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基礎工業力が劣っている事を自覚してた方はいました 発言番号:101 名前:タキシード仮面 28歳 2006年05月04日17時05分 その一人は山本五十六です。彗星艦爆を液冷でやると言う設計図を見ながら 関係者からの説明を受けた時、「でも日本の技術力では液冷は難しいんじゃ ないかな?」と指摘した処、 「ハァ、でも空母艦載機ですからそんなに数は作りませんので大丈夫かと」と言う技術者の意見にもうそれ以上言わなかったとか。作る数が少ないなら高性能機が良い。しかし、実際の戦争は大消耗戦になってそんな牧歌的な生産ラインでは間に合わなくなった。 2、高柳丈一。レーダー戦論者で「これからの戦争は電探なくして対米戦は不可能」と開戦前から運動してました。海軍内で電探予算を増やしたり21号電探の父的人です。ミッドウェーで蒼龍と一緒に亡くなったのが惜しまれます。 3、山下丈文。陸軍で逸早く機甲戦の研究に取り組み、海軍へ陸軍航空隊と海軍航空隊を統合して日本空軍としなければ経済力や技術力、生産力で劣る日本 は欧米列強の航空戦力に対抗できないと申し込んだ。 山本五十六や井上一成達は大分迷ったが海軍の航空兵力を陸軍に奪われるのではないか?と言う疑心暗鬼からこの提携話を蹴る。互いの陸上航空戦力だけ統合して空母機動部隊は海軍に残せば何の事無かったのに。 4、石原莞爾。日本の国力的・技術的限界を痛感し、それらを改善する為に立案したソ連の五ヵ年計画に学んだ「重要産業五ヵ年計画」は有名。 日米開戦の時も「私の満州での人造石油(石炭液化)開発計画があと5年早く 認めてられればこんな事にはならなかったのに!」と悔しがった。 他にも居るでしょうが、私がこれは、と思う方々はこれ位です。 ではさらばです、他の方々の推薦も聞いてみたいです。 |
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まあ、そうでしょうね。。。。^^ 発言番号:102 名前:風来坊 40歳 2006年05月13日10時24分 こりゃあぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛〜>KR こっちも忙しいんだから…(((爆))) <堀越技師達は不可能だと反対、抵抗したが二言目には軍の権威を持ち出して 脅す輩に負けて防御板を減らして高機動を追及したゼロ戦を開発せざるをえなかった。と言う流れですね。 まあ、事実の通りなのでしょう。しかし、それ故に零戦は成功しえた、 と考えます。上昇力/運動性/速度/航続力/20mm機銃の搭載。。。それらすべてが、運用上の要求から来ており、それらの要求に何とか合わせようとするのが技術であり、また、その要求が高ければ高いほど、技術の発達の速度は上がるのだ、と思います。 戦後のわが国の自動車産業の発達を見てもそれはいえると思います。 外資の恐怖にさらされた時代。 さらには、アメリカでのマスキー法の時代。 いずれも会社の存続のピンチの時代に、突きつけられた要求を何とかクリアーできたからこそ、今のわが国の自動車産業があるのでは…(^^) 話がそれました。が、小生の指摘したいのは、必ずしもその軍の無理な要求が悪かった、とは考えていません。 そして、かの海軍ですら、零戦登場時に上記の5点以外の防弾性能は、その要求から抜け落ちています。 (もし要求されたとしても、それを追求すれば、2 000馬力クラスのエンジンが実用化されるまで、米軍の同時代機であるF4Fを超える性能を零戦が持ちえることはできなかったのでしょうが…) 防弾性を省いたからこそ、その当時、世界トップの能力の戦闘機たりえたのだと思います。少なくとも、あの時代(昭和14年から17年の時代の列強各国の中の戦闘機ではトップの性能を持っていると思いますよ。。。少なくとも、小生は… 1対1の巴戦にこだわるとか、うんうんというのは別にして… まあ、そういうことだと思います。 ミッドウェイの時点でも、また、初期のソロモンでの空戦でのスコアを見る限り、それはいえると思います。 旧式機が多かったのも事実でしょうが、F4Fは、まさに零戦のカウンターでしょう。。^^ ならば、それよりも強力であった。ゆえに、それよりは優れていた。 ただし、ソロモンの戦いでも後半戦では、数多い相手が、今までのように乱戦ではなく、組織的な戦いを挑むようになってきた故にスコアも下がりだした。ということではないでしょうか。 さらに、絶対的な数は最初から少ないわけだし。 まあ、あの時点で零戦以上のものが作れたかどうかは、 正直よくわかりません。が、日本ができることは、アメリカとて、真剣勝負で来る以上、日本機の改良スピードと米国機の改良スピードを考えたときに、その当時の絶対的な国力差はいかんともしがたい、 と考えてしまいます。 烈風、紫電改とも優れた飛行機で、おそらくF6Fよりは優れた飛行機であったと思います。しかし、それが実線に出始めるころには、アメリカにはP51 のH型さらには、F8F。。。。 それもほぼ量産体制に入ろうかとしていたわけですから、 その時代時代で区切ると、やはり零戦までは敵国を凌駕していたけれども、その後は… ???だと、いうのが、小生の偽らざる考えです。 |
