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提案者基調 |
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ありがたいです 発言番号:2 名前:もふ 20歳 2004年06月29日15時18分 こういう情報はありがたいです。 もっと張ってください。 |
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何が目的? 発言番号:3 名前:五騎 30歳 2004年06月29日22時25分 で?これは何が目的のトピなのでしょう・・・。 |
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なにさま? 発言番号:4 名前:鐘軌 46歳 2004年07月31日12時35分 この事が問題ではない。この事を日教組が問題視してないことが問題なのだ。事実大変良い問題だと評価していると言う。 こう書けば右翼と叩かれるであろうが、勘違いする馬鹿の為に言っとく、けっして小生は派遣賛成が点数5点と言うものではない。 所詮答えなどあろうはずもなく、また点数をつける趣旨の問題ではないのだ。 どうしても教師が自衛隊イラク派遣について問題視したいのであれば生徒に議論させればいいのだ。その時も教師が自分の考えを押し付けてはならない。良い悪いなど1教師の決める事ではない。 |
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しかし、・・・ 発言番号:5 名前:タキシード仮面 27歳 2004年07月31日14時31分 日狂粗の連中は「政治の教育(狂育)介入反対!」等とほざいていたが、 自分達のイデオロギーは子供達に強制したいワケだ・・・。 これって、「特定のイデオロギーを教育現場に持ち込む事を禁じた」教育基本法に充〜分、違反していると思うが自分達はどんなに狂ったイデオロギーを 子供に押し付けても良くて、政府が子供に愛国心を持て、と言うと途端に キチガイみたいに猛反発する・・・無様だな、時代に取り残されて滅び行く定めの者達は・・・。 日狂粗は子供達にマルクス・レーニン主義、反日主義、反国家主義を押し付けたいなら冷戦の経済体制の選択競争に敗れて東側が総崩れして崩壊した事実と、自分達の戦後の活動・発言を総括して反省しなければ、これからの彼らに 発言権・発言資格は無い!現に西ドイツ社民党は冷戦中であっても マルクスレーニン主義を党の綱領から廃棄して社会民主義による政治を目指す 「ゴーテスベルク綱領」を採択した、東ドイツを吸収して東側が崩壊した後、 統一ドイツでは大学等でマルクスレーニン主義を教えてきた教授達や、 マスコミ関係者を「国民にウソを教え続けてきた!」として大々的に職場から 追放されて来たが、日狂祖の連中が自分達の存在を恥じて自ら辞職したり、 解散動議を出したと言う話は聞かない。 生徒に狂った、敗戦して崩壊した思想を押し付けるなら、戦後一貫して国民 や子供達に自分達の異常なイデオロギーを内申書や、テストの採点を武器に 強制し続けた自分達の歴史を弁明して見たまえ!出来なければ以後、教育の 現場に精神異常のイデオロギーを押し付けるな! |
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なにさま(教師) 発言番号:6 名前:鍾軌 46歳 2004年08月01日23時09分 この手の問題はマスコミが1番引っ張らないニュースかもしれない。 これがもし逆の採点で、派遣賛成が満点の5点なら朝から晩までこれでもかとニュースを流すだろう。 その事を思うとぞっ〜とします。 発言4でも書いたが、左翼連中の間で疑問の声はあがらないのはなぜか? ほとんどが良い問題だと言っています。??? これはどう言うことかと申しますと、彼ら左翼派にとっては教育現場は思想をコントロールする絶好の場なのです。 したがって否定はおろか教師の処分にも否定的です。 現場サイドでは直接父兄の目もあり、多少行き過ぎたかもしれないとか、反省してるとか言ってはいるが、上層部はそうでもない。 ここで小生が問題を出そう。設定→(問題提出者市立中学教師) 回答方法(○×)正解→5点 不正解、無回答0点 問題→我が国に左翼教師はいらない。(良い問題かな???) 正解→ この問題には正解などありません。○か×はそれぞれ個人が思う事であり、それはまた思想や理念と言ったものが深く関わります。 答えのないものに点数をつけ問題として出す。 左翼教師でなければ出来ない技です。今回の事件はテストの問題としてあるていどの注目は浴びたが、テストに関わらず左翼教師の横暴さは目に余る。 |
