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そういえば? 発言番号:51 名前:風俗仮面SP 20歳 2005年01月11日05時18分 横入りおっさん〜「行間の隙間の意味」が読み取れないんだね〜。読解するにはちょっと高度過ぎちゃったね。困っちゃったね〜ぇ。 |
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戦争に勝つのに、 発言番号:52 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月11日15時06分 感性が必要かね?国家総力戦に勝ち抜くのに必要なのは国力、技術力・生産力・科学力・人口・軍事力だよ。 感性だけで勝てるなら大日本帝国は勝利できてるよ。ロマンチストでは戦争には勝てません、リアリストでないと。 お分かりかな?トルコ風呂仮面殿、又会おう、さらばだ! |
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誉(MK−9)エンジンに関しての考察、 発言番号:53 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月12日18時27分 誉エンジンは昭和14年に空技廠廠長の和田操少将が「エンジンの直径を増やさずに大馬力エンジンを!」と言うコンセプトで開発が始まったのですが、 14気筒の栄エンジンをそのままにシリンダーの数だけ四つ増やしただけでは 二千馬力エンジンと言っても実質1800馬力しか出せませんでした。 しかも、気筒だけ四つ増やして18気筒も詰め込んでも冷却の問題もありますから、気筒を増やしただけでは馬力アップが足りないので、吸気圧も上げなければならないし、使用燃料も100オクタンが必要になります。 しかし、対米戦となればそんな贅沢は言っていられなくなり、オイルの質も当然悪くなって、エンジンは予定の馬力を出す処か、加熱の問題が出ます。 結局、その複雑な構造故、当時の日本の工業力では栄程、安定したエンジンにはなりませんでした。戦地での整備も容易ではないので、稼働率が低くなり、ガソリンも一時間に700リッターも喰っていたので局地戦闘機にしか本来、使えないエンジンでした。 つまりは、日本版DB601・605系エンジンと言えるでしょうか?虚弱な天才児の様にすぐグヅ付いて不機嫌になり易いが、整備さえ完璧なら驚異的な高性能を出す。ドイツ軍向きのエンジンだったのではないでしょうか?(爆笑) と、私は思うのですが、専門家ではありませぬ故、結論めいた事を言うのは遠慮します。風来坊さんの専門的ご意見は如何でしょうか? では又、さらばです。又会いましょう! |
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!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 発言番号:54 名前:横入り 99歳 2005年01月12日22時39分 まだやってんの!?(驚呆) |
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ぷぷっ 発言番号:55 名前:タキシード=風俗仮面SP 20歳 2005年01月12日22時49分 嘲笑ww |
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欲子炒り氏、 発言番号:56 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月12日22時58分 別に来て貰わなくても良いんだよ。あなたの様な「無能」な方には・・・。 お邪魔虫は娯棄侮痢ホイホイに逝き給え。 |
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残念だね! 発言番号:57 名前:風俗仮面SP 20歳 2005年01月12日23時14分 タキシード=風俗仮面SPは不正解。よく読めよこのタコ! |
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処で、 発言番号:58 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月12日23時24分 風俗仮面SPさん、又はタキシード=風俗仮面SPさんとお呼びすれば良いの でしょうか?それとも、単にSPさんとお呼びして良いでしょうか? 今までのあなたのレスをお読みすると、中々の学識ある方とお見受けしました。お初にお目にかかります、タキシード仮面と申します。そこであなたとご相談なのですが、今までの目に余る冷やかし部隊との応戦をして頂き、本当に有り難うございました。 そこで相談、と言うのはゴキブリや、カスの様な輩との応戦のみならず、 我々との議論にも加わって頂けないでしょうか?SPさんの冷静でシンプルかつ、先を見通したご意見を頂きたいのです。 機械面や史実面のみの議論ではなく、歴史観や大局観による議論も望む処だからです。どうか、我々の議論にご参加下さい。 どうか、良いご返事をお願い致します。 |
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とりあえず 発言番号:59 名前:水入り 88歳 2005年01月12日23時34分 2ch逝けよ |
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参考までに、 発言番号:60 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月13日13時17分 中越紛争の時に、中共軍の使用していた兵器の工作精度は精度60、つまり、 自転車工業の工作精度と同じレベルでした。ここで問題なのは、60年代の中国の兵器工作精度が60なら大戦中の日本の工作精度は「平均」でどの位だったか?と言う疑問です。 誉エンジンやDBのコピーエンジンを作れるのですから60以上はある様な気がするのですが・・・。もっとも、ソ連の兵器は町工場レベルでも作れる部品レベルで、材料も粗末な物でOKと言う、製造技術より基本設計が良くてそこそこの性能が出ただけの感が強いです。 これは軍事産業オンリーで民間部門の育成を怠った故の製造・素材技術の貧困 だったのか?、それとも、最初から長期持久戦を睨んで粗末な素材で省資源の 兵器設計思想だったのか判断を迷う所です。 この件に関して皆さんの意見は如何でしょうか? |
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だからいってるでしょうが。 発言番号:61 名前:風俗仮面XP 45歳 2005年01月13日20時08分 誰が誰だか、わからんから、わかるようにアイデンティファイしろって。 横入り君は、横入り1号。 タキシード=SPは、別人。 風俗仮面は、SPとXP。 風来坊、タキシードと合わせて、8人いるわけ??ここには? |
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そのとおりだよ〜。 発言番号:62 名前:風俗仮面SP 20歳 2005年01月13日20時38分 風俗仮面SPと風俗仮面XPは、同一人物じゃないのであ〜る。解るかな発言番号:55君。よく読めよこのタコ! |
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リリカルに行間を読みたまえ。 発言番号:63 名前:風俗仮面XP 45歳 2005年01月13日21時32分 55.のお兄さん。 行間をリリカルに読まんといかんわけですよね〜♪ って、ことは、しかり行間を読んで、登場人物を把握したまえ。 それができんのなら、少なくとも自分だけでも、本性を出したらどうだい。 仮名じゃなく…、爆 |
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仮面さん、ご無沙汰してます。 発言番号:64 名前:風来坊 39歳 2005年01月13日21時54分 あなたのおっしゃる精度60というのは、要するに使用していた工作機械の精度をさして言われていると判断し、それに基づいて、私見をば… ただし、その当時の中国の実情が実際どの程度かということは、把握してませんので、あくまで推測ですが。 (仮面さんに怒られそうですね…、推測で物事を論じるな!!って、苦笑) 60ミクロンの加工精度、それほど悪くはないと思いますよ…。 まあ、よくもないですが…爆 で、戦前のわが国の程度ですが、その程度もしくは若干下回ると思われます。 中越戦争で使用ということは、製作時期は、やはり60〜70年代だと仮定しての話しではあります。 で、その加工精度ですが、工作機械が悪くとも、 ある程度の熟練技能で、カバーできるというのも事実です。 近年のようにNC機械になると精度がけた違いですが、 当時、それはありえないと思われますので、あくまで、職人さんの腕の話しになると思われるので、かくような意見を述べています。 ところで、 『これは軍事産業オンリーで民間部門の育成を怠った故の製造・素材技術の貧困 だったのか?、それとも、最初から長期持久戦を睨んで粗末な素材で省資源の 兵器設計思想だったのか判断を迷う所です。』 この設計思想。 わたしが最も述べたい所でありまして、 カタログスペックの追求ではなく…という、↑の砲での意見に相通ずるものですが、壊れない、頑丈、メンテナンスフリーを追求すると、 少ない部品点数という話しにもなってきますので、(特に銃器・火砲類) 簡単に作れる=上記の要件を満たす=よい兵器 したがって、兵器としての能力は上。という結論を出してもよいと思いますよ。 むしろ、カタログにこだわりすぎたあまり…、とうのが、旧軍での失策だったと思いますよ。 それと、上の話しは、エンジンとか飛行機・艦船・戦車などの特別なテクニックを要するものは省いて考えてますので、あしからず。m(__)m 以上、設計思想は非常に重要だと思われます。 |
