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神風特攻隊は犬死にではない! 発言番号:2 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月27日23時08分 敗戦間際の米軍との圧倒的物量差、戦力差の前に熟練パイロットが底を尽き、 飛行時間100時間未満の非熟練パイロットのみで他ににどんな戦法を取りえたのだろうか? ドイツの様にフリッツXの様な有線誘導弾でも開発できる様な技術力があれば、特攻は不要だった。しかし、その技術が無い以上無い物ねだりをしても 仕方ない。 米海軍のスプールアンス提督は「日本人の気質に合った、低コストで多大な戦果を生む合理的戦法だ。」と評価していました。更に米海軍に与えた艦艇の物理的損害以上に特攻の恐怖による艦隊乗員の発狂が相次ぎ、本国送還と艦隊 脱走が続出し、沖縄戦においてはエセックス級空母の乗員が死の恐怖に耐えかねて発狂し、火薬庫に放火して爆沈しました。 米海軍では「この攻撃があと三週間続けばマーシャルに撤退しなければならない」と悲痛な報告をワシントンにしていました。 特攻が無力で戦果を挙げれなかったと言うのは大ウソです。戦後の米軍と アメリカが戦争中の真実を隠蔽する為に流した「為にするデマ」です。 知覧に祭られている特攻隊員の遺書や書置きを見れば、彼らが祖国の敗勢を挽回できない事は重々分りつつも、故郷に残る両親や幼い兄弟姉妹達、愛する 妻や子を米軍の爆撃や艦砲射撃から守る為に、 そして、自分達が育った思い出の故郷を、緑の山々、青き海々そして三千年以上の歴史を持つこの美しい国を敵から守るために、敵を一歩たりとも本土へは 踏み込ませないぞと言う決心の下に、自ら爆弾を抱いて敵艦へ突っ込んだのです。 これを誹謗中傷する者の心性と、品位を疑います。彼ら特攻隊の美しい心と 尊い犠牲をあげつらう者は断じて本来の日本人ではない!と私は断言します。 他国の者が日本人になりすまして下心のある誹謗中傷に惑わされるべきでは ありません。彼等、(偽装日本人)には国を守るために華と散っていった特攻隊員の美しい心・清冽な精神等は100%理解不可能な民族なのでしょう。 KRさん、特攻隊とは我々日本人の持つ日本精神の究極の精華です。つまり、 この心の美しさが理解できるか否かが真の日本人か否かを判別するリトマス試験紙になると思うのですが、KRさんは如何お考えでしょうか? ではさらばです、又会いましょう。 |
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無題 発言番号:3 名前:鍾軌 46歳 2004年11月28日00時17分 KRさん、らしいトピですな。 小生、前にどこかで書いたとは思いますが、(特攻隊)については 否定的です。航空機が戦闘中被弾し、且つ、帰還できない状況での 特攻(自発的行為)には敬意を表します。 だが、死んで来いと言う(特攻命令)には賛同は致しかねます。 なぜならば、死んで来いなどと発するは、すでに命令の限界を超えており、指揮官、参謀の無能さを露骨に繁栄していると思うのです。 加えて、特攻の発案者が(整備曹長)であることも否定的な要素の1つに上げられます。 また特攻した若者のほとんどが航空作戦に参加したことがなく、空中戦の回避訓練でさえまともにやっていません。 特攻は志願だが、血気盛んな若者を前に志願者を募れば、誰しも手をあげるであろう。空中戦は技量未熟上、禁止されており。基地に居れば、戦友の死の知らせが毎日のように報告される。 そのような彼らに、他に選択肢はあっただろうか? 心中察するに、あまりにも忍びないですな。 特攻は、個人の最終戦闘手段であって、作戦として用いてはならないと言うのが小生の考えです。 最後に、いまだ深い海に沈みし屍を思い。謹んで哀悼の意を表します。 |
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リトマス紙になるかどうかは別として・・・ 発言番号:4 名前:KR 44歳 2004年11月28日00時52分 特攻自体、作戦上は外道の何物でもない・・という事は、発案者とされてる 大西滝治郎中将自身も認めてる攻撃方法でした。(彼は終戦後、特攻で死んでいった者たちを追う形で自決しましたが) 昭和19年10月20日、第一航空艦隊司令長官大西中将は「捷一号作戦」を完遂する為爆装戦闘機による特別攻撃隊を編成・・これが組織的な特攻の初陣でした。この時期すでに連合艦隊は空母中心の機動力は壊滅状態、辛うじて大和・武蔵以下の戦艦を主力とした最後の連合艦隊は、栗田中将指揮下の元にレイテ湾に終結した米国輸送船団撃滅を作戦とした「捷一号作戦」敢行、その 作戦を遂行させるべく、小沢中将率いる囮艦隊「空母瑞鶴・軽空母瑞鳳、千歳、千代田」となり、米空母部隊を率いていたハルゼー提督を一身に引きつけ 海の藻屑となりました。 圧倒的な戦力と物量の米軍に対して、機動力すら持たない連合艦隊をサポートする形で昭和19年10月20日敷島隊・朝日隊・山桜隊がマバラカット出撃、その後10月30日まで攻撃が繰り返されました。これが特攻の初陣です。 「いずれにせよ、特攻を単純化し、無駄死にであったとか犬死にであったなどと言う人間を私は許すことができません。私はそのような言い方は特攻隊員の方々に大変失礼であると思います。すべての欲望を捨て、ある人は国のことを想い、またある人は愛する家族、恋人のことを想い、またある人は戦後の日本民族を思いながら出撃して行かれたのです。 私は日本人として特攻隊員の方々を誇りに感じています。いえ、誇りに感じるだけではなく、人間としても大変な方々であったと思っています。出撃の何ヶ月も前から特攻するための厳しい訓練を耐え抜き、自らのためではなく、国のため愛する人々のために自らの命を捧げた方達、このような方々が英雄ではなくて何になるでしょうか。 」 上記はとあるHPからの抜粋です。 私個人として気持よりも「特攻の母」と言われていた知覧飛行場の近くで「富屋食堂」を営んでた故・鳥浜トメさん(映画ホタルでは彼女の真意を正確に描かず、彼女の存在だけを反戦に利用した)の終戦後の言葉が適切ではないでしょうか? 「あの人たちはお国のために尊い命を犠牲にしたんだよ。たった一つしかない命を投げ打って死んでいったんだよ。それを忘れたら罰が当たるよ。日本人なら忘れていけないことなんだよ」 ・・・・・戦後、彼らのことを犬死と評してきたこの日本社会に、罰が下されているのが・・・今じゃないでしょうか? |