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こわいね。日本! 発言番号:7 名前:なのるほどでも 50歳 2004年08月10日01時10分 この手の教師は戦前だったら、全く逆のことをしそうですね。 イラク派遣に反対しようものなら、「国賊、腰抜け」などの評価をして グランド10周などやらせそう。 終戦後は「戦争はダメ」ということになったので、単に調子合わせて いるだけです。 そう考えると日本人はこわい面がある。 |
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>そう考えると日本人はこわい面がある。 発言番号:8 名前:五騎 31歳 2004年08月10日03時21分 ただ単に日教組が絡んでいる話と思いますが・・・ 野党派の方針なだけでしょう。 それにこれは氷山の一角に過ぎない出ようし、日本人はこわい面と謂うか諸外国も似た様なものですよ。 一つあればその反対があり中間がある。ただそれだけのことと思います。 それに単に日本人はこわい面があるが問題ではないと思いますよ。 |
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全く許しがたいことです 発言番号:9 名前:タカシ 31歳 2004年08月10日09時32分 この教師のやったことは全く許しがたいことです。なぜならそれは生徒の思想信条の自由を侵しているからです。 ところで聞くまでも無いことなのかもしれませんが、上記にある逆に「イラク派遣否定派は0点」とした場合、皆様はやはりこの場合も教師は処罰されるべきとお考えですよね?なぜならこの場合も憲法19条の思想信条の自由に反しているからです。これは仮に憲法改正したとしても、そこには同じような規定が存在すべきで、かつ同じように処罰されるべきだとお考えになりますよね? |
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タカシ殿へ 発言番号:10 名前:鐘軌 46歳 2004年08月10日13時24分 当然です。君の意見と小生の考えは一致してます。小生が1番問題視してる事は、左翼主義者がとても良い問題だとか、また非難される事が残念とか言ってる事です。 もし逆の立場で5点ならば、それは完全たる最右翼でしょうね。 彼ら左翼にとっては自分達の意に反する全ての行為は右翼とみなすでしょうけど。 彼らの行為は韓国や中国にみられる 反日教育となんら変わりはありません。 今、小生の下で1人の若者(アルバイト)がいます。彼は6年間に渡り海上自衛隊で潜水艦勤務をしてました。 地元の水産高校を卒業後入隊でした。その彼に当時進路指導をしていた担任の(歴史)教師がこう言ったそうです。あんな人殺し集団に行くとは、おまえはなにを考えてる。頭を冷やせ。 頭にきた彼はこう言ったそうです。それはあんたの考えだ。これは自分で決めたことだ。先生にとやかく言われる筋合いはないと^^; 進路指導ですから、生徒にアドバイスをするのは教師の務めだが、これはもはや進路指導ではなく、日○組上層部の命令を忠実にこなすロボットに過ぎない。 彼ら教師がもっともしてはならない事が思想の強要である。愛国心を悪と捉え、日の丸、国歌を否定する彼らに教育を受ける生徒もまだまだいると言う事ですな。 |
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良かった! 発言番号:11 名前:タカシ 31歳 2004年08月10日15時26分 同じ意見でよかった!このサイトには極右の方ばかりだと思っておりましたので、安心しました。 >愛国心を悪と捉え、日の丸、国歌を否定する彼らに教育を受ける >生徒もまだまだいると言う事ですな ただ、ちょっとここで疑問がわいてきてしまいました。もし愛国心を生徒に教えるべきものとした場合、例えばある生徒が「日の丸君が代は日本の国旗国歌にふさわしくない」と回答した場合、0点とするんですか?もし0点とするならこの教師と同じですよね。思想信条の自由を侵しているんですから。つまり思想信条の自由が認められる限り愛国心教育はできないということではないですか? |
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タカシ殿へ 発言番号:12 名前:鐘軌 46歳 2004年08月11日12時22分 愛国心=国歌、日の丸にあらず。要するに国歌や日の丸の意味や成り立ちなど教えれば良いのです。それで生徒が疑問を持つならば、それはそれで良いではありませんか。 だが日教組の教師は初めから否定的ですから、教わる生徒に考える選択肢はないのです。 |