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つまり、ソ連の兵器設計思想と言うのは、 発言番号:65 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月13日22時40分 ステン短機関銃的思想なんですね、(激爆笑!)まっ、ドイツ軍も戦争末期に なるとプレス加工とパイプの様な部品だけで作った国民決戦兵器とやらを作り ましたからね。 貧すれば窮すると言うか、窮したから貧になったのか・・・。如何にしたら安く、簡単に簡易兵器を量産するかが課題だったんですね。ソ連は・・・。 T34の中に主砲の排煙装置も通信機もありませんでしたからね。手抜き出来る所は徹底的に手を抜いています。その代わり、装甲と主砲、砲塔、エンジンのメイン部分は手を抜いてませんね。 日本の技術陣は手抜きできる所と、手抜きできない所の「区別」ができないのでしょうか?アイオワクラスの設計図では避難用ボートの収納庫は簡単に風除け程度の物ですが、大和クラスの設計図では避難用ボートの収納庫まで装甲化してます。 これでは日本の兵器開発にコストがかさむハズです。力を入れるべき技術部門と手を抜いても良い部門を選別せず、兵器と言う物を名刀を作る様な芸術的感覚で作っていたのでしょうか? 正宗や村正的技術開発・兵器開発では困ります。日本人の思考・文化に根差す欠陥ですね、これは。 風来坊さん、皆さん、如何でしょうか? ではさらばです、又会いましょう! |
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で、誉ですが。 発言番号:66 名前:風来坊 39歳 2005年01月13日22時50分 誉21型 排気量35.8L,圧縮比8.0 130mm×150mm(内径×工程) で、2000馬力 MK9A 排気量41.6L,圧縮比7.0 140mm×150mm(内径×工程) で、2200馬力 ちなみに、P&W-R280 排気量45.9L,圧縮比6.5 146mm×152mm で、2000馬力 もうひとつ、 栄21型 排気量27.9L 圧縮比6.7 130mm×150mm で、940馬力 栄と誉はシリンダーを共有している関係で、内径と工程はまったく同一です。 まず、栄のシリンダーを共有したというのは、決して、おかしな判断とは思いません。 →製造設備を共有し、金型を等を新たに作る手間が省ける。 →エンジンをコンパクトにできる。 等の理由によります。 しかし、わたしはここで、矛盾したことを申し上げています。 よい兵器の定義という所を参照願います。 まず、R2800と比較すれば、一目瞭然ですが、同じ出力を指向しながら、 排気量が約3割小さい。 小型高出力を狙っているわけですから、着目点はいいのですが、 見かけはともかく、仮面さんご指摘のように、無理をしすぎています。 圧縮比も8。異常です。 要するに、ボアアップをした改造車とほぼ同じ発想。まあ早い話が1レースにすべてをかけるレーシングカー並みの事をやったといわれても仕方がない所でしょう。 しかし、レーシングカーのエンジンを設計実用化できた、ということは評価すべきですし、この小型化をするための周りの技術が伴っていたら、ひょっとすると、というきはします。 ご存知のように、圧縮費が大きいと、ノッキングの危険性が高まるので、オクタン価の高いガソリンが要求されます。 誉が、アメリカのテストで、息を吹き返したというのは、 この高圧縮比がひとつのファクターであったのではないか??と推察いたします。 結論としては、排気量から考えると、いい所1500馬力クラスのエンジンを無理やりチューンアップしたエンジンと断じてもよいのではないでしょうか。 つぎに、決戦兵器のMK9ですが、 誉よりはましですが、 小型化したいという強い意志が見て取れる設計です。 同じくR2800と比較すると、無理をした拡張性にかけるエンジンと評価してもよいと思われます。 それから、燃費の件ですが、以上により、当然の帰結といえます。 したがって、虚弱な天才児というより、 走りに特化したサラブレッドと呼んだほうがしっくりとくると思いますが。 サラブレッドでは戦争はできませんから…、(笑) |
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そこですね…、問題点 発言番号:67 名前:風来坊 39歳 2005年01月14日00時12分 >日本の技術陣は手抜きできる所と、手抜きできない所の「区別」ができないのでしょうか?アイオワクラスの設計図では避難用ボートの収納庫は簡単に風除け程度の物ですが、大和クラスの設計図では避難用ボートの収納庫まで装甲化してます。 避難用ボートが走行化されていたのに、機銃座は、裸のまま。 現場の意見が開発サイドに上がらない、という根本的な欠陥だと思います。 いまもこの問題を引きずっているといいますから、 問題の根は深いでしょう。 >正宗や村正的技術開発・兵器開発では困ります。日本人の思考・文化に根差す欠陥ですね、これは。 日本的といえば、誠に日本的です。笑 |
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まったく、 発言番号:68 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月14日00時49分 不細工でも良い、スマートでなくとも良い、性能さえ良ければ。・・・と、何かのCMの様になってしまいましたが、F6Fのズングリムックリしたクマン蜂の様なスタイルでも二千馬力エンジンを早急に開発した方が良かったですね。 直径が太くて多少、空気抵抗が増しても二千馬力エンジンの性能には変りがないのですから。F6Fに比べれば雷電が何とスマートに見える事か・・・。 火星エンジン1800馬力でも戦闘機用に十分使えた見本ですよ。以前、爆撃機のエンジンを使おうとしても技術的に難しいとの事でしたが、私のプランは こうです、 双発だった一式陸攻ですが、実は当初設計者は四発重爆として設計しました。 双発で実現できる性能を四発にすれば防弾装甲でも、火災消火装置でも、防弾燃料タンクでも防御火砲でも実現できたハズです。しかし、航本では資材と予算が余計にかかるから、と反対し、消耗率と機体の生存性を念頭に入れませんでした。 当初のB−17は1500馬力エンジン四発でしたので、当時の日本には最高 1700馬力のエンジンがありましたので、1700馬力四発に一式陸攻を開発していればB−17とB−29の中間的性能の重爆は作れたハズです。 そこで、次ぎの段階として火星エンジン1800馬力四発の重爆を作り、その後、史実と同じく2000馬力までチューンアップ(後には2200まで行ってます)したエンジンの重爆を作り1700〜2000馬力の大型エンジンを作り慣れてからの方が、戦闘機用に大馬力エンジンを小型化できたのではないか?と思慮した訳です。 火星エンジンを載せた雷電やエンテ式の震電の活躍を見ると、鍾軌や四式戦(飛燕の空冷化)を艦上機にすると言う選択もあった様な気もします。51型以降は駄作でしょう。 せめて金星エンジンを使った1500〜1560馬力の高速戦闘機としてゼロ戦を作って欲しかったです。手順を踏んで段階的に大馬力エンジンの開発と量産をしていれば戦闘機用の2000馬力エンジンも小型化できたのでは? と言う思いがどうしても拭えませんが、風来坊さんのご意見は如何でしょう? では又会いましょう、さらばです! |
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久方ぶりで見に来れば 発言番号:69 名前:タキシード=風俗仮面SP 27歳 2005年01月14日22時59分 莫迦が二人w オイラは一言も風俗仮面XP=SPだなんて言っておりまへん 行間だけでなく日本語も読めなくなったのかい? 特にSPは酷いね。55があるのに62とは。ダブハンがたたって混乱してるらしい ┐('〜`;)┌ ところでタキシード君,オイラとSP氏が違うのはチミがよくご存知のハズw わざと間違わんでくれたまえよww SP氏からお願いの返事がこないねえ おかしいねえ なんでだろうねえ 何度もSP氏が来てるのにねえ 笑 タキシード君ももうお願いしなくていいの? 入ってほしいんでしょ? 笑笑 あ,そうか,同一人物だからわざわざお返事しなくていいのか(爆) でわ,素敵な言い訳を期待しながらまたくるんで,期待にこたえてくれたまえw |
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日本の技術者の水準は高かった。 発言番号:70 名前:朴訥単于 50歳 2005年01月20日01時25分 中島飛行機の社長は終戦後、死ぬ間際に「いずれ日本の技術を買いに世界中から日本にやってくる」と言い残したそうですが、 結果、そのようになりました。 日本が劣っていたのは工業力。当時、自動車と冷蔵庫が一般家庭に普及していたのはアメリカだけで、 アメリカさえ敵に回さなければ負けることはなかったでしょう。 更に正解を言えば、日露戦争後、陸海軍を半分以下に縮小し、国民生活向上に国力を向けていれば ずいぶん違う結果になったのではないでしょうか。 |