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結局、 発言番号:5 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月28日01時27分 「魂なき繁栄は亡国と同じ」ですね。日本人としての誇り、日本民族としての 矜持を自ら捨てて、悪魔(米国)に民族の魂を売り渡した代償に偽りの、 見せかけの繁栄を「投げ与えられた」に過ぎないのが今の日本です。 日本の建て直しには日本人としての誇りを取り戻し、日本人の魂・精神を 呼び覚まし、甦らせる事から全てが始まるのではないでしょうか? バカな民族には分らないでしょうが、民族の魂と誇り無き繁栄はもう、たくさんです。魂なき、太った豚の国に転落して堕ちたくはありません。 戦後、軍備を弱小に押さえ込まれた日本に米英ソ中が本腰を入れて武力侵攻しなかったのは日本は追詰めると、何をするか分らない国だと言う、特攻隊の 遺産とも言うべき恐怖の抑止力が働いた事を見逃してはなりません。 大空に散って逝った特攻隊員達は、その信念通り死して後も「護国の鬼」となってこの日本の国を守り続けて来たのです。彼等の美しい心を、尊い犠牲を、 我々日本人であるならば、決して忘れたり、仇や、おろそかにしてはなりません! それは我々日本人の義務であり、民族としての責任です。そして、名誉であり、誇りでもあります。イタリア如きの様に、ロクに戦いもせずあっさり降伏 する降伏病、戦争途中で必ず同盟国を裏切り、敵に寝返る背信病の国とは 我が日本はレベルが違うのです!レベルが! KRさんや皆さんは如何お考えでしょうか? ではさらばです、又会いましょう。 |
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鍾軌さん・・・久し振りです。 発言番号:6 名前:KR 44歳 2004年11月28日03時50分 最近の発言は読ませていただいております。 特攻が作戦上・・外道である事は私も同感です。戦術的部分と、参謀本部の 無能さに関してはある種の憤慨も隠せません。ただし、特攻に赴く気持(その原型)たるものは、我が国の歴史の中に脈々と息づいてきたもののような気がしますが。そのような犠牲的精神が何時の頃から・・日本に根付いたのかは諸説があるでしょうが・・・・。 確かに強制的に特攻に赴かされた者もいるでしょう。また純粋さゆえの愛国心で特攻に赴いた者もいるでしょう。ただ私・・純粋な愛国心を抱いて海の藻屑と消えた英霊と先の大戦での犠牲者の想いを・・軽々しく「犬死」と言葉と反戦の旗頭にしている人々に?という気持ちを述べております^^ |
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戦術的にみれば、 発言番号:7 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月28日13時57分 特攻は最期の手段、大西中将が言う様な、「統率の外道」です。指揮官や、 戦争指導者達もそれは十分分っていた事です。 しかし、鍾軌さん、ではお尋ねしますが、あの時点で他に選択肢、手段があったのでしょうか?VT信管や射撃管制レーダ、針ネズミの様に機銃を増強した 米艦隊に、あなたならどんな戦法で、どんな作戦を立て、米軍の本土進攻を防ぎ、南方の資源地帯から重要資源を本土の工業地帯まで無事に輸送できるのですか? ドイツ軍の様な科学力も、米英ソの様な膨大な物量も津波の様に兵器を量産 してくる生産力も無い当時の日本に、他に一体どんな有効な戦法が、作戦が 取り得たのですか?! 特攻隊員達の悲壮な護国の決意はコメントされていますが、それを可愛い部下達に命じなければならない指揮官や司令官、戦争指導者達の悲しみや、苦しみ、苦悩は全てご存知の上でのご発言でしょうか? 今の日本の国力・技術力・生産力で当時の戦争を云々すべきではありません。 特攻を批判する方は、ならば自分がその当時の追詰められた日本の戦争指導者 ならば他に、どんな代替手段があるのか公表して議論すべきです。 批判のための批判はクソの役にも立ちません! 鍾軌さん、他の皆様方は、如何お考えでしょうか?どうか、忌憚のないご意見 と分析を聞かせて頂きたいです。 ではさらばです、又会いましょう。 |
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戦術的に・・・・となると 発言番号:8 名前:KR 44歳 2004年11月28日17時32分 ミッドウェィーとマリアナ沖海戦(正規空母6隻)で日本の機動部隊は 事実上壊滅状態になり、熟練パイロットと母艦機の損失して迎えた昭和 19年10月からの「捷一号作戦」は、結果論から考えずにそれまでの日米の状況から考えて、実行する必要性があったか否か・・・この部分が「特攻」作戦を考える上で重要なポイントじゃないでしょうか。 仮面さんご指摘の米軍の科学装備「VT信管」「射撃管制レーダー」等を米軍が装備している事実は、先のマリアナ沖海戦で経験していたわけですね。にも拘らず敢えて特攻作戦を敢行せざる終えない状況とは何だったのでしょうか? 仮に特攻を純粋なる軍事作戦として考えても、その運用方法には大きな問題点が見えてきます。米軍の対空防御を先に経験して「マリアナの七面鳥撃ち」と揶揄されるほどの被害を受けていた経験が、まったく無視されてる形です。(マリアナでは母艦機の90%が撃墜されている) 作戦として外道にも拘らず、敢えて作戦として敢行するならばもう少し組織的な運用方法も考えられたのでは?と言うのが本音です。 特攻初陣時の隊員熟練度は、その後に特攻に赴いた隊員より錬度は遥かに熟練されてました。それでも航空機の運用方法や攻撃目標の選択ミスなどで戦果は得られてません。 当時の参謀本部や作戦指導者の間違った認識と過去の敗因分析がずさんだった事もよく批判されています。