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??? 発言番号:13 名前:風来坊 39歳 2004年08月12日00時00分 このてあいの話を聞いただけでも、辟易しますが… それよりも、教育という観点で考えると、 右に偏ろうが左に偏ろうが、こういう態度で教育が続く限り、 自分で物事を考えるという力はつかないのでしょうね。 わたしが生徒なら、こんな簡単な問題はない。 教師の日ごろの言動から思想を把握した上で、解答を作ればいい点数が取れるわけで、 これが教育かと思うと、情けなくなってきます。 多かれ少なかれ、世界中、どこへ行ってもこんなでしょうけど… |
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鐘軌殿へ 発言番号:14 名前:タカシ 31歳 2004年08月12日02時48分 >愛国心=国歌、日の丸にあらず。要するに国歌や日の丸の意味や成り>立ちなど教えれば良いのです。それで生徒が疑問を持つならば、それ>はそれで良いではありませんか。 だが日教組の教師は初めから否定>的ですから、教わる生徒に考える選択肢はないのです。 まったく同感です。キリスト教の意味や成り立ちを教えたからといってキリスト教教育を行ったわけではないということと同じ理屈ですね。それらは単なる歴史的事実、つまり知識を教えただけです。どれに価値を見出すかは生徒の自由意志に委ねられ、教師は(ひいては国家も)一方的な価値観を押し付けるようなことがあってはならないということです。しかし、この場合はキリスト教教育とは言わないのと同じ理由で、愛国心教育というよりは単なる歴史教育(というほどもたいそうなものでもないか?)と言うべきですよね?やはり思想信条の自由があるから、愛国心教育(やはり愛国心教育というからにはそこには何らかの価値観を込めなければいけません。価値観を込めないのならそれは単なる学問的知識を教えているに過ぎません)はできないという理解で構いませんか? また、ここでもう一つお聞きしたいのですが、公教育の現場で生徒が君が代を歌わなかった場合、内申書などで不利益を与えることも、思想信条の自由を侵すのでやはり許されないということでいいですか?何でこんなことにこだわるかと申しますと、私自身は日の丸も君が代も否定しませんが、やはりそれを否定する人たちの自由も認めてあげたいと思っているからです。何といっても各個人には思想信条の自由があるわけですからね。これはナショナリズムなんかよりはるかに高く保護されなければなりません。間違ってもここのサイトで多く見受けられる極右的な人たちのように「国籍離脱して北朝鮮へ行け」などとは言ってはいけないと思っております。 |
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タカシさん 発言番号:15 名前:風来坊 39歳 2004年08月12日22時44分 基本的にはあなたの意見には賛成します。 思想信条の自由は担保されるべきだとお思います。 そして、もっというならば、まだ知識も浅い高校生を捕まえて、純粋培養に近い形で、ある偏った方向に引っ張るのは、どうかと、思います。 ですから、当然イラク派遣否定の回答を『0点』とした場合も許されるべきではないでしょう。ただ、こんなことを下費には世の新聞雑誌が、それこそ、その教師が今後生きていけなくなるくらい、たたくんでしょうけど…、(笑い) ただし、私は、こんな問題を出す感覚を疑ってしまいます。考える能力をつけさせるとか、何とかいってるのではなかった、でしたっけ。 これでは、考える能力はつきません。問題としても失格なんでしょう。 ところで、ひとつだけ、質問があります。 愛国心=国歌・日の丸にこだわりすぎてるような気がするのですが… 確かに、わかりやすいのですが、 別に日の丸をあがめることが愛国心でもあるまいと思うのですが、いかがですか。 日の丸、君が代というのはあくまでも日本のアイデンティティーを示すものの一つだと思うのですが。 たとえば、別に日本という国に愛着をもつわけでもないという考え方もあるかもしれません。 しかし、もしそうであるとするならば、 わたしなら、彼にこう質問すると思います。 『あなたはいったい何人なの。どこの言葉で物事を考え、どんな風に感じるの…』と… 人種が、日本人でしかも国籍も日本であるならば、きっと、日本語を話し基本的には日本語的に物事を考えるのではないでしょうか。 ところが、例えば、人種が日本人でも、日本国籍を持たない人、日系3世4世になってしまうと、日本語を話さないばかりか考え方まで、同じ肌の色を持った人とは思えなくなってくるのは不思議なものです。これって、いったい、 わたしの国を愛する心というのは、このあたりを修正後の原点にしています。親の脅威君もおかげか、国旗の前では、常に直立不動でしたから…、 でも考えてみたら、そんなことは枝葉のことのような気がするのです。 同じ言葉を共有し、同じ考え方を共有できる集団、 これは何にも換えがたいと思います。 他の方々がある方を散々罵倒されていますが、これは、思想信条の自由を担保することから外れるというよりも、当然の自己防御反応だと思います。 自分の意に沿わない意見だから、出て行け、というのとは少し違うと思われます。だいいち、わが国というか、日本人の尊厳をゆがめた上で、無条件に他国に魂を売り渡したかのような発言をなされているわけですから、それはそれで、非難されてしかるべきだと思うのです。 国をなくすということは、言葉をも失うことである、ということは突起されるべきだと思います。 言葉を奪われるということがいったいどういうことなのか、よく考えてみる必要があるでしょう。 長くなりましたが、これにて、 |