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解ってないな~(笑い) 発言番号:71 名前:風俗仮面SP 20歳 2005年01月20日06時01分 発言番号:69 ダメダメ。勉強してね。修行してね。 |
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朴訥単于さん、 発言番号:72 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月21日01時34分 すいません、単于と言う、匈奴の王の称号には皆さん馴染みが無い様ですので、朴訥さんとお呼びして宜しいでしょうか?処で、中島知久平の話、「いずれ、世界が日本の技術を買いに来る」との話は寡聞にして知りませんでした。 私が知っていたのは「この戦争に負ければ飛行機は作れなくなるから中島飛行機は潰れる、戦争に勝ってもこんなに沢山の飛行機は要らなくなるから、どっちにしても中島は潰れる」と言う話でした。 日本の航空技術は「買われる」のではなく、アメリカに強奪されて行きましたが・・・。 さて、このトピの題名は「戦前の日本の兵器をどう、評価するか?」ですが、 朴訥さんのレスは「戦前の日本の国家戦略をどう、評価するか?」とも言うべき内容です。しかし、戦略に応じて兵器も開発されると言う事からすれば広い 意味で関連性の強いご提案かな?と思います。 しかし、「日露戦争後に陸海軍を縮小して国力増強に努める」と言うご意見は、これができればベストな選択だったとは思いますが、現実問題として日露戦争に勝って国内的立場が相当強化され、威信も高まった陸海軍にどうやって 軍縮を呑ませます? 更に言えば、当時陸軍が原内閣の時に陸軍三個師団の増強に拘ったのは日露戦争後もロシアの大軍が北満に留まって日本に対して報復戦を挑む事を狙っていたからです。当時の帝国陸軍は全兵力を掻き集めてもロシア陸軍の三割にも満たなかったんですよ。そんな状況で軍縮なんかできるでしょうか? 満州を放棄する覚悟があれば陸海軍の軍縮もできたでしょうが、日露戦争の十万の戦死者を出した国民が納得できるでしょうか?「満州は日本の戦利品」的 感覚が抜けない以上、かなり難しいと思います。 又、国家安全保障の観点から見ても満州を独占したロシアがそれに飽き足らず、朝鮮半島を併合し、鎮海湾や済州島を占領し軍港や要塞を築いて艦隊の基地にしたら・・・、それだけで日本はロシアの巨大な軍事力に制圧されかねない。だから日露戦争を決断した訳ですが、日本にとってベストの戦略は別として、当時の実情に合ったベターな国家戦略とは何か?ももし、お考えならご教示下さい。 軍縮はしたい、されどロシアが恐くて中々軍縮には踏み切れない。と言うのが 当時の政府・軍部の本音の様な気がするのですが。・・・ 朴訥さんは如何お考えですか? では又会いましょう、さらば! |
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秋山真之も「米国と戦争してはならない」と家族に述べていたそうです。 発言番号:73 名前:朴訥単于 50歳 2005年01月22日01時06分 現在にいたる貿易黒字は日本の技術の成果ですが、兵器としての航空機の将来を見通した中島知久平は、 こういうことまで正しく見通すことができたことになります。 朝鮮半島、樺太、台湾の範囲ならばアメリカは反対しませんから、軍縮しても現在まで保持できた可能性があります。 ロシア・中国は海に極端に弱い上、朝鮮半島は米国の応援が期待できます。日露戦争でも従軍したい人が沢山いたようです。 朝鮮・台湾は保持していても独立運動やテロが頻発したでしょうから、逆に大変だったともいえます。 ご指摘のとおり、満州進出を反対すれば非国民扱いされたり暗殺されたりしますから、まあ無理だったでしょう。 以上、脱線してしまいました。 |
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朴訥さん、お返事ありがとうございます。 発言番号:74 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月22日01時45分 秋山真之もそう言っていたようですね。ただ、あの人は日露戦争で心血を消耗 し過ぎて早死にしてしまったのが惜しまれます。児玉源太郎もそうですが・・ ・。ただ、朝鮮・台湾・満州だけならアメリカは文句を言わなかった、とは言えませんね。 アメリカ、米英の本音としては満州に居座ったロシアにバカな日本を焚き付けて戦費と兵器を供給してロシアと戦わせ、日露共倒れになった処で双方を満州 から追い出し、まんまと満州をせしめる、と言うのがテオドア・ルーズベルトの戦略でしたから。満州はアメリカ自身が欲しかったんですよ。だから日本には「絶対」、日本の満州領有を認めません。 更に、仮に米国が日本の満州・朝鮮・台湾・樺太の領有を認めても日本の海上 シーレーンに当たる樺太・台湾は安全でも陸軍兵力を削減したら、途端にロシア軍が日本の勢力範囲の中・南満、朝鮮に侵攻してくるだけですから、アメリカの満州承認は日本の満州・朝鮮の平和と安定、軍縮の可能を保証しないんですよ。 当時のアメリカは現在のアメリカ程大国ではないですから、ロシアの行動を牽制できる程、「強く」ありません。つまりは、当時の日本は「進むも地獄、引くも地獄」状態だった訳ですね。 朴訥さんなら、良い戦略を立案できそうなのでお尋ねしました。もし、良い戦略を思い付いたら教えて下さい。私も色々提案しますから。・・・ では又会いましょう、さらばです! |
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こんな感じでしょうか・・・ 発言番号:75 名前:朴訥単于 50歳 2005年01月23日18時06分 アメリカの外交戦略の基本は、 「ユーラシア大陸に強大な国ができては不安である。適度な大きさの国が競合する形が万事都合が良ろしい。」 というものです。 ロシアに対抗させるには、日本が少し大きい方がむしろ安心、しかしアメリカの脅威になるほど大きくなっては困る。 朝鮮・台湾・樺太くらいは良いが、中国を飲み込むような動きは断固つぶすということです。 ソ連・中国と同盟を結ぶため、両国の領土返還要求を認めた訳ですが、朝鮮までは与えず、ここは独立させる。 しかし、どちらの勢力で独立させるかという争いが起こり、これが朝鮮戦争です。 アメリカは自国内に広大な植民地を抱えているようなものですから、領土はさほどほしがりません。 また、太平洋を越えて統治する困難も知っています。 アメリカが望んだのは自国の余剰生産能力問題(工業・農業)を解決する自由貿易です。 当時は本国と植民地間の貿易が普通でしたから、考えようによっては世界中がアメリカの植民地に なるようなものですが、結果は日本が大得してしまいました。 世の中、思うようにいかないものです。 以上からご自分で戦略を考えて見られたらどうでしょうか。 |
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と、なると、 発言番号:76 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月23日22時43分 アメリカの戦略はイギリスの対欧州戦略を拡大しただけ・・・とも言えますね。自国を脅かす超大国の誕生を許さず、各大国を対立・消耗させる。 アングロサクソンの戦略は似ていますね。さて、日露戦争の頃〜1930年代まで、日本が満州・朝鮮を欲しかったのは対露最前線基地として必要と言う理由の方が経済的利益より大きかったです。 朝鮮だけを日本が保持しても満州にロシアが入っては陸軍兵力の重圧を支え切れません。やはり、日本の独立を守るには朝鮮が必要、朝鮮を守るには満州が必要になる訳ですから。大陸に親日国家・もしくは勢力圏を確立しないと国防上、不安なんですよ。大陸に近接している島嶼国家は。 満州事変の頃、英仏は日本の満州支配を認め(黙認)てたんですよね。問題はアメリカなんですが、満州だけで中国に手を出さなければこれも、黙認と言うのがアメリカ政界の大勢だった様です。 しかし、日本と中国が戦争して日本に国力を消耗して貰わないと困る勢力が 通州事件や山東事件を陰から演出して日中戦争に誘導したとしか理解できません。 そうなると、満州まではOKならやり様はあります。桂ハリマン協定の時にアメリカの満鉄経営参加を認める(85:15でも、79:21でも)代償に北 満と中満の防衛をアメリカに引き受けてもらい、満州の開発は日米共同開発とし、技術と資金を米側が提供し、日本は土地と労働力を提供して経営権は6:4にして米側の設備投資とインフラ整備には日本の労働力と資材を下請けに使う事を義務付ければ日本にアメリカの資金と技術とを吸収させ、雇用にも貢献 させる事ができたハズです。 更に、満州、極東ロシア、外蒙古方面の軍事コストを米側に肩代わりさせ、満州の資源開発・インフラ整備に膨大な資金投下をさせる事によって国力を低下 させ、ダニエルプラン等の海軍拡張計画に資金が廻らない様にする事によって、1918年の帝政ロシア崩壊まで持たせ、1939年の第二次大戦勃発までの31年間の間にに軍事費の節約・国力増強、軍備の近代化・充実に当てる 時間稼ぎと欧米列強に満州進出をエサにした各国市場への輸出入保障、日本への長期・低利に多額の資金を給与させれば丁度、今の中国の様な高度成長ができたのではないか?と愚考します。 処で、朴訥さんの好きな日本の兵器は何ですか?もし、こう言う風に改良・改造すればもっと、活躍できたのに・・・。と言う思いがあればそれもご教示下さい。 では又会いましょう、さらばです。 |