確かに一部ではまったく現実にそぐわない、また過去の敗因を正視せずに精神論での指揮官や指導者も存在したことは事実です。 そのような状況でなぜ特攻を敢行したのか・・・その原因をは下記戦果に起因していると思われます。 「昭和19年10月25日午前7時25分、マバラカット基地を直掩機4機と共に出撃した零戦5機からなる敷島隊は午前10時40分にスルアン沖に機動部隊を発見。機動部隊は直前の日本艦隊との戦いで傷ついており、その疲れが幸いし敷島隊の特攻は見事に成功する。まず護衛空母「セントロー」を轟沈。その他ホワイトプレーンズ、キトカンベイカリーニンベイにも損傷を与え、任務を見事に遂行したのであった。 わずか5機の爆装零戦がこれだけの戦果を記録した例は他にない。さらに特攻の狙いである「一機で一艦を屠る」ことも達成された。軍部はこの大戦果を受けて特攻を本格的に採用していくのであった。 しかしこのセントローの轟沈は実は、格納庫内の爆弾、魚雷の爆発や高オクタン価ガソリンの火災によって8回もの誘爆を繰り返して起こった沈没で、それはまさに奇跡とも言える轟沈で、別に特攻自体に神がかり的な力があったわけではない。だが海軍はそんなことは知らずにただ、特攻作戦の全面採用を押し進めていく。なお、大西中将は特攻には反対であり、体当たり攻撃は本作戦のみと言っていたそうである」 また補足して言うのであれば、対空砲火もまともでない日本の軽空母以下の護衛空母だからこそ、体当たりが成功したともいえます。 上記の幸運なる戦果が、その後の特攻至上主義に大きな影響を及ぼしたことは確かではないでしょうか? |
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追加補足 発言番号:9 名前:KR 44歳 2004年11月28日17時44分 ただし・・戦争末期の戦略として考えた場合、下記の内容は言えると思います。 戦術的に見ても戦略的に見ても実施すべきではなかった特攻作戦。それは誰が見ても明らかだが祖国の危機を救うためにただひたすら勝利を信じて死んでいった若者たちがいたことも事実だ。通常攻撃に徹していたら300隻以上の敵艦に損害を与えることはできなかったし、もしかしたら 占領後の日本の運命も変わっていたかもしれない。 特攻で示した日本人の死に様とプライドが辛うじて日本のあるべき姿を示しているのではないでしょうか? 大西中将の遺書 特攻隊の英霊に日す。善く戦ひたり深謝す。最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり。然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに到れり 吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす。次に一般青少年に告ぐ。我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ、聖旨に副ひ奉り自重忍苦するの 誡ともならば幸なり 隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ。諸子は国の宝なり平時に処し猶克く特攻精神を堅持し日本民族の福祉と世界人類の為、最善を尽くせよ。 |
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彼らは犬死にではない。 発言番号:10 名前:鍾軌 46歳 2004年11月29日00時04分 KRさん。小生も左翼連中がよく言う、(犬死)(美化)このような 言葉には納得がいかない人間です。 作戦を考えた上層部と隊員は 別に考えなければならない。 ただ、特攻作戦末期には、すでに戦果が期待できないにも関わらず、作戦を実行した事が許せないのです。 なたね油や、しょうこん油。このような物まで燃料にし、300機以上の敵機が待ち伏せしている空域に、たかだか10数機で強行突撃。 あの時代、航空機に限らず、特攻志願者をつのれば雪崩のごとく志願者が殺到したでしょう。 だが、戦果のまったく期待できない作戦は 実行するべきではなかった。 だが彼ら(隊員)のとった行動は日本人として、評価しなければなりません。当然の事です。死を覚悟の特攻は、自分の為ではなく、ましてや軍の為でもない。ただ、純粋に日本を救う為の行動なのですから。 その隊員が眠る靖国に、どうどうと我が国の首相が参拝できない。 こちらのほうが、よほど頭にきますな。 |
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おっしゃるとおり・・・堂々と靖国へ行くべきでしょ! 発言番号:11 名前:KR 44歳 2004年11月29日01時29分 ただ・・戦果が全く無いとは言えない部分もあります。 艦種別戦果 空母 軽空母 護衛空母 戦艦 重巡 軽巡 駆逐艦 その他 輸送船 合計 沈没 3 12 18 20 53 損傷 20 3 17 14 6 8 138 67 106 379 合計 2 3 20 14 6 8 150 85 126 432 作戦方面別戦果 作戦方面 期間 出撃機数 命中数 命中率 沈没 損傷 戦死傷者 フィリピン 19年10月〜 20年1月 650 174 26.8% 19 102 未詳 硫黄島 20年2月 25 10 40% 1 4 死・323 傷・172 沖縄 20年3月〜 20年8月 1900 295 15.5% 33 275 死・3593 傷・3400 合計 19年10月〜 20年8月 2575 479 18.6% 53 381 死・3916 傷・3572 この結果をどのように考えるかは皆様の判断にお任せします。 ただ通常攻撃でここまでの戦果が出せたか?・・マリアナ沖結果を前提に考えると通常攻撃以上の結果ではないでしょう?また英霊の犠牲をここでしっかりと確認する事も・・彼らに対する追悼でもあると思います。 無駄死にではありません。 |
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上・・数字の位置が^^ 発言番号:12 名前:KR 44歳 2004年11月29日01時30分 すみません・・・数字の位置が^^ |