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私が考えたいのは一つの機種に迎撃も制空も両方やらせるのは 発言番号:103 名前:タキシード仮面 28歳 2006年05月13日13時06分 ムリだから震電の様な迎撃戦用ゼロ戦と、烈風又はそれより時期的に早い疾風の様な制空戦用ゼロ戦を両方開発出来なかったかな?と。 空戦性能を追求した戦闘機に高高度迎撃機の真似は出来ないと言うか、苦手だし、 対B29用に開発された様な迎撃機が制空戦闘機の様な軽やかな空戦をするのは先ず苦手。 目的別によって機種の設計も変る訳で隼の様な駄作を連綿と作る位ならゼロ戦を陸海共用戦闘機にして陸上用・艦上用に大別した上で(着艦フックを車輪に変える位)上記の二系統のゼロ戦にした方が大量生産の実績も出てゼロ戦の改良型・新型も生み出し易かった様な。 風来坊さん、メカニックの議論も大事ですが、例えば陸軍航空隊と海軍航空隊陸攻部隊を統合した場合、似た機種で性能の劣る機種は生産・開発を打ち切る訳ですから、風来坊さんの見地から見て 生産ラインの乗せる機種は何、生産しない機種は何、 開発続行する機種は何、開発打ち切りの機種は何、とご意見ありますか? これは広範な議論になりますから風来坊さんのみならず色々な方のご意見とその理由を拝聴したいです。如何でしょうか? さらばです、又会いましょう |
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歴史にifは禁物ですから…(苦笑 発言番号:104 名前:風来坊 40歳 2006年05月13日13時25分 これ以上は申し上げませんが、 結局その縦割りの弊害というのは、 今の日本でもまかりとっていると思いませんか? 何も軍隊に限らず… それを考えると、確かに議論の余地もあり、かもしれませんが、 まあ、少なくとも、あの時点で、少々機種を統合して、 生産効率を上げ、また、設計開発の効率を上げたところで、 結果は大して変わらなかったと思いますよ。 当時の先進工業国の物量にのみ負けたのではなく、 技術力でも負けた。ただ、それだけのことだと思います。 それを当時の技術者たちみなが意識し、 そして追いつけ追い越せといってやってきた結果が、 新幹線であり、自動車産業だったのでは… まあ、もちろんそれは個人ベースの話で、 国家としての政策ベースの話になると、いささか話も変わってくるのでしょうが、 その政策も実現性を欠き、それを隠しとおせるような技術力があったわけでもない。 ドイツがそうではないでしょうか。 ヒトラーの方針で開発した兵器にすばらしいものもあったが、 それ故に日の目を見るのが、遅れたFw190など、もしあれば、 ロンドン空爆の効果も違った可能性もありますし、V1V2にしろしかり。 V2をもっと大々的に打ち込めれば、(まず当時の技術では撃墜できないでしょ…) てなことも考えてしまいますゆえ。。。。では |
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要するに大東亜戦争を技術戦に例えると 発言番号:105 名前:タキシード仮面 28歳 2006年05月13日14時00分 改良型セコハン(中古)技術と次世代先端技術の戦いと言う訳ですね。 大西洋の科学戦みたいな事は無かったし・・・ 考える方が惨めになって来ました。 ではさらばです。 |
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new search engine 発言番号:106 名前:new search engine 29歳 2008年09月09日14時37分 <a href="http://www.cuil.com/">new search engine</a> [url=http://www.cuil.com/]new search engine[/url] <a href=http://www.cuil.com/>new search engine</a> [url= http://www.cuil.com/ ] new search engine [/url] |
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