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誉は日本的なエンジンです 発言番号:77 名前:朴訥単于 50歳 2005年01月24日14時01分 アメリカの2000馬力エンジンは大トルクで大きなプロペラを回すものですが、誉は回転数で馬力を稼ぐエンジンです。 レーシングカーのエンジンと同じ発想です。 本田宗一郎は4000RPMが当たり前の時代に8000RPMのエンジンを開発し、世界のオートバイレースを席巻しました。 誉エンジンが完璧であれば、世界最高性能の戦闘機ができたはずです。 |
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どうでもいい話しですが…、苦笑 発言番号:78 名前:風来坊 39歳 2005年01月24日14時48分 冒頓単于を”朴訥単于”とも書くのでしょうか? この質問自体が、わたしの知的能力の低さを暴露していますが…、爆 さて、 わが国の技術者が優秀であった、という指摘には何ら異論はありません。 少なくともある時期には欧米列強に追いつき、また、部分的には、 追い越した部分もあるわけですから…。^^ しかし、工業力の問題だけに帰してしまえる単純な話なのでしょうか? まず、アメリカにもイギリスにもそして、ロシアやドイツにも優秀な技術者はいたわけで、誉を開発できた。酸素魚雷を開発できた。 したがって、わが国の技術者はかれらより優っていた、と結論付けるのはあまりにも乱暴ではないでしょうか。 工業力の差、 こういいきってしまうと、われわれ日本人には、心地よく聞こえますが、 そんなものでしょうか。 もちろん、工業力という言葉が語感として非常に広い意味をもっていることによるとおもいますが、 工業力も技術力のひとつだ、と、わたしは思いますが。 みなさま、いかがでしょうか。 |
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冒頓さん、風来坊さん、 発言番号:79 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月24日18時40分 惜しむらくは、日本の設計技術のレベルに量産技術と品質管理技術が追い付いて、もしくは伴ってくれれば・・・と思うのは私だけでしょうか? 思うに、各国ごとに得意分野の技術がある訳で、そう言う技術情報を平時・戦時問わずに収集・分析して軍や経済界にフィードバックしておくべきでした。 しかし、日本の情報部(陸・海軍)は軍事情報に関しては懸命に収集しましたが、技術情報や経済情報に関しては重きを置かなかった観があります。 自分達が軽視した物に負かされたと言うべきでしょうか? 処で、冒頓さんを朴訥とレスしてしまったのは歴史的事実に類する意味はありません。単にレスミスでした。・・・申し訳ありませんでした、自分では分っていたハズなのに。 冒頓さんって本当に朴訥な良い性格の方だったんですね。私のミスを分っていて黙っていてくれたなんて。・・・感謝の極みです。 これからもレスミスしたらご遠慮なく、指摘して下さい。頭では分っていても レスミスする、と言う事は十分有り得ますので。 では又会いましょう、さらばです! |
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処で風来坊さん、 発言番号:80 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月24日19時09分 工業力の定義とは、工業力=技術力+生産力(量産施設)の多さ、 でしょうか? 結局は、詰まる所「それ」に尽きる様な気がするのですが・・・。 技術の最前線で戦っておられる風来坊さんのご意見は如何でしょうか? では又会いましょう、さらばです。 |
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あくまで、私見ですが…^^ 発言番号:81 名前:風来坊 39歳 2005年01月25日16時20分 工業力という言葉の定義づけがなされなければならない、というご指摘、しごきごもっともだとおもいます。 あくまで私見ですが、以下のように考えます。 技術には、 1.技術開発能力(新規技術の開発、基礎技術/応用技術を問わず広く全般的な意味を含める。) 2.設計開発能力(上記に含まれる部分も多数ありますが、それプラス生産性も含めた実現可能性の追求) 3.生産技術1(品質管理も含めて、製品の歩留まりを如何に向上させるかという、いわゆる生産管理技術) 4.生産技術2(品質管理をおこなう際の技術管理水準の向上、精度あるいは製品公差の向上を図る技術) 5.ロジスティックの重要性の認識(原材料の受払いおよび想定に基づく原材料の調達および製品の出荷) 6.品質保証技術(製品の出荷前検査の厳格化もしくは生産管理の向上による出荷製品の瑕疵根絶)) 7.労務管理手法(女史挺身隊や学徒動員による未熟連工をも、効率的に就業させるための管理手法、労務管理も技術といえるでしょう。広い意味では…) これらを、技術にかかるものと定義します。 つぎに、生産能力ですが、 1.生産技術1に同じ。(同様の要求は常について回る。) 2.生産技術2に同じ。 3.生産工場の効率的配置。中京地区におけるトヨタ自動車工場と関連会社の配置のように、それらは、あるフィロソフィーにもとづき最適配置されるべきである。 4.ロジスティック(上に同じ。これも技術と考えます。)が、効率的なロジスティックサポートなくして、生産の効率化は望めないでしょう。これは、材料および半製品の搬入のみならず、完成品の搬出も含めた意味で考える。 5.上記を達成させるための、道路、鉄道および港湾施設をふくむインフラストラクチャの整備。 6.電気、工業用水の安定的供給を可能にするインフラストラクチャの整備。 以上、すべてが工業力を算出する際の、パラメーターだとおもわれます。 次に、もう一点重要だとおもわれるのが、 マーケットの整備。これも非常に重要なポイントではないでしょうか。 以下に優秀な製品群を作ろうとも、マーケットがなければ、売れないわけで、 利益をあげられない。作る必要がないから、生産能力を向上させる必要がない。従って、生産能力は向上しない。 ということはいえるのではないでしょうか。 以上、まったくの独断と偏見に満ちた個人的見解ですが、能書きをたれてみました。 |
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風来坊さん、専門的な 発言番号:82 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月25日19時29分 ご教示ありがとうございました。ただ、風来坊さんの工業力の定義を見てフと 思ったのですが、単に技術開発能力、生産能力のみならず、港湾・道路・空港 ・工場・製鉄所・関連企業の合理的な配置、工業地帯のコンビナート化、等も 必要との事ですが、米国のマハン提督もマハン理論の中で、海軍力の定義の中で水上戦力のみならず、人員・教育・補給・整備能力だけでなく、 海軍工廠、民間の造船所、港湾、道路、発電所、輸送用の馬車(19世紀ですので)製鉄所、工場、鉱山、炭鉱、等の社会インフラも海軍力を支える要素だ、と喝破しています。 冒頓さんご指摘の秋山真之は米国の退役海軍軍人から海軍理論、マハン理論も学んだハズなのですが、彼が早死にしたせいか日本では海軍戦力とは「水上戦力」のみと理解されたようです。 しかし、国産技術や工業力の育成や奨励に一番熱心だったのは旧海軍なんですが、まだまだ足らん!と言う訳だったのでしょうか? マハンの考える海軍力を構成する要素と、風来坊さんが分析した工業力の定義 が重なる部分が多いので一瞬、おおっと感じてしまいました。しかし、考えて みると海軍戦力の生産・維持・向上・強化・充実・研究には、その国の工業力 ・技術力の最先端を投入する訳ですから、過去においては海軍力のレベル=工業力(国力)のレベルと指標の一つとして見られていたのではないでしょうか? 今ならGDPでしょうが。やはり、陸軍はその点近代化に遅れた鬱憤を海軍に嫌がらせをする事によって晴らしていた処があるのではないか?と、思う次第 です。 旧陸軍の方には悪いのですが、どうも陸軍は装備の近代化・充実より人員の多さを選んだ観があります。ロクな装備も無く、兵員だけ多い中国の軍隊(当時)や一次大戦後のドイツ国防軍の様になっても人海戦術で勝てると思っていたのでしょうか?情け無い限りです。 山梨軍縮や宇垣軍縮は日本独自の戦略に基づく軍縮・・>装備近代化ではなく、米英に追詰められて仕方なく、軍縮した結果に過ぎません。 本当に国家戦略があるなら、軍縮によって得られた余剰資金を産業政策や技術 開発、輸出振興、内需振興に充てるべきでした。それができなかった時点で昭和16年、12月8日の敗戦は決まった様な気がします。 風来坊さん、皆さんは如何お考えでしょうか? では又会いましょう、さらばです。 |