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KRさん、私は最初から犬死(無駄死に)ではない、 発言番号:13 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月29日15時20分 と発言してますよ。さて、KRさんご指摘の戦術面の事ですが、今回はなぜ あの様な無謀な特攻作戦を強行したのか?と言う日本海軍の戦術思想の面から 検証してみたいと思います。 日本海軍の戦術思想は日本海海戦の奇跡的大勝利で決まりました。つまり、 戦艦による艦隊決戦でこそ、戦争の勝敗は決まると思い込んだ様です。 本来、海軍は自国の通商保護の為に誕生したのですが、当時の貧乏だった日本 と帝国海軍には戦艦による決戦兵力と、軽巡・駆逐艦を主体とした船団護衛戦力の双方を同時に整備する力はありませんでした。そこで、必然的に主力艦 による艦隊決戦に勝利すれば、制海権も握る事ができ、戦力に余裕が生じれば 護衛戦力にも艦船を廻せると言う、艦隊決戦を基にした帰納法的思考です。 従って戦艦が主力で、重巡は小さい戦艦であり、軽巡は小さい重巡であり、 駆逐艦は小さい軽巡であると言う思想で建艦していました。この中には重要 資源の本土輸送を主眼とした海上護衛思想も、潜水艦を相手にした対潜戦力も ありません。全て決戦思想です。 しかし、日本の優秀な造船技術に脅威を感じた米英の策動でワシントン・ロンドン両軍縮条約で主力艦は5:5:3、補助艦は対米6割に押さえ込まれ 水上戦力では対米英劣勢となってしまいました。 そこで、劣勢な艦隊戦力を「何」を以って補うのか?と言う研究が始まりましたが、その一つが潜水艦による敵艦隊漸減であり、航空機による敵艦隊攻撃です。山本五十六に言わせれば「安い歩(航空機)で高価な王将(戦艦)を沈められるなら最高の(手)だよ。」となる訳です。 更に大戦中、あの無能で有名な南雲忠一は部下の搭乗員達から、余りにも頻繁 に航空隊のみ酷使するので、「あいつ(南雲)は、搭乗員を魚雷か大砲の弾と 勘違いしてるのではないか!」と反発されていたそうです。 これ等を総合して考えると、日本海軍にとって航空戦力とは、一部の先進的 指揮官は別にして、敵艦隊との戦力差を埋める安価で手軽な(戦艦建造の費用 と期間に比較して)補助戦力との認識しかなかったと結論付けできます。 更に、マリアナの「七面鳥撃ち」を経験したのに戦訓を活かせなかったとの 指摘は日本軍の教育は学校で習った事に関しては優秀な戦績を修めるが、未知の事、新しい分野に関する事には戦訓の収集と分析、全体への普及等は重んじ なかった、兵学校で教育してなかったのです。 次ぎに、学校で習わなくても個人の資質・努力で研纂してきた山口多門、 高柳丈一(レーダー戦論者)、山本五十六等、の頭脳が柔軟で敵から学べる 高級司令官は次々と戦死して行きました。栗田や富永と違って真面目に勇敢 に戦った者は最初に戦死するんですよ。後は教条主義の石頭ばかり、以って 冥すべしです。 で、戦争末期の海軍上層部が何を考えたか?と言うと44年にドイツがイタリアから連合国に引き渡されるローマをフリッツXで撃沈した情報は日本にも 流れてきました。本当は海軍もそう言う誘導弾を作りたかった。しかし、その 技術はない。今からドイツから技術を導入するのでは間に合わない、 となると、誘導弾の誘導ジャイロの部分を人間に置き換えれば人間誘導弾が できるのではないか?と言う議論はあったそうです。 しかし、そこが海軍の違う処で人間誘導弾化=特攻には猛反対が強かったのです。そして内部で万一特攻を行った場合、どの程度の戦果が見込めるか?と言う会議が内密にありました。特攻賛成派の論拠はマレー沖海戦でレパルスと プリンスオブウェールズに80機の航空攻撃で損害は3機であり、大多数の特攻機で公算爆撃的に特攻したら確率上大戦果を挙げられると言う物でした。 ですが、特攻反対派の論拠は「マレー沖海戦の頃は英海軍の対空兵装は貧弱で しかも、自国のスピードの遅い航空機に合わせて訓練していた。だから、 優秀な搭乗員の技量と合わせて大戦果を挙げられた。しかし、今は違う、 敵の対空兵装は強化され、艦隊の防空戦力も増強されている。航空攻撃の戦訓 にするならマリアナ沖海戦にすべきだ!」と強い反対があったそうです。 最終的に反対派の強い反対を押し切って特攻を強行した裏には、米国と日本の 人命の価値・比重と言うべきか、民主主義で兵士であると同時に有権者でもある米軍は兵器や艦艇の損害より人命の損害の方が議会で激しく追及・指弾される。一方、日本は兵士・搭乗員の教育コストは別にして軍人は「死ぬ事と見つけたり」の文化ですからある程度、戦死者が出ても米国ほど指弾・追及されない。 従って、例え米軍より日本の特攻隊の方に戦果より戦死の方が多い結果に終わっても、米軍に血の出血を強いる事によって、米議会と国民に厭戦気分を出させ、米国との有利な講和ができるのではないか?と言う、ベトナム戦争でべトコンが米軍に強いた出血戦略・吸血戦略とも言うべき事を考えていたそうです。 KRさん、弱小国が戦争に勝つには、又は有利な講和をするには「何でもあり」なんですね。後進国程、人命・人権の比重が軽いんですよ。 KRさん、皆さんは如何お考えですか? ではさらばです、又会いましょう。 |
