだ言って人間なんて、『悪を悪と知りつつ悪をなす』モノなんですよ。 確かに“侵略戦争認識派”の方々の意見で人間存在を語りつくす事が出来れば、すでにこの世はユートピアです。 しかし現実を見れば全くそうではない。 それを踏まえた上で、ではどうだったのかを考えなければならない。 私自身の議題に対する意見を述べれば、 『侵略戦争だったが、それは不可避な事だった』 です。 こう考えますと、当時の視点から考える以上、日本のやった事は悪ではなかった事になる。 しかし、当時の極東アジア情勢において戦争被害者は確かに存在し、現代の視点から考える以上、日本のやった事は悪だった事になる。 結局、太平洋戦争や日中戦争を『善悪論』で論じる事は全くのナンセンスである事に気づくでしょう。 であるならば、太古から現代に至るまで綿々と続く『戦争の歴史』そのものが、『善悪論』など度外視して発生する事に気づくでしょう。 したがって、さらなる議論においては討論参加者が『侵略=悪』という視点からは脱した上で議論をする事が必要なのではないでしょうか。 |
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