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風来坊さん 発言番号:16 名前:タカシ 31歳 2004年08月15日00時41分 >基本的にはあなたの意見には賛成します。 >思想信条の自由は担保されるべきだとお思います。 ご賛同いただきありがとうございます。 >ところで、ひとつだけ、質問があります。 >愛国心=国歌・日の丸にこだわりすぎてるような気がするのです >が… >確かに、わかりやすいのですが、 >別に日の丸をあがめることが愛国心でもあるまいと思うのですが、い >かがですか。 >日の丸、君が代というのはあくまでも日本のアイデンティティーを示 >すものの一つだと思うのですが。 私もそう思います。ですからそれでいいと思います。君が代を例に出したのは私ではなくて鐘軌さんですが、歌詞の内容が内容だけに思想信条上どうしても歌えない人たちがいるのも確かですから、わかりやすい例として妥当かなと思っただけです。 >わたしなら、彼にこう質問すると思います。 >『あなたはいったい何人なの。どこの言葉で物事を考え、どんな風に >感じるの…』と… >人種が、日本人でしかも国籍も日本であるならば、きっと、日本語を >話し基本的には日本語的に物事を考えるのではないでしょうか。 >ところが、例えば、人種が日本人でも、日本国籍を持たない人、日系 >3世4世になってしまうと、日本語を話さないばかりか考え方まで、 >同じ肌の色を持った人とは思えなくなってくるのは不思議なもので >す。これって、いったい、 >わたしの国を愛する心というのは、このあたりを修正後の原点にして >います。親の脅威君もおかげか、国旗の前では、常に直立不動でした >から…、 >でも考えてみたら、そんなことは枝葉のことのような気がするので >す。 >同じ言葉を共有し、同じ考え方を共有できる集団、 >これは何にも換えがたいと思います。 >他の方々がある方を散々罵倒されていますが、これは、思想信条の自 >由を担保することから外れるというよりも、当然の自己防御反応だと >思います。 >自分の意に沿わない意見だから、出て行け、というのとは少し違うと >思われます。だいいち、わが国というか、日本人の尊厳をゆがめた上 >で、無条件に他国に魂を売り渡したかのような発言をなされているわ >けですから、それはそれで、非難されてしかるべきだと思うので >す。 >国をなくすということは、言葉をも失うことである、ということは突 >起されるべきだと思います。 >言葉を奪われるということがいったいどういうことなのか、よく考え >てみる必要があるでしょう。 この高校教師の例に、言葉の問題を当てはめようとしたら、今の日本ではあまり想定できませんが、日本語を強制するとか他国語を強制するとかいう話になりますかね。独仏国境の町での「最後の授業」みたいな話でしょうか。 お話の内容には一理あると思います。また、日本人とは何なのかという重要な視点であるとも思います。ただし、愛国心教育をしないと必ずしも言葉を失うわけでも無いと私は思っていますので、ここでのテーマとはちょっと違うかな?という気もします。 が、おっしゃるお気持ちはよくわかるような気もしますので、もうちょっと良く考えてみたいと思います。 まず、あまり議論を飛躍させず、単純な話として言葉を失うようにならないためにはどうしたら良いのかという点ですが、このように考えてはどうでしょうか?問題は、全ての国民が誰からも強制されず自分の好きな言語を話せる自由があるべきだということでしょう。日本語を話したいというのも思想信条の一つだと思いますが、この権利さえあれば言葉を奪われるなんていうことにはなりません。つまり君が代の例と同じように思想信条論で対応できるわけです(他国語強制を拒否しうる)。が、日本国が存在しうる限りあまりそういう機会はないでしょうから、ここで例として出すにはあまりわかりやすくはないですね。 言葉を奪われる機会があるとすれば、それは普通は侵略されたときですから、おっしゃる心配はどういう場合なのか良く考えて見ますと、「愛国心教育をしないと日本の伝統や文化を軽んずるようになり、ひいては国防さえ軽んずるようになり、やがては他国に侵略されて言葉さえ失う」というような意味でしょうか。