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仮面さんの気持ち・・十分に理解してますよ^^(犬死ではない) 発言番号:14 名前:KR 44歳 2004年11月29日19時03分 仮面さんのご指摘の戦術面での流れは私も十分に理解しております。 ●「これ等を総合して考えると、日本海軍にとって航空戦力とは、一部の的 指揮官は別にして、敵艦隊との戦力差を埋める安価で手軽な(戦艦建造の用 と期間に比較して)補助戦力との認識しかなかったと結論付けできます。」 これに関してそういう考えはあくまでも真珠湾以前の考え方だと思います。開戦前は海軍においても艦隊決戦思考が幅を利かせていたのも事実。唯一山本五十六等の進歩はの軍人が「航空戦力が勝敗決する」と言う思想であったのも事実ですね。 もともと、真珠湾攻撃以前において、航空機で艦隊を殲滅できると言う考え方はある種の夢物語的部分もありました。山本五十六が何故に真珠湾を敢行したかと?その根底には「これからの戦争の形態の変化を見極める先見の目があった事と、タラント攻撃( イラストリアスによるタラント軍港への夜襲などがあった。 特にタラント軍港の夜襲では、新型戦艦リットリオ(Littorio) 旧型戦艦カイオ・デュイリオ(Caio Duilio)とコンテ・ディ・カブール(Conte di Cavour)を擱座させ、 さらに重巡洋艦トレント(Trento)の艦橋にも爆弾1発を命中させ世界の注目を集めた)においてより航空兵力中心の戦争体系に核心を持ったものと言われてます。 そして、真珠湾では予想を上回る大戦果をあげてしまいました。ここから 航空機と機動艦隊中心の海上作戦が本格的に動き出すわけですね。 故に、開戦前夜においては補助戦力的な認識ではあったが、一夜にして自他とも認める中心戦力になったと言うほうが適切だと思われます。 さて、その航空機に関してですが、開戦以前から仮面さんご指摘の補助戦力と言う考え方があり、初期の段階は一対一の武士道的な(騎士道)戦法が主流でした。そのため如何に相手の後ろに位置できるかと言う、運動性能と攻撃力に開発の重点が置かれ、操縦士の防御と機の耐久性にさほどの重点は置かれませんでした。その代表例が「零式艦上戦闘機」ですね。 その後、騎士道的な一対一の戦法から集団攻撃戦法などいろんな戦術が運用されていく過程において、上昇力と防御性能が最重要要点となってきました。 自ら世界に航空機を中心とした戦争体系を示しておきながら、航空機開発とその航空機による攻撃への防御を速やかに研究・開発できなかった国力の違いがやはり大きな原因でしょう。 それに加えて仮面さん御指摘の人命に関する民族の意識の違い、また倫理観や社会システムの違いが「特攻を容認」する土壌を作り上げていったと思います。 さて、では何故に現実的にあまり戦果が得られない特攻に頼らざる終えなかったか?・・・・戦力とその技術の差を精神力でカバーする?簡単に総括すればそうなりますが、あくまでも私的考えで様ような記録をもとに推測するに 1.限定的作戦であったマリアナ沖海鮮における特攻初陣で、偶然にも大戦果 を挙げた。 2.その後、通常攻撃での戦果が期待できない程の戦力格差と技術格差に対し て、日本特有の精神論での攻撃思想「肉を切らせて骨を絶つ」と特攻を 組する事で、米軍に対する精神的な抑圧効果を含めた戦果が期待できる 打開策と位置づけた。 3.仮面さん御指摘の、「人命の価値=軍人の生き様」を利用した上層部の 究極的な作戦指導行為。 4.集約的に考えれば・・・「米軍に勝るものは精神力のみ」という哀しき 現実を突き詰められて、そこに祖国防衛の意義を見出した。 等など・・推測できますけど・・・・上層部の無策を別にして考えれば 「日本人が持ちえる崇高な犠牲的精神」・・・だったのでしょう。 どうもまとまりが悪くてすみません^^ |
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冒頭で、ご指摘のように、 発言番号:15 名前:風来坊 39歳 2004年11月29日21時02分 過度の「人命第一主義」、「人道主義」、「平和主義」という価値観とあわせて、 義務を伴わない、強度の『個人主義』もっといえば、自己中心主義に、ながれがちな現代を生きるの我々に、自己犠牲の精神の究極の昇華とも言える、”特攻”を理解しろ、ということ自体に無理があるのではないでしょうか。 少なくとも、60年間にわたって、営々と洗脳され続けてきた民族ですから…、 しかし、隊員の方々の遺書を拝見するたびに、ただただ涙するのみならず、どなたにも当てはまるのですが、その精神的なタフさとその悟りをひらいたかのごとき精神性には、わたしを含めて現代の快楽に浸りきってすっかり人間としても退化してしまったかのごとき若者とを較べるからでしょうが、ただただ、尊敬の念をいだくのみです。 わたしも、みなさま方同様、ただ単純化して悲惨な戦争の犠牲者で、軍国主義者に洗脳されたが故の、「犬死」などという輩を、心底許すことができません。 愛するわが国、そして、日本人のために南海に散っていかれた方々は、間違いなく、英雄です。 そのわが国の英雄が祭られた、靖国参拝を、また来た道へ戻る云々という事こそ、失礼ではないでしょうか。 |
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ところで、 発言番号:16 名前:風来坊 39歳 2004年11月29日21時21分 作戦指導/立案上は、決して許されるべきものであったとは思いません。 このあたり、どちらかというと、鍾軌さんの考えに近い意見をもっております。 しかしながら、矛盾するようですが、 戦術的には、かなりの効果があった、作戦ではあったと考えています。 昭和19年6月のマリアナ沖海戦以後、 米軍の強まる攻勢、あるいは、新型機の配備など度重なる不利、不手際により、 開戦以来のわずかな熟練パイロットもほぼ払い底した状況で、未熟練のパイロットのみで、最も熟練を要するといわれる、対艦攻撃を実施する際に、これ以外の有効な手立てが残されていたでしょうか。 このあたりは、タキシード仮面さんのご意見に近いものであります。 KRさんより、ご指摘のように、 特攻機による命中率が、延べ均して、約20%(撃沈率とは少し異なりますが、)、(初期の頃の比較的熟練したパイロットの結果も含まれますが…) というのは、かなりの効果だと思われます。 ちなみに、 マリアナ沖開戦では、 わが国は、約600機の航空機を投入し、そのうちのなんと、約500機を喪失しますが、戦果はほぼ、ゼロ、 それを考えても、かなりの効果があったとしても仕方がないのではないでしょうか。 次に、期間を通して、約300隻の敵艦船に損害を与えています。 この300隻の評価をどうとるか、という問題はありますが、 少なくとも、硫黄島上陸、沖縄上陸そしてその後に続いたであろう、本土上陸作戦の作戦計画に大幅な狂いを生じさせたという事実は、評価してしかるべきだと思われます。もちろん、特攻だけがそのファクターだとは申しませんが、 大きなファクターのひとつであったのではないでしょうか。 もう一点、特筆したいのは、このおくれが、本土上陸作戦(オリンピック作戦)実施を遅らせることにつながり、 ひいては、本土での一億総玉砕を防ぐとともに、 ソ連の本土進駐防ぐための時間をわが国に与えたということができるのではないでしょうか。 戦略的にはともかく、 戦術的には、一矢を報いるとともに、 日本人の意地を見せるとともに、 その後の発展の礎となったのではないか、と考えております。 |