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たしかに、 発言番号:83 名前:風来坊 39歳 2005年01月27日16時31分 小生、技術屋の端くれであるとは、自覚していますが、 一生産技術者であり、そんな最先端で戦っているなんて、 そんなたいそうな、人間ではありません。^^ さて、ご指摘の秋山真之は、アルフレッド・マハンの弟子ではなかったでしょうか。たしか、直接に薫陶をうけたやに、かかれた本をどこかで見かけたような気がします。^^ が、しかし、残念ながら、わが海軍とて、 艦隊決戦用の兵器にばかり予算を投下し、 基礎技術の向上に励んだり、あるいは、通称護衛に目を向ける戦略は残念がら日の目を見なかったようですね…^^ 海上護衛戦(大井篤著)にも詳しいですが、いくら予算がないとは、いえ、 陸軍ばかりが攻められるようですが、海軍とて、似たり寄ったりではなかったか、と、推察いたします。 ところで、この正面装備重視主義、 どこか、現代にも通じる問題では…?? と思えてくるのは、わたしだけでしょうか? なんだか、逆にそんな危惧を抱きます。 いい加減、わが国の方針を自ら決めて、 その方針に基づいた、調達をおこなうべきではないでしょうか。 F15だ、イージス艦だ、パトリオットだ と、装備は、最先端ですが、では、その兵器を使って、どのような方針に基づいて、作戦行動するのか?というところが見えてこない。 日本人の特筆なのでしょうか。 見えるところには、気をつかうが、それ以外のところのケアがおろそかになる。 |
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民族性と言う事 発言番号:84 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月28日14時44分 になると、要するに貧乏で全てに目配りした予算がない、貰えない、だから 見栄えのする正面装備にだけ力を入れる。 昔の言葉で言うと、百姓根性・農耕民族的発想と言う言葉に尽きるのではないか?と愚考します。貧乏国根性=百姓根性と言う事でしょうか? では又会いましょう、さらばです。 |
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当時の日本は・・・ 発言番号:85 名前:朴訥単于 50歳 2005年01月29日03時01分 生糸が主な輸出品で他はタオル・石鹸など日用品・・・。 こんな国がアメリカに対抗する軍隊を持つこと自体、馬鹿馬鹿しさを通り越し、 痛々しいと思いませんか? 今の北朝鮮のようなものです。 |
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冒頓さんの気持ちは分りますが、・・・ 発言番号:86 名前:タキシード仮面 27歳 2005年01月29日18時42分 当時は現在と違って帝国主義華やかりし頃で、植民地獲得競争に各列強が血道 を挙げていた頃。ロクに植民地も持たず、十分な軍備も持たない国は三流国とされて植民地の対象にされた時代です。 最初から米国を対象に重武装の軍備を目指していたのではなく、自国の独立を守る為に軍備増大の負担に耐えて行った。・・・と言うのが正確な分析ではないでしょうか? 更に、日露戦争では日本を支援していた米国ですが、日露戦中に対日侵攻計画 「オレンジプラン」を策定し、更にダニエルプランで海軍戦力を大増強し挙句に日露戦後に「ホワイトフリート」で対日恫喝を行っていたのはどう説明なさるのですか?相手が自分を殺す為に着々と準備しているのに、自分がそれに対抗する軍備を持って対抗する事を「ムダ」と切り捨てて良いのでしょうか? あの時代は狼の餌食になる羊と、羊を食らう狼のどちらかを選べと言われたら、みすみす他国の植民地に甘んじてなっても良いと言う時代精神ではなかったでしょう。インドや清国の状況を見れば。 処で、「絹位しか輸出品がないのに云々」の処ですが、マクロではその通りですが、いつまでも生糸・綿布だけではありませんで、下着類や衣類等、原料輸出ばかりでなく、付加価値の高い製品輸出もやってましたよ。 更に、「船鉄交換」でアメリカと鋼材と船のバーター貿易みたいな事もやって いました。造船技術は海軍絡みで発達しましたが、肝心の鉄鋼技術が未成熟 だったので今から見ると割に合わない貿易でしたが、船舶輸出の一種と言える でしょう。 更には兵器輸出もしてました、昭和通商と言うダミー企業を通じて陸軍の旧式 兵器や敵からの鹵獲兵器を輸出していました。主な市場は華北の軍閥達、タイ、南米、中米、フィリッピンやベトナムの反政府組織、後には満州国等です。 旧ソ連は軽工業の発達を犠牲にしても軍需産業の育成に力を入れましたが、 日本は軽工業製品+船舶+兵器類が主要輸出品目と言えるでしょう。 もっとも、国民には日本が兵器輸出に力を入れている事実は公表していませんでした。当事者達も内心、忸怩たる思いがあったでしょうし、良い話ではありませんでしたからね。外貨獲得の為に現ロシアが世界中から批判を浴びても 兵器輸出に力を入れている心境(それしか売れる物が無い。)に近い物かも知れません。 当時の日本は輸出産業が軍需産業だけ、と言うロシアよりははるかにマシだと 思います。 冒頓さん、皆さんは如何お考えですか? では又会いましょう、さらばです。 |
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帝国陸海軍、特許購入戦争、 発言番号:87 名前:タキシード仮面 27歳 2005年02月05日01時07分 今回は工業力レベル、兵器開発の問題には直接関連はありませんが、間接的に 関連性の強い問題です。 当時の技術先進国は独英米三国ですが、日本が技術を導入する場合この三国が メインになります。しかし、例えば日本の陸軍がハインケル社からエンジン技術を導入すると、負けじと海軍もハインケルの同じエンジン技術を購入していたそうです。 さすがにハインケル社は購入代金の二重取りになるから、と受け取りを拒否したそうですが、(社長がユダヤ人なのに偉い!)ヒットラー総統も呆れて、 「日本の陸軍と海軍はそんなに仲が悪いのか?」と笑ったそうです。 ま、ドイツの陸軍と空軍も仲が悪いんですがね。それは兎に角、私が問題にしてるのは、ハインケル社やエンジン技術ばかりではなく、ドイツ以外の国や エンジン以外の重要技術・設備の導入に関しても同じ様なムダが多かった事です。 しかも陸海軍ばかりでなく、戦前はJISが導入されていませんから、陸海軍 の規格だけでなく、商工省、鉄道省・遁信省等でも独自にバラバラの規格だったので工業生産性の大幅な阻害要因でした。 しかも、貧乏国でロクに外貨も無いハズなのに、陸海軍や各省レベルで同じ技術をバラバラに購入・導入していては日本全体の技術導入・技術水準の底上げ にマイナスとは思わなかったのでしょうか? 工業基盤の未整備・不足、大量生産工場の不足、資源の安定供給の失敗、 ドイツの様な代替燃料・資源の開発失敗、と並んで、こんなムダな事をやっていては日本の技術導入のピッチが遅いのも仕方なかったのかもしれません。 私的には「なぜ、日本全体の他国技術・特許の評価・購入・導入を一括して 行い、陸海軍や国内企業に廉価で普及させる官庁を設立して」行わなかったのだろう?と思い不思議でなりません。やはり、官庁や陸海軍の縄張り争いや 面子問題が邪魔したのでしょうか? 国家の生産性・生産力を向上させる事が急務だったのに・・・。 皆さんは如何お考えでしょうか? では又会いましょう、さらばです。 |
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日本版、デッド・コピーエンジン国産化法 発言番号:88 名前:タキシード仮面 27歳 2005年02月09日02時18分 と言う物を考えてみました。デッド・コピーエンジン進化法とでも考えられますが。 日本が戦前・戦中高性能エンジンの開発、国産化に苦しんだのは、 1、量産思想が無かった、 2、大規模生産工場が少なかった、 3、規格基準、技術基準が無かった 等の他に工業水準が低いのに日本の技術水準以上の高性能エンジンを開発・国産化したがったと言う点があります。まぁ、実際に戦場で戦わせられる軍人達 は「少しでも優秀な、強力な兵器を!」となるのは理解できますが、「お前等、そんな性能の兵器が日本の技術で作れるかどうか、考えろよ・・・。」と言いたい場面が数多くありました。 そこで、自国の技術水準を無視して出来もしない高性能エンジンを待つより、 自国の技術水準・工業水準から逆算して製造する兵器の性能・仕様を決決定した方が合理的な気がします。 そこで考えたのがイスパノエンジンです、三菱がイスパノY−12を国産化しようとして工業水準の壁が原因で失敗しましたが、同じ頃、ソ連ではイスパノエンジンを徹底的に簡略化して国産化し易い様にして開発したクリモフエンジンが存在しました。 そこで第一段階として、脹鼓峰かノモンハンでクリモフエンジン搭載のソ連機をなるべく無傷で鹵獲する。クリモフエンジンの手法・構造をそこで解析・調査して改良版クリモフエンジンを国産化する。これは比較的簡単。 2、次ぎに同じドイツのエンジンでも構造の難しいダイムラーのDBエンジンより構造の簡単なユンカースエンジンの国産化に進む。 3、ユンカースエンジンの構造・手法論を解析して吸収した後難物のダイムラー系DBエンジンの国産化に移る。ここまでいきなりDBに挑むよりクリモフ・ユンカースと技術蓄積があるので史実より国産化が容易なハズ。 4、最終的にDBエンジンの国産化に成功すればDBはマリーンエンジンのデッドコピーなのでスーパーマーリン系のマーリンエンジンに挑む と言うのはどうでしょう。この段階的技術蓄積があれば誉エンジンの開発にも活かせ、開発期間も短縮化できたかもしれません。 工業水準が低ければ徹底的に構造・設計の簡略化。そこそこの性能で妥協した 兵器を開発すると言うのが良かった様な気がしますが、・・・。 皆さんは如何お考えでしょうか? では又会いましょう、さらばです。 |