しかしそれは愛国心を出さなくても「誰からも強制されず自分の好きな言語を話せる自由を守るために国家を守る」と考えれば良いのではないでしょうか?憲法的価値は唯一の絶対的価値ですからこれを守るというということを新しい愛国心類似のものとしてとらえたら良いのではないでしょうか。 言い換えると、これは日本民族を守るために国を守るのか、または、憲法的価値たる日本国民の自由を守るために国を守るのかということですかね。 日本の民族性を守ろうとすることと日本国民の自由を守ろうとすることは、誤解を恐れず言うとすれば、矛盾するものだと思います。なぜなら、日本の伝統や文化は国民の総体的なものですし、自由は個人のものです。上記の君が代が良い例です。国家の利益と個人の利益が衝突したときどちらを優先するのか?それは君が代のときに出した結論と同じであることは明らかではないでしょうか。日本はアメリカのような多民族移民国家とは違うのは確かですが、そうであっても個人の自由を優先すべきだというのは、もはやファシズムを克服した世界の共通の認識です。(もちろん自由を守るためにある程度個人の権利が制約される場合があることは否定しませんが。) そうなると、日本民族を守るという価値観はどうしても表には出しにくくなってきます。つまり日本人とは日本民族の肌の色を持ち、日本語を話し、日本人的な思考をする人々という定義自体は別に民俗学的には全然おかしくはないのですがそれを憲法の中(10条:日本国民たる要件は法律で別途定めている程度)や、公教育の中ではなかなか言えないのではないでしょうか。 今の世界はあらゆる分野でボーダーレス化しております。この流れは無理に止めたとしても日本は世界から取り残されるだけですし、事実上もはや止められないでしょう。世界の中心を構成する国の1つのなりたいと願うのならなおさらです。オリンピックが始まりましたが、オリンピックやサッカーで先進国の選手を見れば、ある程度これからの未来が推測ができるのではないでしょうか。 そうすると、数十年後の近い将来、日本語を話せない日本人もたくさん存在しているかもしれません。その時になってみたら、たぶん、「日本語を話せない奴は日本人ではない」などと言ってしまうと、国外からも国内からも激しい批判を受けることになると思います。いや、実は今の時点でもそれは言ってはいけないことなのかもしれません。もちろん正しいことであればどんな批判も構わないのですが、たぶん正しくないでしょう。 日本人とは同じ生物学的歴史的文化的共通性を持った日本民族である、ということではなく、日本という国で共同体を作る人たち(もちろん国籍は取得しないとダメですよ)だという考えに進むのはいけませんか?日系3世4世が日本語を話さないのも、民族性なんかよりも、彼らが生きる共同体の方が大事だと思っているからではないでしょうか。 私自身もこのような考えに進むのはなかなか勇気のいることではあるのですが、国家=民族を単位とするものという発想は、近代憲法の思想を入れた時点でもはやある程度後退してしまっているのではないでしょうか。私も日本の伝統や文化を愛しているつもりですが、もし国民に自由を認めて廃れるような文化であれば、逆にそれまでの文化だということではありませんか。文化というものは強制するようなものではなく、人々の自発的な歓迎支持があってこそ発展していくものです。 >他の方々がある方を散々罵倒されていますが、これは、思想信条の自 >由を担保することから外れるというよりも、当然の自己防御反応だと >思います。 >自分の意に沿わない意見だから、出て行け、というのとは少し違うと >思われます。 私は極右の方々がどんな思想を持ったとしても、彼らにも思想信条の自由があるわけですから、やはりそのことでどんな不利益もあってはならないと思っております。一応議論ですから、思想信条の自由があるから各自勝手に考えましょうとはいかないので、その考えは違いますよ、と反対意見は述べさせては頂きますが、しかし彼らは反対意見を述べるにとどまらず(実はほとんど罵倒で終わっていますが)、反対者には「国籍離脱して北朝鮮へ行け」等、不利益が生じるべきだとまで言ってしまっているわけです。別にそこまで言う必要もありませんし言ってもいけませんね。これはやっぱり議論としては良い方法ではないのではないでしょうか。 |