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ちなみに、ドイツ空軍は零戦をどう見ていたか? 発言番号:17 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月30日00時34分 戦前、日独軍事技術交流で零戦を手に入れたドイツ軍は「日本はゼロ戦を採用 すれば戦争に負ける!」と断言したそうです。 慌てた日本側がどう言う理由か?と尋ねた処、「ゼロは優秀な機体だが訓練飛行時間が800時間もかかるパイロットしか乗りこなせない機体なら総力戦に なった場合にパイロットを急速養成できない。ドイツのメッサーシュミット は訓練飛行時間300時間以下のパイロットでも十分性能を引き出せる様に 設計されている。ゼロ戦は近代戦向きの設計ではない。」と言う意見でした。 ドイツはベルサイユ条約で空軍を禁止されていたので伝統の蓄積がありません。そこで熟練を要する格闘戦や巴戦は一切否定して大量生産向きの設計の 航空機を大量生産し、大量に養成したパイロットを配備する事で、戦法はただ 一つ、一撃離脱戦法に徹して伝統と熟練を誇る英仏空軍に良く対抗しました。 大空軍を建設するには、「割り切り」が必要だと言う事ですね。更に一般の ドイツ空軍パイロットのゼロ戦評は、「こんな防御鋼板も無い自殺用の航空機 にドイツ人なら乗らない。ゼロの格闘戦能力と航続距離はパイロットの命を 犠牲にして得られた物だ。」と言う見方でした。 それに対して日本海軍のベテランパイロットは「ヒヨッ子の素人は多少航続距離が落ちても防御鋼板のある機体に乗れば良いし、ベテランは重いだけの鋼板 なんか不用だから、少しでも軽くしてスピードと旋回能力があれば良い。」と言う意見だったそうです。 私的には、メッサーの様に大量生産に向いた設計で素人パイロットでも操縦 しやすく、撃墜され難い機体(ゼロ戦52型の改良版的機体)にこれ又大量 養成のパイロットを配備すれば機体と搭乗員の消耗も史実より少なく、 特攻も不要だったのに・・・。と思うと無念でなりません。 各種技術や機械をシステム的に組み合わせ、一つの働きをさせると言うシステム思考、システムエンジニアリング思想に日本人は欠けるのではありませんか? ヒトラーにサル呼ばわりされても仕方ないですね・・・。 ではさらばです。 |
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日本海軍の愚かさ故の敗戦 発言番号:18 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月30日01時07分 航空機の機体に関しては前に述べましたが、私は日本海軍が航空決戦主義に よって戦ったとする論者がいたので(KRさん、ごめんなさい)それに 一言。 戦前、航空兵力が補助兵力扱いされていたのに真珠湾の成功で主戦力に躍進 した。と言う見方ですが、私は?と思います。なぜなら、航空機で戦艦を撃沈 できる事を証明してしまった以上、敵は日本の空母を血眼になって沈めようとするのは分り切った事です。 ならば「卵のつまったバスケット籠」と揶揄された空母を米軍の輪形陣の様に 戦艦や重巡、軽巡、駆逐艦でビッシリ守り、戦艦部隊、空母部隊と言う艦種単位の部隊ではなく陸軍の師団制の様に空母と戦艦と重巡、軽巡、駆逐艦を 一つ単位としてセットにして運用する事に戦艦派は最期まで反対し、協力しませんでした。 本当に航空決戦主義に転換したのなら艦隊運用もそれに適した様に改めるべきなのにそうしてません。又、本来航空作戦でなく、水上(艦)作戦でなんとかなる事であっても航空隊・機動部隊は「便利屋」的に酷使された感があります。 機動部隊、航空隊を戦略兵器・決戦部隊として認識せず、米英は戦艦を船団護衛、機動部隊の護衛、敵地艦砲射撃、囮任務と酷使したのに航空戦力を少しでも温存・増強する事に協力しようとはしていません。 これを見ると、太平洋戦争の実態は航空戦に移行したにも関らず、日本は 航空戦力を消耗させる様な戦争指導にのみ安易に走っています。 更に、米国との生産力格差を考えれば真珠湾は航空機でなく戦艦でやるべきでした。日本が戦艦で戦果を挙げれば彼等も戦艦を量産した筈で、そうすれば 史実より多少なりとも空母と航空機の生産量を減らしてくれるハズでした。 そうなれば大和級の存在が光ってくる。大和が活躍すればする程、米軍は戦艦 を出してこざるを得ない。戦争継続力と言う観点からは航空決戦主義と言う 切り札を最初から出してしまった日本はイタリア以上の大アホです。 KRさん、風来坊さん、皆さんは如何お考えでしょうか? ではさらばです、又会いましょう。 |
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確かに^^ 発言番号:19 名前:KR 44歳 2004年11月30日01時07分 「ゼロは優秀な機体だが訓練飛行時間が800時間もかかるパイロットしか乗りこなせない機体なら総力戦になった場合にパイロットを急速養成できない。ドイツのメッサーシュミットは訓練飛行時間300時間以下のパイロットでも十分性能を引き出せる様に 設計されている。ゼロ戦は近代戦向きの設計ではない。」 それは言えますね。一外的には比較は難しいと思いますね。例えば「バトル・ オブ・ブリテン」にいて仮に護衛機がゼロ戦だったら、ロンドンは完全に廃墟となってたんじゃないですか?^^ただし仮面さんご指摘の部分は確かにそういえると思いますね。 風来坊さんご指摘の戦果に関して・・私も同意見ですね。 特攻の行為とその戦果が終戦後の日本の方向性に多少なりとも影響を及ぼした事は間違いありません。 |