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試製15cm高射砲を、 発言番号:89 名前:タキシード仮面 27歳 2005年03月26日23時29分 列車砲化して、対空電探・射撃管制装置をセットして山手線をグルグル移動させて迎撃させていれば、もっとB−29の撃墜効率が向上していた様な気がするのですが・・・。 高度一万五千まで射撃できれば一万三千が限界のB−29は撃墜できたハズです。欲を言えば、電探技術とVT信管の技術があればもっと高性能化できたハズです。問題は生産力ですが、15cm高射砲の開発をもっと早くから開始して陸海共同開発として重点開発していればもっと完成が早まったかも。 それで、英が実用化したプラットホーム式電探と無線・電話と15cm列車高射砲で迎撃砲火網を作り、首都や工業地帯近辺に戦略爆撃機への迎撃航空基地 を造成してレーダー管制して航空兵力を重点指向させれば工業生産力・国力の温存もできたハズと愚考します。 そうなれば、生産力が低下して15cm高射砲の生産が出来ないと言う失態は無かったと思います。 風来坊さん、皆さんは如何お考えですか? |
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兵器じゃないけど、 発言番号:90 名前:タキシード仮面 27歳 2005年03月27日13時58分 一番止めて欲しかったのは陸海軍の軍事工場監督武官制度です。 技術将校や技術者でもないのに、定年で退官した無能な軍人が天下りで監督官 になってやる事は競争相手の陸軍(又は海軍)への異常な敵愾心を煽る事と 銃剣訓練だけ。陸海軍工場間の技術交流、技術検討会等夢の夢処か、「ご法度」兵器部品の規格不統一と並んで、この監督官制度も日本の技術発達・生産性向上の障害と思慮します。 風来坊さん、今のメーカーでも似た様な事がありますか? では又会いましょう、さらばです。 |
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遅レスで申し訳ありません。m(__)m 発言番号:91 名前:風来坊 39歳 2005年03月31日19時13分 『一番止めて欲しかったのは陸海軍の軍事工場監督武官制度です。 技術将校や技術者でもないのに、定年で退官した無能な軍人が天下りで監督官 になってやる事は競争相手の陸軍(又は海軍)への異常な敵愾心を煽る事と 銃剣訓練だけ。陸海軍工場間の技術交流、技術検討会等夢の夢処か、「ご法度」兵器部品の規格不統一と並んで、この監督官制度も日本の技術発達・生産性向上の障害と思慮します。 風来坊さん、今のメーカーでも似た様な事がありますか? では又会いましょう、さらばです。』 についてですが、 小生、某A庁(笑)を客先としての仕事の経験はありませんので、 コメントする立場にはありません。 あしからず、ご了承の程を…。。 話は、変わります。また、蒸し返しになりますが、 空想戦記物の話を聞いていると、どうも、思い違いというか、 実際の実力以上にわが国の兵器を買いかぶった記述が多いような気がしたゆえ、すれを立ち上げました。 仮面さんには、釈迦に説法だとは、思われますが、 戦前のわが国の工業化の進展を考えると、ちょいとばかりの時間で、欧米列強の底力に追いついたとは、到底思えません。(残念ですが…) ここの技術の種には、素晴らしいものが多々存在した。 それが、戦後、いっせいに開花した。 そんなところだと考えます。 自動車工業にしろ、新幹線にしろ、また、電子工業にしろ、 全てが戦前もしくは戦争中の技術開発に行き着くわけですから、 その意味では、欧米列強には、追いついていなかったが、 文明開化からの時間的なものを考えると、 それは、大したものであると、自慢すべきだとも思いますし、 一朝一夕で、逆転を許されるような(現在の必要以上とも思われる、 中国脅威や韓国脅威論)、それほどやわな民族ではないと自信を持つべきだと考えています。 しかし、一つ間違えると、何ら、裏づけの無い空威張りもしくは、から元気になることを危惧するゆえ、 実際の所を分析してみる必要性を感じたまでです。 戦前の米国やドイツの技術とわが国の技術の格差は、 厳粛な事実として、受け入れるべきだし、 また、格差がありながらも、零戦や他の素晴らしい兵器を国産化できたという事実も、また、動かしようの無い事実として、ありのままの等身大の事実として受け入れることが肝心かと思われます。 もし、烈風に当初の誉ではなく、最初から三菱製のエンジンを載せていたところで、烈風の敵は、もはやあのF6Fではなく、ベアキャットになっていました。 また、4式戦車を完成させたのは、事実ですし、おそらくそれが、 T34あるいは、シャーマンを陵駕したとて、とき既に、キングタイガーに スターリンそして、パーシングと言ったもう一歩先の兵器を実用化させていました。 戦争という特異状況の中で、総力を尽くして行う開発の結果、 技術が進歩するのは、何もわが国だけのことではない、 ということも、厳粛な事実として受け入れる必要があると 考えます。 わたしは、事実は事実として受け入れ、 誇大もまた、過小も無く事実を評価したい、 との思いで、トピを立てました。 現在の尺度でまたは価値観で、物事を判断すると、 落とし穴にはまると危惧いたします。 まさに、某氏が陥った落とし穴です。(笑 長くなり、かつ、飛び飛びの話になって申し訳ありません。 はなし変わりまして、 別トピの常任理事国の話ですが、 KRさんご指摘の通りだと思います。 さしあたり、分担金の増額ならびに ODA予算の増額を要求され、ODAに関しては、 またしてもフランスから、ひも付きはダメよ、なんてアンタイドにさせられた上で、フランスの業者に持っていかれるのが落ちでは…。。(笑 そんな常任理事国は願い下げですね・・・^^ 多忙のせいにして、恐縮ですが、遅レス申し訳ありません。 |
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日本の軍事技術の欠点として、 発言番号:92 名前:タキシード仮面 27歳 2005年03月31日21時12分 1、技術の爬行性が強く、優秀な技術と劣位の技術の落差が有り過ぎ、長期戦 になった場合に新兵器・新技術の開発能力に問題です。(ソ連も同じ) 2、技術開発の成果を発揮させる時期が遅い。仰る通り、T34やシャーマンに対抗する為の四式が開発された頃、欧米ではスターリンやキングティーガー、パーシングが登場して来ました。これは、 ア、資材や消費燃料をケチる為に軽戦車を志向した。 イ、歩兵直協戦車と機甲戦用戦車のどちらを開発するかに於いても、安易に歩兵直協を選び、悔いを残した。 ウ、装甲(冶金技術と合金技術)と大馬力エンジン技術において遅れを取り、 その技術力不足が兵器開発の選択肢を狭めた。 エ、ソ連とは反対に応用技術より、基礎技術の蓄積・開発に劣った。これは、 戦後と異なり「国家プロジェクト」と言う概念が無く、国家主導で産業や技術 を開発・普及させる発想が無かった。 等が理由に考えられます。但し、戦後の技術が発展したのは、日本の軍事技術 が民間に流出した事と並んで私は「日米安保条約」の効能も挙げたいです。 安保条約には軍事条項のみならず、経済条項があり、その中に日本への米国軍事技術の積極移転があり、新幹線で言えば空気抵抗を増さずに減速させる「エアブレーキ」の技術は米軍から自衛隊に移転された技術が横流しされて技術的 隘路を解決したそうです。 今では相互主義等とホザイてますが。その頃は太っ腹でしたね。 まっ、結局は技術開発や兵器開発に予算と人材と資源の投入をケチり、ケチった予算の範囲で高性能(実際はそこそこ)の兵器・技術の開発を目指したと言うべきでしょう。 その証拠に日本の兵器技術の大半は欧米で既に確立された技術・兵器の改良主義で乗り切ろうとした観が強いのです。 新規開発でなく、既存兵器の改良・強化をしてる内にその技術蓄積の中から 時に独創的な兵器が生まれる。イスラエル軍事産業が生んだ「メルカバ」が ゼロ戦であり、大和だったのでしょう。 こう言う軍事産業構造では敵が革新的な技術や兵器を開発・量産する以前に 有利な講和を結ばなくては絶対不利です。こっちには技術の元ネタが無かったのですから。 風来坊さん、皆さんのお考えは如何ですか? |