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タカシさん 発言番号:17 名前:風来坊 39歳 2004年08月15日01時11分 ご丁寧なお返事を有難うございます。 再度、述べさせていただきたいのは、 愛国心=国旗、君が代ではないということです。 これには、ご賛同いただいているようですが、 むしろ問題なのは、愛国心というだけで、 むやみに拒絶反応を示し、国に対する奉仕をすることは、悪であると言うような教育がまかり通っていることだと思っております。(ごく、一部だと信じたいところですが、そうでもないようです。) 国に奉仕、というだけで、極右と言われてしまいそうですが、 各個人が国家を構成し、それぞれの役割に応じて貢献するからこそ、社会が動いているわけで、各自が何の自制心もなく、かってなことを始めてしまったら、それこそ収拾がつかなくなってしまいます。 国家とは何ぞや、民族の自決とは何ぞや?というところまで、話しが飛躍してしまいそうですが、誤解を恐れずにあえて指摘させていただくと、 あなたのおっしゃる、『言い換えると、これは日本民族を守るために国を守るのか、または、憲法的価値たる日本国民の自由を守るために国を守るのかということですかね。』は、大いなる矛盾を含んでいると思われます。 ところで、あなたのおっしゃる、『今の世界はあらゆる分野でボーダーレス化しております。この流れは無理に止めたとしても日本は世界から取り残されるだけですし、事実上もはや止められないでしょう。世界の中心を構成する国の1つのなりたいと願うのならなおさらです。』、というのは動かしようのない事実だと思います。 しかし、だからこそよけいに思うのです。 どいつもこいつも英語で意思疎通を図るわけですか?それとも中国語ですか? どちらの場合もそうだと思いますが、もしそうなり、われわれが日本語を忘れてしまえば、それはも歯や日本人を捨てたことと同じだと感じますが、如何ですか。言葉は、文化です。 言葉を失うと言うことは、その固有の文化をも失うことと同義だと思います。 いみじくも『言葉を奪われる機会があるとすれば、それは普通は侵略されたときですから、』と、指摘されていますが、このことそのものを心配しております。 世界で平気で他国を併合する悪い奴らは、帝国軍人だけだという定義が成立するなら、今後それを心配する必要はないのでしょうが、果たしてそうなのでしょうか。 もちろん、個人の人権は尊重されるべきでしょうが、それが行き過ぎるとどうなるのか、これほどの例示はないのではないでしょうか? と言うことを指摘させていただきたいと思います。 |
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説明 発言番号:18 名前:鍾軌 46歳 2004年08月15日11時37分 説明不足でした。国歌、日の丸を例に例えたのは小生ですが、なぜそれかと申しますと、この2つがいつも日教組の槍玉にあがるからです。 今、ギリシャオリンピックの真っ最中。谷選手と野村選手のアベック金メダルでしたね。お2人には心よりおめでとうと言いたい。そしてありがとうと。 表彰台に立ち、日の丸が揚がり国歌が流れると誰が言ったのではなく君が代の大合唱でした。歌えと言うのが強調であれば、日教組の歌うなはなんなのでしょうね。それを言いたかったのです。 |
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誰が言ったのではなく・・・ 発言番号:19 名前:五騎 31歳 2004年08月15日18時30分 >誰が言ったのではなく君が代の大合唱でした。 問題はココだと思います。 このサイトは極右が多いとのことでしたが、共産主義は日教組=教師が教育に盛り込んでいるとしても極右はどうなのでしょうか? 日本人の愛国心は洗脳のたぐいで強制されてきたのとは別に自分等で気付いた結果の様な気がします。 (ご存じの通り正規の教育は日教組絡みの中) 日本の教育は日教組が絡んでいる分極右とは真逆の中で何かしらの圧力内で学んだことでは無いので寧ろ自己で身に付けた感覚になるのではないでしょうか? 他国は愛国心を強要されていますけどね。 ・・・ま、強大になれば脅威ですが、それが何にせよ強大になれば脅威ですし・・・。 極右だろうと何だろうと強制や洗脳が遺憾なことではないのでしょうか? それにここは極右思想というかナショナリズム内の話で極右とは別物と思いますけど・・・。 (軍国主義が嫌いで軍人がきらいなんですかね?タカシさんは?) |
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new search engine 発言番号:20 名前:new search engine 21歳 2008年09月09日14時40分 <a href="http://www.cuil.com/">new search engine</a> [url=http://www.cuil.com/]new search engine[/url] <a href=http://www.cuil.com/>new search engine</a> [url= http://www.cuil.com/ ] new search engine [/url] |
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