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確かに、 発言番号:20 名前:風来坊 39歳 2004年11月30日01時49分 わが海軍の用兵思想には、たしかに、 タキシード仮面さんご指摘のように、首をかしげたくなることが多いのも事実です。 飛行機を大事にするあまりパイロットの補給というか、 交代要員にまで頭が回らなかったのか、回す余裕がなかったのか…、 いずれにせよ、大村益次郎考案の百姓を兵隊にするという発想と、 それに抵抗した武士という構図にも似たものを感じてしまうのは、わたしだけでしょうか。 『大空軍を建設するには、「割り切り」が必要だと言う事ですね。更に一般の ドイツ空軍パイロットのゼロ戦評は、「こんな防御鋼板も無い自殺用の航空機 にドイツ人なら乗らない。ゼロの格闘戦能力と航続距離はパイロットの命を 犠牲にして得られた物だ。」と言う見方でした。』 確かにそういう部分はあるのでしょうが、 すこし、海軍部の肩を持つと、 やはり悲しいかな、当時の後進国と先進国の技術格差というか、 しょせん零戦は、1 000馬力クラスの戦闘機でして、Bf109とはほぼ同時代とはいえ、エンジンの出力その他を取ってみても、かなわない。 でも、最高速度そのほかの要求値は、当時の最先端に近いものを要求されていたわけで、 Bf109と同等の性能を得るためには、 急降下の性能を犠牲にし、防弾鋼板も省略し、という極限までの軽量化をしなければ成し得なかったことでしょう。 ですから、一概に割りきりとも言い切れないと思います。 当時のわが国の技術水準を現在のそれに当てはめて考えるのは、少し、危険なような気がします。 『それに対して日本海軍のベテランパイロットは「ヒヨッ子の素人は多少航続距離が落ちても防御鋼板のある機体に乗れば良いし、ベテランは重いだけの鋼板なんか不用だから、少しでも軽くしてスピードと旋回能力があれば良い。」と言う意見だったそうです。』 これとて、大馬力のエンジンがあれば、 両方を得ることが出来るわけでして、 例えば、P51や、フォッケウルフのTa152などはまさに、その典型だと思われます。もし、その搭乗員の方が、それらに搭乗する機会があれば、果たして同じ意見をもちえたかどうか…?? こればかりは、ifの世界ですから… もちろん判りませんが、 ただ、ひとつだけいえるのは、 明治維新以来、 良くぞここまで、追いつくことが出来た…、 ということを考えると、まさに感慨深いものがあります。 そして、その戦前のそうした積み重ねが、戦後、 アメリカ式の大量生産システムという概念と結びついて、 一気に花開いたのでは、なかろうかと… すみません、脱線してしまいました。 |
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必敗の確信・・・・ 発言番号:21 名前:KR 44歳 2004年11月30日05時09分 必敗の確信 ああ実に昭和17年よりの確信が今にして実現する このさびしさ 誰が知ろう さらば さらば みんななくなる すべては消滅する それでよいのだ いわばそれは極めて自然なる過程ではないか 亡びるものは亡びよ 真に強きもののみ発展せよ それで よいではないか しかし我々は盲目だ ただ 闘うこと それが我々に残された唯一の道 親しかりし人々よ・・・・・闘わんかな 南九州の制空権 すでに敵の手中にあり われらが祖国まさに崩壊せんす 生をこの国に享けしもの なんぞ 生命を惜しまん 愚劣なりし日本よ 優柔不断なる日本よ 汝 いかに愚かなりとも 我ら この国の人たる以上 その防衛に奮起せざるをえず |
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不死身人間 発言番号:22 名前:鐘軌 46歳 2004年11月30日14時02分 なかにはこんな不死身人間もいたね^^; (海軍)川戸正次郎。18歳で空戦に初参加。 5回撃破され、内4回落下傘効果。体当たり3回(失敗) だが撃墜も19機の記録保持者。 ラバウル上空では、こともあろうに敵機、延べ300機に 2機で立ち向かう^^; 米海兵隊トップエース、ボインドン機(撃墜) 機種変更後(複座改造零戦)でオーストラリア海軍と戦闘中 同海軍(駆逐艦)の砲弾を浴び被弾(撃墜)される。 それでもなを死ななかったが、捕虜になるよりはと拳銃で頭を 撃って自決。 だが死がなかった。 奇跡的な回復をみせた彼は戦後は北太平洋横断に成功してます。 むろん、艦船に体当たりして撃沈したほうが、戦果としては 大きいが、生きていればの19機撃墜です。 彼は3度体当たりを心みて失敗に終わったが、この3度の 体当たりは独断です。 KRさん、小生がいわんとしている事がお察しできれば 幸いなのですが。 ただ、私くしとて特攻で散った若者がいるからこそ、今日の 日本があるのだと固く信じております。 |
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鐘軌さんへ 発言番号:23 名前:KR 44歳 2004年11月30日21時36分 理解できますよ・・・鐘軌さんが言わんとすることは。 ただ、英霊の犠牲と引き換えに得られた戦果を総合的に考えて生きたいだけです^^ さて、ふと思うのですが・・・・・ 通州に関しても、この議題に関しても「人命尊重主義」や「人道主義」を高らかに掲げて自説(?)を披露していた人々の発言がまったく無いのは?・・・どういうことでしょうね^^」 「大東亜戦争が侵略か否か」ではここぞとばかりに「人命尊重主義」や「人道主義」を押し出し、正義の御旗を振ってた人たち・・・・・ 議題が具体的な戦争における人命の価値観となると音沙汰が無い? おかしいでしょ? |