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まあ、結局の所、 発言番号:93 名前:風来坊 39歳 2005年04月01日20時22分 それが、当時の、遅れてきた先進国であるわが国の実力だった。 ということに行き着くのだと思います。確かに追いつけ追い越せと、必死にやったわけですが、何をするにもノウハウの積み重ねというのは、 一朝一夕で解決できるものではありませんから…^^ >1、技術の爬行性が強く、優秀な技術と劣位の技術の落差が有り過ぎ、長期戦 になった場合に新兵器・新技術の開発能力に問題です。(ソ連も同じ) 数限られた資源(物理的にのみならず、人材も含めて)をやりくりしている以上は、一点豪華主義に近くなるのは致し方のないことではないかと、考えます。 >2、技術開発の成果を発揮させる時期が遅い。仰る通り、T34やシャーマンに対抗する為の四式が開発された頃、欧米ではスターリンやキングティーガー、パーシングが登場して来ました。これは、 ア、資材や消費燃料をケチる為に軽戦車を志向した。 イ、歩兵直協戦車と機甲戦用戦車のどちらを開発するかに於いても、安易に歩兵直協を選び、悔いを残した。 基本的には、反論はありませんが、それよりも大きいのは、 やはり、以下で指摘されている部分の占めるウェイトの方がはるかに多きものだと思います。 >ウ、装甲(冶金技術と合金技術)と大馬力エンジン技術において遅れを取り、 その技術力不足が兵器開発の選択肢を狭めた。 戦車のみではありませんが、戦車についても当時のソ連にしろ、ドイツにしろ、戦前の標準型から戦争中に実用化した技術による兵器の進歩には、恐るべきものがあります。 わが国の進歩も通常以上であったが、総力戦となったときに現れた底力の差というのを思い知らされただけのことではないでしょうか。 しかし、戦争前中に、そういった開発を手がけていたゆえ、 戦後に見せ付けられた技術のすさまじさに驚くと共に、 なすべきことを見つけえた。 そんなところではないでしょうか。 >エ、ソ連とは反対に応用技術より、基礎技術の蓄積・開発に劣った。これは、 戦後と異なり「国家プロジェクト」と言う概念が無く、国家主導で産業や技術 を開発・普及させる発想が無かった。 おそろく、それもあると思います。しかし、つまるところ、技術格差 (スタートの時期が違いますから・・・。欧米とは、) >等が理由に考えられます。但し、戦後の技術が発展したのは、日本の軍事技術 が民間に流出した事と並んで私は「日米安保条約」の効能も挙げたいです。 安保条約には軍事条項のみならず、経済条項があり、その中に日本への米国軍事技術の積極移転があり、新幹線で言えば空気抵抗を増さずに減速させる「エアブレーキ」の技術は米軍から自衛隊に移転された技術が横流しされて技術的 隘路を解決したそうです。 今では相互主義等とホザイてますが。その頃は太っ腹でしたね。 つぎに、安保の効用ですが、 大きな流れを作るうえでは、大いに貢献していると思います。 しかし、おっしゃるような与えられた新型兵器がわが国の技術発展を支える主要な部分を占めたとは、思えません。 おっしゃるような空力部品の話は、事実としてあるのでしょうが、 (すみません。不勉強で何のことをおっしゃっているのかは、分かりませんが。。。) なぜならば、所詮、完成品を受け取った所で、 では、それを作れるか?というと疑問です。 完全な図面と実物があったところで、猿真似品の品質が本物をを越えるには、非常に大きな労力と技術を必要とします。 したがって、もし仮に、与えられたもののまねをできたとしても、 逆に、与えられなくても、基礎的なものを持ちえていた以上は、 ブレークスルーできたものと、考えます。 そのあたりが、後から、やってきつつある、 韓国や中国との違いである、と、わたしは考えています。 まあ、大きな所では、仮面さんのご意見に反論はありません。 しかし、技術開発には、非常に長い時間とノウハウの積み重ねが必要です。一朝一夕に出来上がるものではない。 ということを、申し上げたく、ここに意見を書き込んでいます。 わたしなりの結論は、 やはり、わが国は、戦争後半頃には、背伸びの限界が来て、 1.5流程度になっていた、というところではないでしょうか。 |
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参考、M4戦車内部構造 発言番号:94 名前:タキシード仮面 28歳 2005年05月12日21時58分 私の知り合いのお爺さんは戦時中、インド洋のアンダマン諸島の守備隊に派遣されていましたが、ミッドウェーの敗戦後の18年頃から米軍からM4を給与された英軍が侵攻したりして来たそうですが、初期には撃退できたそうです。 で、鹵獲・捕獲した英軍のM4の内部を見てみた所、内部が真っ白でエンジンキーで始動ではく、スタートボタンで始動だったそうです。しかも、外部窓やぺリスコープではなく、TV画面で外部の映像が映ったそうです。 しかも、エンジンは自動車のエンジンで空冷の16気筒。排気口には消音機が着いていたそうです。 日本は技術的・工作的完成度は低かったが兵器としての完成度は高かった。 米軍は兵器としての洗練度は低かったが、技術的・工業的完成度は高かった ですね、ちなみに ドイツ軍は性能・兵器としての目的優先で量産性を犠牲 米軍は量産性重視で性能・目的は犠牲と分類できそうです。 皆さんは如何お考えでしょうか?、又会いましょう、さらばです。 |
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3月8日のNHK番組、その時、歴史は動いたで 発言番号:95 名前:タキシード仮面 28歳 2006年03月10日13時02分 ゼロ戦・設計者が見た悲劇で設計者の堀越技師(開発主任)と堀越技師を助けた副主任の曽根技師の苦闘の記録をやっていましたが今まで、昭和12年のゼロ戦の要求性能表示に関するエピソードでは、 要求性能に優先順位を付けてくれと言う開発側の要求に対して海軍は「諸般の事情により要求性能は変更出来ない」と言う回答が返って来たと言う物でしたが、海軍の言う「諸般の事情」とは源田サーカスで格闘戦重視の源田参謀と 速力と航続力を重視する意見が対立して統一されなかった故に妥協の産物として双方の要求を同時に性能要求としたと言う処だった訳ですね。 パイロット上がりが参謀になれば格闘戦重視になりがちなんですね、自分が現役の頃それで戦果を上げて来たから。そこで参考になるのは陸軍ですが、 糸川英夫博士の回顧によれば陸軍が次期戦闘機としてメッサーシュミットの国産化を考えた時に糸川技師がメッサーではなく、日本人に新規開発させてくれ と強引にネジ込んでメッサー以上の戦闘機を作って見せるからと言う条件で認められた。それで開発されたのが鍾軌で糸川博士としては重戦を作りたかった が陸軍が軽戦からいきなり重戦では抵抗が強いから先ず過渡的な機体を作ってくれと言われて中戦としたと言う話です。 防弾と速度に関しては陸軍機の方が進んでいたので(ソ連のI15.16等の重戦を研究してたから)そちらの技術情報を提供して欲しかったなぁと言うのが本音です。それらを踏まえて私のゼロ戦改良案ですが、 そもそも零戦に格闘戦能力と高速・航続距離を同時に求めるのは貧乏根性が抜け切らず戦闘機を二機種作る発想が無いからで、先ず隼は開発・生産中止にして陸海軍ともゼロ戦を共用にして海軍機は根元から折畳み機構にして陸軍機は一体翼に分けて生産する。その中でゼロ戦を12,7mm多数装備(後に20mm以上を装備出来る様余裕を持たせる)で格闘戦重視の制空機と 30mm砲以上装備で速力と航続力重視のP−51的な護衛戦闘機か爆撃機キラーの様なゼロ戦に二分類して生産すれば作戦目的に応じて使い分けられるし 陸軍機と同じ機体を共用する訳だから海軍単独だけで戦う史実より何倍もの 兵力で余裕を持って戦えたのではないか?と言う物です。 そうなればガ島での航空決戦を「航空自滅戦」と自嘲される事も無かったでしょう。個人的にはソロモンで消耗戦する位ならインド洋で通商破壊戦でもやってた方がはるかに戦局に貢献したと思いますが。 さらばです、又会いましょう |
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零戦自体は高く評価するべきだと思います。。。 発言番号:96 名前:風来坊 40歳 2006年05月02日13時26分 小生、残念ながらその番組を見ることはかないませんでしたが、無理な設計をさせられ、また、用兵上の要求も御無体であった。というような内容であったのでしょうか。 わたしの意見としては、あの当時(正式化された昭和14年ころの列強の飛行機と比べると、極めた優秀な飛行機で、ようやく列強の飛行機のレベルに達し、かつ、部分的には凌駕することさえ出来た、のだと考えています。 当時、米国海軍の主力機であるF4F(零戦とほぼ同時期に正式化されているので、ライバルと称してもよいのでしょう。)が、既に1 200馬力クラスの発動機を積載しているのに、対して、わずか1 000馬力級の発動機でその性能を凌駕するわけですから、これはたいしたことだというべきではないでしょうか。むしろ、貧弱なエンジンでその速度を達成しているわけですから、むしろ驚異的でさえあると言えると思います。 その部分を忘れ去って、いざ、用兵思想だの、人命軽視だのといってみたところで、それが的を射た批判になるのだろうか??という気がします。 金星エンジンを積むべきであった、という意見は傾聴に値すると考えますが、1 300馬力クラスとして安定した性能を発揮し始めるのが、1940年頃からであることを考えると、これも小生としては、『だからといって、これが設計あるいは用兵側の判断の誤りであったとまでは言い切ることは出来まい。』と考えます。 むしろ、零戦の緒戦での快勝によって、向うところ敵ナシ、として慢心してしまったことのほうが問題だと考えます。 また、結局は、ココが問題ですが、元の基礎体力の違い(すなわち、先進工業国として、様々な分野での基礎技術全てにわたって、わが国の水準が列強の水準に追いつききっていない状態で、背伸びをして追いついたところまではよかったのだけれども、そこまでであった。という所のほうが問題であったと考えます。そのあたりを本当に理解していた、技術者なり指導者なりがどれほど存在していたのでしょうか? 細かいことになりますが、防弾性能一つにしても鉄板を分厚くするだけではなく、自己充填性を持ったゴム轢きの燃料タンク一つまともなものをなかなか生産できなかったくらいですから、押して知るべしであったのでしょう。 現在のわが国の技術水準を基準にして物事を判断するのは、現代の国際法規をもってして、判断するのと同じくらいのアンフェアネスを感じてしまいます。 |