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ドーバーの件は知っていますが、 発言番号:24 名前:タキシード仮面 27歳 2004年11月30日23時34分 その事を言うと話が大きくなると思い、ドイツ空軍からの視点、ドイツパイロットのゼロ戦評に絞って議論を進めました。説明不足ですね。 まず、前出の日本海軍のベテランパイロットですが、彼は同時にこう言ってます。「例え、防御鋼板なんぞ無くてもパイロットの「腕」さえ良ければ関係 ない!ゼロ戦の航続距離からすれば空母なしで十分、英本土で大暴れできる。 ドーバーで無様に塩水を飲む様なマネはせんのだ!」と広言してドイツ人 パイロットと大ゲンカしたそうです。 言われっ放しじゃなかったと思い笑いが止まりませんでした。さて、ゼロ戦の 航続距離の秘密は軽量化と翼内タンク、落下タンクですね。(沈頭鋲は別) 処が、ドイツ空軍のアホさ加減と言うか、落下式タンクに関しては、ドイツ空軍もスペイン内戦で使用してるんですね。 イモ虫みたいな形でゴテゴテした物ですが、メッサーの航続距離は飛躍的に 伸びました。しかし、英本土航空戦では使用していません。なぜスペインで 使用した物を対英戦で使用しなかったのか?理解に苦しみます。 落下タンクが間に合わないなら、メッサーは重要地点の迎撃・防空に使用し、英本土攻撃はメッサーより航続距離の長いハインケルHE100Dか、フォッケウルフFW−Eを使用すればゼロを使用しなくとも航空戦で勝てたハズです。 落下タンクの技術が無かったのではなく、あっても利用しなかったのが本当 です。それと、イギリスを屈服させるなら戦闘機のみでなく、B−17的な 戦略爆撃機が必要でした。 どうせ、マインカンプで対ソ戦をする事は分っていたのですから、ウクライナやモスクワの軍需産業施設がシベリアに疎開されても壊滅させる事ができる 様に「ウラル重爆」を実用化・量産していればソ連の軍需生産能力も壊滅、 イギリスなんかは言うに及ばなかったのにウーデットみたいな「急降下バカ」 を重用したのがイギリス攻略ができなかった一番の理由ですね。 実際、四発重爆は四種類完成していたのですから。 結論、ドイツ空軍(ゲーリング)はアホや。 ではさらば、又会いましょう。 |
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日本に高性能エンジンはあった、しかし・・・、 発言番号:25 名前:タキシード仮面 27歳 2004年12月01日00時58分 発注者が無能でした。ゼロ戦を開発する時、エンジンをライトサイクロン系 の栄=1000馬力にするか、少し旧式でもパワーアップの余地のある金星エンジン=950馬力にするかでモメました。 金星はパワーアップすれば1500〜1560馬力は出るこれで十分1600 馬力台のP−51には対抗できていたハズです。しかし、なぜ採用されなかったか? 答え、当時の滑走路が草原やデコボコの状態で高速で離着陸すれば足が折れる、又空母艦載機なので離陸距離が長いと不便との事でした。 滑走路なんか米軍みたいに鉄板を敷くか、コンクリートを使えよ、と言いたいのですが、その程度の頭も無かったのでしょうか?陸軍ならともかく、海軍が・・・。 グラマンF6Fのダブルワスプエンジン=2000馬力に対抗するにも、 2000馬力エンジンが無かった、もしくは間に合わなかったのではなく、 三菱のMK−9エンジンがありました。しかし、熟練工や技術者を徴兵すると言うバカな事(これは陸軍だけ)をしたのでMK−9の量産化が間に合わなかっただけです。 更にMK−9が間に合わなくとも日本には爆撃機用の火星エンジンや木星エンジンがありました。私なら火星エンジンや木星エンジンをチューンアップして 性能向上型の2000馬力エンジンを作り、直径が太くても問題ない爆撃機用 に使用し、少しづつ、戦闘機に合うようにサイズをコンパクト化した方が 直径を増やさずに2000馬力エンジンにしようとして遂に完成できなかった 誉エンジンに拘るよりはるかに賢明だと思うのですが・・・。 MK−9なら2400馬力まで性能向上できたのに・・・。多少、戦闘機の直径が太くなって空気抵抗が増しても2000馬力エンジンの性能には変りが 無いので多少の事には目を瞑ってでも作るべきでした。 エンジンの直径が太くなっても火星エンジンを積んで大活躍した雷電の例を見ればあながち、的外れな設計プランではないと思います。震電もそうでしたし。 それと各航空機メーカーが自社で設計したエンジンを採用させようとして ムダな資源と人材の浪費をしてましたが、なぜ軍なり国が欧米に比べてエンジン技術者の層が薄い事に鑑みて、各社からエンジン技術者とエンジン製造設備 を提供させてエンジン専門の開発・製造企業を国策で作らせなかったか、 私には疑問です。 自社エンジンの「採用」に賭ける時間とエネルギーを既存のエンジンの改良・ 性能向上や新型エンジンの開発に廻した方がはるかに合理的、国益にも適うと 思うのですが。げに強いのは企業エゴでしょうか? ではさらばです、又会いましょう。 |
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意見します 発言番号:26 名前:絶対☆成功!〜 32歳 2005年09月08日20時37分 小林よしのり「戦争論」是非読みましょう |
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(削除されました) 発言番号:27 名前:(削除されました) 55歳 2005年09月22日16時05分 (削除されました) |
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(削除されました) 発言番号:28 名前:(削除されました) 25歳 2007年06月16日13時29分 (削除されました) |
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(削除されました) 発言番号:29 名前:(削除されました) 25歳 2007年06月16日17時24分 (削除されました) |
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(削除されました) 発言番号:30 名前:(削除されました) 34歳 2007年06月16日18時30分 (削除されました) |
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