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零戦自体は高く評価するべきだと思います。。。 発言番号:96 名前:風来坊 40歳 2006年05月02日13時26分 小生、残念ながらその番組を見ることはかないませんでしたが、無理な設計をさせられ、また、用兵上の要求も御無体であった。というような内容であったのでしょうか。 わたしの意見としては、あの当時(正式化された昭和14年ころの列強の飛行機と比べると、極めた優秀な飛行機で、ようやく列強の飛行機のレベルに達し、かつ、部分的には凌駕することさえ出来た、のだと考えています。 当時、米国海軍の主力機であるF4F(零戦とほぼ同時期に正式化されているので、ライバルと称してもよいのでしょう。)が、既に1 200馬力クラスの発動機を積載しているのに、対して、わずか1 000馬力級の発動機でその性能を凌駕するわけですから、これはたいしたことだというべきではないでしょうか。むしろ、貧弱なエンジンでその速度を達成しているわけですから、むしろ驚異的でさえあると言えると思います。 その部分を忘れ去って、いざ、用兵思想だの、人命軽視だのといってみたところで、それが的を射た批判になるのだろうか??という気がします。 金星エンジンを積むべきであった、という意見は傾聴に値すると考えますが、1 300馬力クラスとして安定した性能を発揮し始めるのが、1940年頃からであることを考えると、これも小生としては、『だからといって、これが設計あるいは用兵側の判断の誤りであったとまでは言い切ることは出来まい。』と考えます。 むしろ、零戦の緒戦での快勝によって、向うところ敵ナシ、として慢心してしまったことのほうが問題だと考えます。 また、結局は、ココが問題ですが、元の基礎体力の違い(すなわち、先進工業国として、様々な分野での基礎技術全てにわたって、わが国の水準が列強の水準に追いつききっていない状態で、背伸びをして追いついたところまではよかったのだけれども、そこまでであった。という所のほうが問題であったと考えます。そのあたりを本当に理解していた、技術者なり指導者なりがどれほど存在していたのでしょうか? 細かいことになりますが、防弾性能一つにしても鉄板を分厚くするだけではなく、自己充填性を持ったゴム轢きの燃料タンク一つまともなものをなかなか生産できなかったくらいですから、押して知るべしであったのでしょう。 現在のわが国の技術水準を基準にして物事を判断するのは、現代の国際法規をもってして、判断するのと同じくらいのアンフェアネスを感じてしまいます。 |
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一番悪いのは慢心した軍部と技術陣ですか・・・ 発言番号:97 名前:タキシード仮面 28歳 2006年05月02日17時33分 軍も航空機メーカーもやる事はやってたんですがね〜〜。陸軍はビルマや中国 での援蒋物資鹵獲や南方での連合国兵器鹵獲で米英仏の軍用機、ドイツから輸入したメッサーシュミットやハインケル等の戦闘機等を評価試験してたり 鹵獲戦闘機や兵器を分解して技術的調査や性能調査をしてたと言うんですが、 三菱ではゼロ戦の問題点や改良点は分っていたのですから軍が調査した敵軍用機や兵器に関する技術情報や技術分析の結果を各航空産業や軍需産業にフィードバックして兵器全般の改良や新型兵器開発に役立てる事は無かったのでしょうか? 有名な件ではミッドウェー作戦の時、支援作戦でアリューシャンにAL攻略部隊が角田覚治中将の指揮の下、四航戦として出動しましたがその時ほとんど 無傷のゼロ戦が不時着して鹵獲され分解調査されてF6Fを開発する為の参考にされたと言いますが、日本側でそんな動きは無かったんでしょうか? しかし、ドイツ軍の軍人が言う様に日本軍は「物量の重圧に押し潰された」以上少し位優秀な兵器を開発してもムダだったのでしょうか?少し位戦死者の消耗率が少なくて済んだ位かな。 段々考える内に気が重くなって来ました。「やるべき事をやらず、やってはいけない事をやった」故に敗戦した・・・と言う事でしょうか? さらばです、又お会いしましょう |
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まあ、弱点をわかっている人たちもいたんでしょうが… 発言番号:98 名前:風来坊 40歳 2006年05月03日21時10分 いかんせん、緒戦の圧勝によって向うところ的無し、 鬼畜米英に兵器の能力はわが邦以下、兵員の質もわが邦に劣るとしてしまったんでしょうね。 それがゆえに敵の戦力分析に対する執着心が減少した面もあるのではないでしょうか。現代にも通じる我々の弱点であるような気がします。 いったん、相手を凌駕してしまうような事態になると、 それ以後、相手を見下してしまう。。。。 ところで、MHIも十分に零戦の弱点を把握しており、その対策を考慮していたものと思われますが、小生が指摘したいのは、 それを理解したところで、それを解決すべき基礎的な技術力に事欠いていた。 すなわち、大出力のエンジンも持たず、自動消火装置や、燃料タンクの防弾性を持たせるアイディアなどを実用化するには、あまりにも基礎工業力が劣っていた。 そのあたりを理解していた指導者がいたのか??ということです。 そのあたりを棚上げして、 ただたんに用兵者側たるたる軍部の購買担当者やメーカーの技術陣の設計ミスだといったところをあげつらうのは、いかがなものか… ということであります。 まあ、それに基くな無謀な戦争云々という、左よりの論調には(まあ、今回のNHKの報道もそれに類するのでしょうが…)、少々、違和感を感じるということです。 では、 |
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こりゃ〜〜〜〜風 発言番号:99 名前:KR 45歳 2006年05月03日23時00分 生きてるなら連絡せい〜〜〜〜また性の繁殖活動か(爆 |
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KRさん、風来坊さん程の人がハメッコにかまけて 発言番号:100 名前:タキシード仮面 28歳 2006年05月04日13時54分 音信不通な訳ないでしょう。きっと、技術者で課長さんだから期末決算や 売上対策等で忙しくて夜も寝る余裕が無い位だったんですよ、きっと。 さて、分っていたけど基礎技術力が劣っていてゼロ戦の改良が出来なかったと言うご指摘ですね、それは分ります。日本の技術者も航空関係者も自覚してた 事だから。ゼロ戦が活躍できた裏には、 1、連合軍が日本軍を舐めて油断してた故に太平洋方面へ旧式機ばかり配備してた。 2、連合国全体の兵力と戦争資材の内15%しか太平洋方面に配分されてなかった。 3、高機動戦闘機と言うべきゼロ戦を開発して鈍重な米英戦闘機に対して巴戦 に誘い込んで勝った 以上の理由で日本が緒戦を有利に戦ったので欧州戦線から増援部隊が到着して 連合国の戦争資材と兵力の30%を日本に振り向けられては大分苦戦した様です。ドイツにとって見れば思う壺の状況だけど。 以上の状況でもゼロ戦31型、52型の改良版を生んだのだからドイツから技術供与や米英戦闘機の調査から敵性技術の解析と吸収を怠りなくやってれば もう少しマシな改良型ゼロ戦が出来たのでは?との思いが強いからです。 NHKの特集では源田実らの軽戦・格闘戦優先主義者達が重戦・一撃離脱主義者達を抑えて変に妥協して双方の要求を纏めて性能要求した。 堀越技師達は不可能だと反対、抵抗したが二言目には軍の権威を持ち出して 脅す輩に負けて防御板を減らして高機動を追及したゼロ戦を開発せざるをえなかった。と言う流れですね。 ゼロ戦の改良会議でも52型を更に改良して落ち難く、強武装なゼロ戦を開発しようと言う堀越達の提案をあの戦術バカの源田が「落ち難いゼロ戦を作るのに製造工程が複雑化し量産効率が落ちるなら前線は一刻も早く、一機でも多い 航空機を必要としてるのだから現在のゼロ戦のまま生産して不利な所は搭乗員 の腕で補えば良い」とホザイてました。 その後、ガダルカナルの航空自滅戦が始まってからでは完全に手遅れ。 44年に紫電改や烈風が生産されてもその頃には熟練パイロットは底を尽いていたと。 挙句の果てに巡航ミサイルの真似事をさせられて堀越技師は技術者として「私はゼロ戦を自殺用飛行機として作ったのではない!」と悔しがって泣いていました。 適時に技術改良や戦訓を設計に取り入れる等してればドイツのメッサーやイギリスのスピットの様に息の長い戦闘機になったろうに。 風来坊さん、本当にあの時点の日本で技術力であれ以上のゼロ戦は作れなかったんですか?風来坊さんのシビアなご意見をお願いします。 さらばです、又お会いしましょう。 |
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